20話 旅の準備
朝日が顔を出す頃、レイは城に戻った。
夏休みに入ったが行動のルーティンに変化はない。いつものように姫様たちを起こし、いつものように朝食を取りながら今後の予定を話し合う。
「アンリム、前々から予定していたけど、改めて確認よ。三日後に私たちはコンボロス公爵家領に向かうわ。目的は陛下の代理として視察を行う事。基本的には一緒に行く文官たちにくっついていればいいだけだけど、いずれは王位を継ぐものとして学んでおくことは沢山あります。気を抜かずに会話について行くように頑張りましょう」
「ええ、お姉さま。私もお姉さまを支えられるくらいになりたいので頑張ります」
「その意気よ、アンリム。レイも、私たちの従者としてシャキッとしているように」
「すいません。実は俺はコンボロス家の娘の治療しろと王命を受けたので、コンボロス公爵領に入ってら別行動になります」
「えっ聞いてないわよ」
「昨日言われました」
「えー……まあいいわ。お父様がそう命じたなら、私が止めることはありません。しっかりと役割を果たす様に」
「ははー」
食べることに集中して返事がおざなりになってしまっていることに目くじらを立てながらも、苦手な野菜を食べてくれているので強く言えずに口を噤む。
片手間に認識疎外の魔術を使い侍女の目から逃れ野菜を口にする行為がどれほど無駄に高等技術なのかは分からないが、分からずとも感謝しているのだ。
「それでお姉さま、レイ君、差し当たって今日は何をしますか?私は最近話題のサーカスを見に行きたいです」
「いいわね。行きましょう。水晶狐の魔物使いがいるんだっけ?」
「……えっと、旅の準備を手伝うので、ご一緒できそうになくて……」
恐る恐るといった口調でレイは辞退を申し出る。
こうして一緒に朝食をとっているが、姫様たちは王族であり、レイは平民だ。基本的に学区以外では一緒に行動することは無いし、出来ない。それが身分であり階層というものだ。
「ええ……コンボロス公爵領では別行動だっていうなら、それまでは一緒に遊びましょうよ」
「レイったら研究とやらに夢中で全然私たちの相手をしてくれないじゃない。従者は主の遊び相手も仕事の内よ」
「んなこと言われましても……サ、サラサさん……」
困り果てたレイは壁際に控えていた侍女に助けを求める。
「ふふっ。ローレンティア様、アンリム様。夏休みは長いのですから、視察の後にも時間は沢山あります。今回はじっくり見て、次回レイ君も一緒に行くときに楽しみ方を教えてあげましょう」
「おおっ。それはいいわね」
「レイ君、今日はお夕食も一緒に食べましょう。その時に自慢してあげます」
「楽しみにしてますね」
こうして一時離れ、レイは厩舎に向かった。
「旅の途中で馬車が壊れることもあるだろう。そういう時に必ず俺たちがいるわけじゃない。万が一に備えてお前も覚えておけ」
「はい、今日はお世話になります」
今回の旅では姫様たちを含めて三十人で移動する。その足は馬車だ。馬車は領地に住む人々が最初に目にする姿であり威厳を示すためにも王家の者として相応しいものでなければならない。華美な装飾が施されているのはそのためだ。
しかし、汚れにくいわけでも、壊れにくいわけでもないのだ。
「そうそう。この王家の紋章はそうやって外すんだ。で、綺麗に磨くにはこっちの薬品を使え」
親方の動きを真似して紋章を取り外す。数は四つでうち一つがレイの担当のようだ。
「もし落として壊しちゃったらと思うと緊張しますね」
「レイ、不安を煽るようなことはいうもんじゃないぞ。そうなったら監督責任で俺の首が飛ぶ」
「ごめんなさい」
「冗談だ。もし壊したら補修のやり方も教えてやる。……普通はその歳、その未熟な腕でこんな最上位のものに触れる機会は無いんだ。全部覚えて帰れよ」
「もちろんです。出来ました」
「早いな。……こことここに磨き残しがある。特にこっちは光の反射具合に影響する。気を付けろ。俺がやったのと見比べてみろ」
並べられるとかなり違う。
紋章は家や個人を表す身分証の様なもので、線の一本、点の一つ、動物の表情にするあ意味があるらしい。レイのようにただ汚れを取り除くだけではなく、ちゃんと汚れる前の姿を引き出すことが必要なのだ。
「王室典範を読んで図面の意味を学んでおきます」
「あと三日しかないのだからそこまで手を広げるのは無茶だと思うが……まあお前が必要だと思うならやっておくといい。明日、もう一回俺の前でやれ。
次は車輪の構造と直し方を教える。主要な道なら整備されているが、それでも万が一ってのがあるのが世の常だ。こっちも外して分解、組み立ての練習をしておけ。技術は付け焼刃でも知っていることに意味がある。一回で覚えられるか?」
「出来ます」
「よし。じゃ手本を見せるぞ」
親方は今度の馬車の座席より下の範囲を教えてくれるようだ。
道具箱から必要なものを取り出し車軸から車輪を取り外した。続いて注目するのは車輪そのもの。木材を組み合わせて作られたこの車輪は使われた材質こそ上等なものだが組み合わせ方は複雑ではない。
親方のお手本が終わるとレイも他の場所の車輪を取り外し、分解。
ちらりと親方の方を見ると何も言ってこなかったので、そのまま元通りに組み立てて取り付けた。
「うむ。呑み込みが早いな。あとは分解した際に壊れていないか確認するポイントと、現地で資材を獲得出来るようになれば十分なんだが……ここでは教えることが出来ないな」
「これでいいですか?」
必要そうなので手のひらから木材を生成した。
「…………植物魔法というやつか。便利だな」
「魔法の行使なら自信があります。これも土や水を作るのと似たような原理ですよ。えいっ、どうぞ」
一メートル程度の木材を蛇のようのしなやかさで伸ばし、ピン、と伸ばしてから自切し、差し出した。
「ふむ…………普段使っている木材とは少し違うが、応急処置としてなら十分だな。よし、ではこのまま続ける。まずは加工のやり方からだ」
馬番兼馬車大工の親方の指南は昼前には終わり、レイは昼食を取ると食料庫に向かった。
「サラサさん、食料の準備は進んでいますか?」
「あら、もう来たのね。もう少しかかりそうだから待ってて……いや、あっちの棚から燻製肉と清空葉を二百枚ずつ取ってくれるかしら。あと乾いたジャガイモも」
「分かりました」
王城の厨房の近くにある食料庫は人と箱でごった返していた。
アロス国王都とコンボロス領は交通網がさほど優れていないので一度街を出ると次の街までに補給できる場所はほぼない。必需品は最初から十分に準備しておく必要があるのだ。
人手は多くて困ることはない。成人男性の背丈の三倍ほどはある巨大な棚から目的のものを探した。
「ちょっと君、危ないよ。脚立は誰かに抑えておいてもらわないと」
「心配ありがとうございます。では大丈夫です」
「いや大丈夫じゃないく……あれ、脚立は?」
幼いレイではどう見ても届かない高さにある箱に手を向ける。くいっ、と手首を上げると箱も持ち上げあり、手首を下げると箱も合わせて落下してきた。
「えっえっえっ」
「魔法の一種です。なにか降ろすものはありますか?」
「あっ……じゃ、じゃあ隣の巻昆垂を」
レイが行使しているのは無属性の【念動】という魔法。超能力でいうサイコキネシスであり、肉体が届かない場所に力を働かせる技。
魔法使いならだれでも使える上に特筆して改良できる箇所も無く、消費魔力と魔力制御能力でのみ力が変わるある意味では最も初歩的な魔法である。
レイの超膨大な魔力量と精密な魔力制御能力をもってすれば、高い場所にあるだけの荷物など千や万でも物の数ではない。
「他にはありますか?他に他に」
「あ、ありがとう。もう十分だよ」
「とっても助かったわ。よしよし」
感謝の言葉と頭を撫でてもらって受けて気分が良くなりながら最初の場所に戻ると、ちょうどサラサも食料の準備が終わったところだった。
「これをしまえばいいんですか?」
「ええ。いつも通り馬車にも荷物を積み込むけど、あなたの収納空間にも予備を入れておいてちょうだい」
「はーい」
「良いお返事です。……ところで、沢山あるけど本当に全部入るの?」
「楽勝ですよ」
「素晴らしい。あとで生理用品や野営道具の予備も入れておいてね」
「はいはーい」
三十人分の食料。それで七日分となればかなりの量だが、レイが裏空間と名付けた収納空間に果ては無い。何に問題も無く収納できた。
「そういえば片道分だけでいいんですか?」
「ええ、帰りの分は相手側が用意するのが慣例なの。それにレイ君が開発した魔法のお陰で大幅に短縮できそうだし、これで問題ないわ」
「おー。それは嬉しい。あとでユニリンたちにも報告しておきますね」
この後にまだまだ余裕そうなレイを見てもっと荷物を持たせてはどうかという話が上がったが、サラサが一喝して全て吹き飛んだ。
一日の仕事が終わりレイは厨房に向かっていた。
普段は使用人用の宿舎に戻るのだが、今日は姫様たちと一緒に夕食を取るからだ。なぜか配膳もレイの担当なのだ。
途中で道の向こうから見たことのない男性が歩いて来た。訝しんでいるとどうやらレイに用があるらしく近寄って来た。
「レイ君、ちょっといいかな」
「ん……ライアンさんですか。なにしているんです?」
見たことのない顔だと思ったが、よく見ると知り合いの変装だった。
何をしているのだろうか。
「……よくわかったね。いい目だ」
「どうも。それで何かありましたか?修道院の外で会いに来るなんて」
「君が以前戦った魔族のことだ。調査の打ち切りが決まった」
「えっ……分かりました。共有ありがとうございます。あの魔族が何者なのか分かったんですか?」
以前レイが戦った魔族というと、修道院を出る少し前にアルトと一緒に返り討ちにしたヤギの魔族のことだろう。
調査の進展を聞いていなかったが、どうなったのだろう。
期待を込めての質問だったが、ライアンは悔しそうな顔をした。
良い結果ではなかったようだ。
「残念ながら、分かったことはほとんどない。同族らしい他の魔族と魔族を信奉する教団を調査したが、そのヤギ魔族が魔界から来たってことくらい。どうして君を狙っていたのか、どうして君の場所が分かったのか、まるで分からなかった。ああ、あと強いて言えばほぼ単独での作戦だったってことくらいだね。
魔界まで足を延ばせばもう少し分かると思うけど、危険性の方が大きいと判断されて調査は打ち切りだ。ごめんね、君の除く答えじゃなかったでしょ」
「んー……俺の両親と面識があったようなので、そっち方面を期待していましたが……でも大丈夫ですよ。ライアンさん達で分からないなら、俺が手伝えることもないでしょう。ありがとうございました。フアナ院長にもお礼をお伝えください」
「いいってことよ。こっちもこれが仕事だからね。じゃ、またね」
そう告げるとレイの横を通り抜け、振り返ると消えていた。
レイは何事もなかったかのように厨房へ再び歩き出した。




