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22話 コンボロス公爵

 アロス王国中央政府の使節団は王都を出発し三日後、コンボロス公爵領に到着した。日が傾いていたため一晩の休息を取り、領地内を回りながら首都を目指すらしい。

 そんな中、朝日が昇るよりも早い時間にレイは宿の外にいた。


「では、ここからは別行動ですね。頑張ってきます」

「ああ、姫様たちのことは任せなさい。君が陛下の期待に応えられるように願っているよ」


 使節団のトップであるレグルスに見送られて街を出る。事前に伝えてあるし、どうせうるさいから姫様たちへの挨拶は止めた。きっとレグルスがいい感じに言いくるめてくれるだろう。

 馬に乗らず闘気で強化した足で大地を蹴り風のように駆け抜け昼にはコンボロス公爵の居城に辿り着いた。


 王都と比べると街全体が小さく賑わいも劣るが、これはコンボロス公爵領が廃れているのではなく、王都が別格で賑わっていると言うべきだろう。それに武門の家であるためか領民も荒々しく傭兵や冒険者も姿も多く見受けられる。嫌いではない。

 紅い煉瓦が積まれた大きな門の前には衛士が立っている。着ている鎧も美しく立派で雇用主の偉大さを感じさせるものだ。


 少し見上げたあと、足を動かす。

 馬車や要人が通る巨大な門ではなく、その隣にある小さな、大きめの邸宅の門。門番に向かってサラサに教わった通りに、折り目正しく胸に手を当て腰を曲げる。すると門番たちは少し怯んだ。


 貴人に対する礼であり、貴人が使う礼だ。これが出来ることはそのまま貴人に関わる人間であることを示す。


「治療師のレイといいます。コンボロス公爵に用があってきました」

「公爵閣下に?……失礼、身分証はありますか?」

「こちらに」


 一般的な文官ではなく公爵本人に用があるとは思わなかったのだろう。衛兵は一瞬だけ驚いた後、手紙を受け取り目を通す。

 少し読むと硬直し、もう一度封を見る。紋様が王家のものだと気が付いたのだろう。明らかに動揺した様子でもう片方に合図を送り使いとして送った。


 しばらくすると使いの者がもう一人と共に戻って来た。速足でもないのに悠々とした動きに迫力を感じる。戦いの痕がない純白の鎧も、携帯性の高い短く細い槍も、武術スキルのレベルが低そうな動きも、恐れるものが何もないのに、迫力を感じる。

 公爵家の衛兵であるという自負なのだろうか。


 問題はもう一人の方。衛兵とは異なり貴人の服装の男性には見覚えがあった。


「お久しぶりです、カスロス殿。次期公爵家当主に出迎えしていただけるとは光栄の極みです」

「!?……おや、私たちは初対面のはずですが、記憶違いですよ。はじめまして、レイ殿」

「いえいえ。私が姫様たちをお助けしたときの、尋問室で」


 レイの言葉に、その男性、以前レイを拷問させ蹴り殺そうとした男は見下すような表情を覗かせた。

 




 無言で案内をされ城内を歩く。王城以外の城を歩くのは初めてだが、違いを見るのが面白い。城は大きく分けて居住用と戦争用に分かれるのだが、この城は居住用でありながら戦闘用の造りもしている。周囲には堀があり城壁には高いところから一方的に攻撃するための穴。実用的だ。

 歴史的にこの城は戦争に使われたことはないはずだが、武門の家だからそういう装飾を付けているのだろう。通路に配置されるべき装飾品の数も少ないながら質の良い装備が置かれ無骨さと実用性を両立している。


 感心しながら歩いていると、先を歩くカスロスが口を開いた。


「すまなかったな」

「?なんの話でしょうか」

「お前を拷問させたときの話だ。状況的に考えてお前は非常に疑わしく、拷問は妥当な判断だった。だが最後に蹴ったのは余計な八つ当たりだった。謝罪しよう。後日贈り物を送る。欲しいものはあるか?」


 意外な言葉に驚いた。まさか覚えているとは思っておらず、ましてや謝罪をしてくるなど予想していなかった。

 いや、これが大人の対応、というものだろうか。確かに彼は公爵家の次期当主で、自分は王家に雇われの治療師。今後の事を考えれば不和の種は取り除いておいた方が良い。


 だが。


(この人こっちを見ねえな。見下した目をしているし、言葉も乱暴。内心を読むまでも無く全然悪いと思ってない。

 これで手打ちにしようぜ、って話か?いやだな。それに拷問の件をちゃんとケリをつけるならもっと引き出せるな)


 少し考え、口を開いた。


「いえいえ、贈り物など不要です。警備の責任者が事態の解決を目指し、その過程で容疑者を拷問にかけることもよくあることなのでしょう。ならば私にわざわざ謝罪などする理由は存在しないでしょう。カスロス様も『自分は謝罪を申し込み、受け入れられた』と正直に広めていただいて結構です」

「……ちっ」


 レイの言葉に不快感を隠さなくなる。自分の縄張りで他者の耳目が無いとはいえ大胆なことだ。

 しかし無理もない。レイの言う通りに正直に広めるとは、自分は王家の姫を助けた英雄を拷問にかけたと広めることと同じなのだから。スキャンダルである。他の敵が格好の口実だと攻撃に使ってくるだろう。


 カスロスは単に、自分の不祥事を口外するなと釘を刺してきているのだ。

 無視するが。何をいまさら。


「お連れしました」

「入れ」


 応接室らしい部屋の扉の外から呼びかけると、中から返事が返ってきた。重く渋い老人の声。当主だろう。


「失礼します」


 扉を開き、レイも背を追って入室する。座ったままこちらを見る老人は不思議な威圧感があった。


「座り給え」

「失礼します」


 一礼して指示に従う。確かよかったはずだ。


「カスロス。お前は立っていろ」

「……分かりました」


 カスロスは公爵の後ろに回る。その対応はどういった意図だろうか。客人であるレイに対するものだと思う。ならば、揉めたと事前に聞いており、レイに対する配慮、あたりだろうか。


「君のことは一年前の謁見の間で見たことがある。初めまして、小さな英雄殿。私はコンボロス公爵家当主、スーロン・コンボロスだ」

「初めまして、スーロン様。私はレイといいます」


 両者ともに儀礼的な挨拶を交わす。スーロンは無骨で威圧感のある平坦な表情で。レイは仮面のような笑みで。


 その後は一年前のカスロスの不始末の謝罪と美味しいお菓子をご馳走になり時間が流れた。


「さて、本題に入ろう。陛下からの手紙に書いてあったように、君は私の娘を治療しにきたのだね」

「はい」

「率直に聞こう。本当に治せるのかね。あれは高位の聖職者でなければ治せない呪いと聞くが」

「可能です。私に治せない病気はありません」


 一切の躊躇なく応え、公爵は少し目を開く。


「大した自信だ。安心して頼るとしよう。着いて来たまえ」


 公爵はその当然だと言わんばかりの自信と、その背後にいる王家を幻視しながら病室へと案内した。


 案内されたのは王城の中心から離れた建物だった。

 入るための扉が一つしかない上に結界が何重にも敷かれており、まるで隔離されている様だ。


「ここからは私はついていけない。専属の治療師の指示に従ってくれ」

「分かりました。そうだ、一つ聞いてもいいですか」

「なんだね」


 このタイミングでの質問、公爵は当然娘に関することだろうと予想した。病状か、それとも政治的に敵対している王家からの救いの手を取った理由か。そのあたりだと。

 しかし完全に予想外のものだった。


「一年前、姫様たちを誘拐したのは貴方ですか?」





「……は?」

「失礼、どうやら違ったようですね」


 コンボロス公爵の顔を聖眼で観察したレイは一人で納得したような反応をし、病室に入っていった。

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