23話 魔力の陰陽
「また高熱を出し会話もままならない状態です。事情もお伝えしておりません。あまり心労を掛けないようお願いします」
「分かりました」
本来貴族の家を訪ねた際は使用人に案内され応接室に向かうが、今回のレイは客人ではなく治療師。行き先は病室だ。
隔離病棟の様な建物であっても流石は貴族の家というべきか、床に敷かれた絨毯は一切羽毛が立っておらず、踏み心地がいい。壁際に飾られた鉢には健康祈願の意味を持つ花が多く咲き誇っている。
「お嬢様。新しい治療師の方をお連れしました」
「……どうぞ」
「失礼します」
案内人の侍女がノックし、少し遅れて声がする。
とても小さい震えた声だ。事情を聴いていなくても、一発で病人だと分かるほどに弱弱しい。
追って入室すると、大きなベッドに女性が横たわっていた。
アルル・コンボロス。コンボロス家の長女で歳は十六だったか。髪は薄い桃色、瞳も同じく。他の者とは母親が違うのだろうか。
とても弱っているのだろう。起き上がろうともがいているが、全く腕が持ち上がっていない。侍女たちに支えられてなんとか少しだけ上体を起こした。
彷徨う眼差しは侍女たちの頭の位置を捉え、少しして侍女たちの腰より低い位置に頭がある少年に気が付いた。
「?……この子が……」
「治療師のレイと申します。ゲオルグ・アロス国王陛下及びスーロン・コンボロス公爵閣下より命を受け、貴方の治療に参りました」
「……えっ?」
聞こえて来た言葉を咀嚼できず困惑する。子供の治療師なのはいい。世の中には天才というものは居るし、高名な治療師が弟子を寄越すこともある。ましてや自分が受けた病は特殊なものらしいし、特殊な人選にもなるだろう。
しかしそれ以外の全てが良くない。聞き間違えでなければ、この子は国王陛下からの命を受けてここに来たという。王家とは政治的に敵対しいる、この家に。
「私も詳しい事情は存じ上げていません。閣下と公爵様の間で何かあったのでしょうか。しかしそういったことはお気になさらないでください。私は貴方を治療するためにここにいるのです」
「……ええ、そうね。ありがとう。お願いするわ」
少し考え、考えを止めたようだ。責任を受け流す様に力を抜いた。
「治療師殿もよろしいですか?」
「……よろしいも何もないだろう。閣下の命に従うだけだ」
答えたのは壁際に控えていた女性、コンボロス公爵家専属の治療師だ。
不愉快そうだ。専属でありながら治療できず、よその者を頼ることになったからだろうか。
たぶんそうだろう。敵意を持たれているが、気にしなくていい。
「ほら、資料だ。三年分ある」
「どうも…………今は聖鉄丸と聖水、それに蝶血鳥と牛雷酒で延命しているんですね」
「ああ、おかげでまだ会話が出来ている……いつまでもは続かないが」
「でしょうね。典型的な魔力酔いです。いや、このくらい進行していると魔力汚染と呼ぶんでしたっけ」
「ああ。よく勉強しているな」
「ふふん。病気に対する診療の仕事はこれが初めてですからね。気合を入れてきました」
「は?初?」
高速で資料を見ながら今までに学んだことに当てはめる。
やはり、病気そのものは特別なものではない。問題なのは深度だ。
(んー…………ぶっちゃけ俺でなくても最高位の神官なら治せるだろうけど、わざわざ俺が選ばれたのは体系的な技術よりも俺にしか出来ない特殊技能を使えってことだろうな)
少し悩んだ末、能力を隠す必要はないと結論付けた。
「アルルさん、ちょっと見ますね」
そういうと、両目で聖眼を発動した。
布団を超え、服を超え、肉を超え、魔力を見る。この世界の最小単位する視認できる聖眼の力でアルルのデータを収集、その後一般的な人族のデータと比較することで異常値を探し出す。
魔力量、貴族の中では多めだが常識的。健康状態、衰弱。肉体強度、脆弱、だが衰弱していることを思えば常識的。
(魔力の陰陽……これだな)
見つけた。魔力に色を付けた場合の黒色が異常に多い。
(陰の魔力が多すぎる。魔石でも喰わされたか?初期症状の時に神官に診てもらえば治っただろうに、仲が悪いからって頼れなかったのか?
ま、なんにせよ俺なら楽勝だな。権能を使うまでも無い)
「アルルさん。すぐ治すのでちょっとお腹を触りますね」
「私共が」
服をめくろうと腕を伸ばすと、侍女たちが代わりにやってくれた。感謝しながらお腹、厳密には下腹部や丹田と呼ばれる場所に掌を押し付ける。
励起させるは純粋な魔力。魔術師たちは無属性とよぶ魔力を練り上げる。レイの体から純白の光が漏れ出し、収束し、アルルの肉体に注ぎ込んだ。
(な、なんという美しい魔力!!ここまで一点の陰りも無い陽の魔力は見たことが無いぞ!
自分を魔族と思い込み周囲に吹聴するほどの異常魔族愛者だと聞いていたが、デマだったのだろうな)
壁際に控えていた治療師が感心している間も魔力を注ぎ込み、効果が見え始めた。
「ぐっ……うっ……!!」
「すぐに良くなりますからねー」
聖眼には彼女の体から黒い魔力が中和され、白い魔力に置換されていく様子がはっきり見えた。それに付随して血流と神経を阻害していた靄も消失。これにて彼女を蝕んでいた陰の魔力は消え去った。
「というわけで、治療は終わりました。使節団が来るまでは私も傍に居ますが、もう安静にしていれば自然に治るでしょう」
「感謝する」
治療が終わり応接室で茶をしばいていると公爵がやってきてお礼を言われた。何を要求しようか。陛下に投げようか。
使節団が来るまでくらいは時間がかかると想定していたので、個人的に何を要求するかを決めていなかったのだ。
「感謝は陛下に」
「それは当然だが、君にもだ。カスロスの首でも刎ねるか?」
「いりませんよ……では感謝ついでにお聞きしたいのですが、やはり、適性はアルル殿が?」
レイの言葉にコンボロス公は少し考えこむ。
しかし本当に悩んだ時間は少しだった。聞かれると想定していたのだろうか。
「ふむ……まあ、目ざとい者は今回の件で気づいているだろうから、明言してもいいだろう。
そうだ。我らコンボロス家が有する権威の象徴、【連鎖】の魔装を私以外で唯一使えるのがアルルだ」
「やはりそうでしたか。となると、次期当主の座も?」
「ああ」
コンボロス公の言葉にレイは納得したように頷く。
アロス国は千年前、勇者とその仲間たちが建てた国だ。勇者は国王となり、仲間たち四人は支えとなり公爵を名乗った。そして仲間の四人は膨大な魔力を使い魔装を物質化させ、子孫たちに残したとされている。
ゆえに勇者の仲間だった初代公爵が残した魔装を使えることが公爵家を告げる条件なのだ。
最も、千年も経過したせいか近年では適合者が減っているという噂もあるのだが、事実だったのだろう。
その後も警戒しつつも談笑していると、使用人が飛び込んできた。
「たたたたた大変です大変です!!!!」
「客人の前だぞ。何事だ」
「アアアアアア、アストラ公爵家の四男が来ました!」
なぜ。予想外の名前にレイとコンボロス公爵は硬直する。
「ここに案内しろ」
「はっ!」
使用人は転がるように飛び出して行った。武力を重視しガサツなものが多いといえど、仮にも公爵家の使用人としてあるまじき振る舞いだ。
しかし、レイもコンボロス公も責めることは出来なかった。
「すまないな、レイ殿。急用が入ってしまったようだ」
「お付き合いしますよ。視察団が来るまでの十日ほど暇があります」
「感謝する。だが、君は治療師だ。本業に差支えの無い範囲で頼むよ」
「はい。それより、アストラ公爵家の四男というと――」
「……上の三人が死んだため、唯一の次期アストラ公爵候補だ。正直、なぜ急に来たのか見当がつかないな。君はどう思う?」
「……分かりません。聞きそびれましたが、先ほどの使用人の言葉からして親の連れられたわけではないようですし、なぜ……?」
アストラ公爵家。このアロス国を支える四つの公爵家の一つで、王家と敵対的な家の一つだ。こちらはあったことが無い。
(長男は十年以上前に病死、次男はこの前に戦死、三男も続くように不審死、だったか。残るは十歳の四男とその下の長女だけ。……どう考えても大切にされるよな。なんでここに?)
考え込んでいるとアストラ公爵家の四男が入って来た。
聞いていた通り年齢は十歳程度に見える。あまり厳しく育てられたわけではないのだろう。金髪碧眼というこの国では一般的な特徴に、お坊ちゃまらしい高価そうな衣服。唯一特異なのは、顔に強い疲労が見られ、服も何日も選択してないように痛んでいることか。
「お初お目に掛かります、私はジュリファー・アストラ。突然の訪問どうかお許し下さい……あなたがレイ様ですか?」
「俺?……はい。私は治療師のレイです」
アストラ公爵家の四男ことジュリファーはコンボロス公爵には目もくれずレイに話しかけて来た。しかもレイ本人だと分かると土下座でもするような勢いで頭を下げる。
「お願いです!!妹を助けてください!ここの人と同じような症状で、誰にも治せないんです!この街の宿屋で休ませていますが、もう時間が無いんです!!」
ジュリファーの言葉に驚き、しかしてレイとコンボロス公は察した。恐らくはアルルと同じ病気でなのだろう。治せる人が向かったという噂を聞いて急いできたのだろう。
急な事態だ。レイもこれは予想していなかった。しかし。
(大チャンスだ。神様は見てるってこういうことかな)
レイはニヤリとほくそ笑んだ。




