21話 コンボロス領への旅
アロス国王立学園が夏休みに入ってから数日後、アロス国中央政府よりコンボロス領へ視察団が派遣された。この一件が長年に渡って王家と政治的に敵対しているコンボロス公爵家の姿勢をどう変えるのか、はたまた例年通り何も変わらないのか、多くの有力者たちが見守っていた。
そんな使節団の中に場違いな人影が三つ。
「飽きたわ」
「レイ君、なにか歌を歌ってくださいよ」
「えー…………賛美歌でいい?」
レイと、ローレンティア姉姫と、アンリム妹姫である。
「そういう堅苦しいのじゃなくて、最近流行ってるやつよ。聞いてるだけで楽しくなるようなやつ」
「ズース様の賛美歌ならいいですよ」
「さすがに喉から太鼓の音を出すような技術はないよ。……最近読んだ本の語りでいい?」
「いいわよ」
「もちろん」
王族として視察団に加わった姫様たちだが、最初こそ見慣れない王都の外の景色に興奮していたが、まだ六つの子供なのですぐに飽きてしまいイライラしてしまっているようだ。
そしてレイは伝えられていないが、こういう時の話し相手になるのも仕事の内である。幼さが故に考えが読みづらく、貴人なので失敗が許されないものの相手などだれもやりたくないのだ。
「じゃあ、昨日読んだ音鳴りの星という童話を」
その事実に考えが及んでいなかったが、レイは嫌な顔をしつつも当然のようにリクエストに応えた。人間というのは同じ時間を共有していれば親しみを覚えるのだ。
うっすらと誰かに動かされていることに気が付きつつも、そんなことで親しみの気持ちを捨てることはない。
以前のように姫様たちに謡っていると他の視察団の人たちも集まって来た。
暇なのだろうか。まあそうだろう。揺れる馬車の中では書類も読めないのだし。
しばらくすると日が暮れて来たので野営の準備を始めた。
「おお!これがキャンプというやつね!」
「楽しいですね、お姉さま」
「二人も何か手伝う?楽しいよ」
「レイ君、ダメに決まってるでしょ」
「楽しいのに……」
日常的にすると飽きるが偶に野営の準備に参加することは楽しいと認識しているのだが、ちゃんとした従者であるサラサに止められてしまった。
「サラサ、だめ?お父様も何事も経験だって言っているじゃない」
「そうですよサラサ。下の者が何をしているのか、一度くらい直に体験するのも良いことだと思うの」
「なりません。これは遊びではなく仕事なのです。ほら、レイ君も」
「……そうだ!寝具の準備を手伝うのはどうですか?姫様たちの道具なら、姫様たち以外が触れるのも不味いです、よね?」
「…………全くもう。では、姫様たちが使うテントに限り、改造するのは目を瞑りましょう」
「「ありがとう、サラサ!」」
珍しくレイも引く気が無い様子に譲歩し、自分で改造するという名目で準備に参加する許可が下りた。
荷馬車から王族用の上質なテントを取り出すと雑に設置し寝具と小物を放り込む。すると姫様たちが入り込み自分たちの好きなように配置し始めた。
雑に、もしくは思うがままに。ただ単に明日の朝には撤去する軽い家具を配置しているだけだが、自分の意思で出来ることが楽しいのだろう。
「レイ!レイはどこで寝る?」
「レイを真ん中にしましょう。いつもは違う部屋で寝てますし」
「……ん?俺もここで寝るの?」
「そうでしょ?」
「違うんですか?」
当然のように自分も使節団に同行している使用人たちと同じテントで寝ると思っていたのだが、記憶を辿ると明言されていなかった。
指示を仰ぐためにサラサを探す。真後ろにいた。どうやらレイの疑問を読み取ったようだ。
「貴方は護衛なのだから同じテントで寝るように」
「はぁ」
本当にそれでよいのだろうか、と首を傾げる。
王族と平民という階層を従者兼護衛兼専属治療師という立場で無視するとしても、自分は男性で、姫様たちは女性である。同じテントで寝るべきではない、と思う。
それともレイが気にしすぎなのだろうか。男女は七つに成ったら性を意識するというが、転じてまだ七つにもなっていない歳なのだから考慮しないのだろうか。
両親が言っていたことと異なるのだが、それは両親が魔族で姫様たちが人族だからとか、そういう違いなのだろうか。
(上司が言っているんだから、従っておけばいいか)
「じゃ俺が真ん中で。ハンモックを使っていい?」
「?ハンモック」
「船乗りが寝る時に使うらしいものだよ。使ってみたい」
「よくわかりませんがいいですよ」
「やったね」
疑問を棚上げしたレイはテントの模様替えに参加し始めた。
旅は続き二日後、既に道のりの四分の三を終えていた。
「しかし便利なものですね、この浮かぶ板というのは」
「ええ、これほどの悪路でもほとんど揺れない。尻が痛くならなくて大助かりです」
文官たちが笑顔で語り合うのは今回初めて馬車に導入されたマジックアイテムの話。浮かぶ板である。ただ地面から一メートル程度浮遊するだけのマジックアイテムだが、そのおかげでタイヤの役割を破壊していた。
この国では街と街を繋ぐ街道があまり整備されたおらず悪路が当たり前だ。馬車での移動は尻を殴られ続けるに等しく、体力を削られるので一日中移動することが出来ない。
しかし、この浮かぶ板のお陰で全ての問題を解決した。
「でしょう。友人に頼んで作ってもらった甲斐があります」
鼻高々にレイは胸を張る。
それも当然だろう。本来なら王都からコンボロス領へ行くのにかかる時間を、このマジックアイテム一つで五分の一程度にまで短縮したのだから。
ユニリンたちに「王命を受けて使節団に参加することになったんだけど、明日までにこういうマジックアイテムを作れる?」と無茶ぶりをしたのも無駄ではなかった。
たぶん無理だろうと思っていたのだが、言ってみるものである。
「友人?レイ殿が作ったのではないのですか?」
「んー、量産したのは俺ですけど、術式を構築したのは友人ですね。ざっくりいえばチームで作った、みたいな」
「ははあなるほど」
姫様たちが昼寝を始めたので交流のために文官たちに混ざっていると、馬に乗った騎士達が緊張した様子でこちらにやって来た。
勢いを落として並走するとレイに耳打ちする。
「山賊がこちらに向かっているようです。配置につくようにと、レグルス殿が」
「分かりました。すぐに」
山賊。この世界ではよくいる、街の外で人を襲い略奪するものだ。戦う力のない者にとっては恐怖の対象である。
文官たちも怖がっている。
「山賊ですか。コンボロス領にはいるのですな」
「我らに勝てないことは見れば分かるだろうに」
「挑んでくるなど、自信があるのでは。もしや山賊に扮したコンボロス家の……」
「大丈夫ですよ。見返りに目がくらんだだけの雑魚しかいません。じゃ、行ってきます」
騎士達が滑らかに動き出し、レイも当初の打ち合わせ通りに配置につく。レイの瞳はまだ見えないく距離にいる盗賊団を捉えた。多少鍛えている者もいるようだが、だいたいは雑魚だ。せっかくなので突撃、蹂躙しようと一人で――。
(行けね、またやらかすとこだった。怪我をしないように立ち回らないと)
突撃する寸前、我に返って配置から動かなかった。
実のところ、レイはあまり強くない。正確には、近接戦闘が苦手だ。
魂が肉体に定着していないためレベル上げが出来ないというのもあるが、基本的に剣術の稽古相手はアルトなので、一般的な騎士や兵士ほどの背丈の相手との戦闘経験があまりないのだ。
つまるとこり、実戦経験が極めて乏しく実力を発揮しきれないのだ。
得意な治癒の術に任せて四肢の欠損は前提に作戦を組み、肉を切らせて骨を断ち、肉と骨を断たせて命を奪い、後で回復するという戦い方なら十分以上の戦果を上げることが出来るのだが、そういうことはするなと姫様に言われているんで前に出過ぎない方がいいだろう。
……そもそも、事前の打ち合わせで役割を決めているので、勝手な行動は慎むべき……というか、絶対にしてはいけないのだが。
(しゃーない。当初の予定通り、魔術でサポートするか)
襲撃して来た山賊たちを騎士達が返り討ちにし、逃げていく背中に風の刃を当てていると、いつの間にか全滅していた。
その後は何事の無く、翌日にはコンボロス領に到着した




