2話 夢と痛みと
「薄気味悪い餓鬼めっ!」
「どうします?もう時間がありませんよ!?」
「分かってる。分かってるが……ッ!」
暗くじめじめとした地下牢に男たちの焦ったような声が響いている。彼らは血の付いた鞭や杭を手にしている恐ろしい風貌の拷問官。無知な子供でも彼らが的確に人体に痛めつけるプロであると分かる。その恐ろしさはたった今身をもって知ったばかりだ。
(ここはどこだろう……確か帰って寝てたらスオイさんたちが殺されて、変な男を殺して……あの子を殴って力尽きたんだった。気絶してる間に運ばれたのかな?)
しかし血と傷に塗れた体にされたにもかかわらず、レイは全てをぼんやりとした目で見ていた。
気絶するまでの記憶は正確にあるが、この場所に運ばれた記憶はない。目の前の男たちの正体も推測しか出来ない。致命的なものはないが体中が切り傷と穴だらけで痛いし熱で未だに体がだるい。
率直に言って命の危機だ。早急に脱出しなければ。
「おいまだ手間取っているのか!早く自白させろ!もう謁見の時間だぞ!!」
通路の奥から怒声が響く。怒りが漏れ出ているような乱暴な足音と共に現れたのは高価そうな衣服を身に纏った貴族の様な見た目の男だ。怒りは表情からも漏れ出ており拷問官たちは恐れるように、しかし嫌そうに首を垂れながら言葉を返した。
「申し訳ありません、カスロス様。しかしこの子供はなかなか自我が強いようでして」
「反応も鈍くなってきています。この辺りが諦め時かと……ギャッ」
「馬鹿なことを言うな下民共!このままでは陛下に、祭事中に姫様方が誘拐された責任を取らされるのだぞ!?私の責任にされるのだぞ!?この餓鬼を姫を救った英雄として祭り上げるとはそういうことだ。
この状況を打開するにはこの餓鬼を誘拐犯たちと共犯だったことにして、英雄という肩書を無くさなければならんのだっ!!」
当たり散らす様に腕を乱暴に振るい拷問官を突き飛ばした。
拷問官たちは「あなたが警備の責任者だったんだから、本当にあなたの責任じゃん」と思いながらも、身分差と性格の問題から口を噤んだ。
「あ、ちょ」
「お前が自白すれば全て丸く収まるんだよ。言う事を聞けクソガキ!!!」
拷問官が止めるのも聞かずカスロスは拳をレイに叩き込んだ。二十代半ばほどの男性。騎士として鍛えられた肉体。真の意味で目の前の敵を殺すための行動ではない。しかし苛立ちをぶつけるように打ち込まれた拳は手加減など全くしておらず、レイをあの世の一歩手前まで吹き飛ばした。
(やべ……死ぬ……)
元より熱病と拷問で体力を消耗しているのもそうだが、鎖で壁と繋がれたレイに逃げ場はない。拳と石造りの壁に挟まれ圧力を加えれらたレイの頭部はその衝撃に耐えきれず破壊される。
非常に痛い。衝撃は脳にまで達し意識も飛びそうだ。しかし意識が飛びそうということしか不都合を感じない。不思議なことに、全ての痛みと傷が他人事のようだ。自分の事なのに客観的にしか感じない。まるで夢を見ている様だ。悪夢になるが。
少し回復した謎の光を何とか操り、致命傷になりそうな傷を補修する。
「このッ!くおぉのッ!いいか!?謁見の間では『私は誘拐犯の一人です。部屋で震えていたら気が付くとみんな死んでいました』と言うのだぞ!?多くの貴族の皆が見ている中で自白すれば、陛下と言えど英雄譚を捏造し続けることは出来ないからな!」
「カ、カスロス様どうかお静まり下さい!いまこの餓鬼に死なれては貴方にとって最悪の結果を招くのではありませんか!?この餓鬼の身柄を確保しているのも相当無理をしているはずです!」
「むっ…………おい、傷を塞いでおけよ」
「ははっ!」
拷問官に窘められようやく落ち着いたようだ。錯乱してた自分に苛立つように去っていった。
「お前の治癒魔術で治せそうか?」
「治せなきゃ俺たちの首も飛ぶでしょう。何とか治しますよ……ああもう、八つ当たりで腹蹴りまでしやがって。俺たちは消えない傷は避けていたのに……くそっ!このくらいの歳の餓鬼なんて簡単に骨は折れるし臓器も破裂す……ん?」
「どうした?」
「……あんまり傷が無い?」
拷問官たちは首をかしげるが、少し考え、おそらくはカスロスが見た目よりは冷静で手加減したのだろうと理屈をつける。そうでもなければおかしな現象だ。そう考えれば納得のいく現象だ。
少し手を止めていた拷問官は、遅れを取り戻す様に急いで治癒魔術を行使する。土属性の適性を持つこの拷問官は傷跡に詰め物をするように治癒を施す。視認できない内傷まで治せるのは偏に腕がいいからだ。
しかし治しきる前に何者かが拷問部屋に殴りこんできた。
「少年がいるのはここか!」
「うおっ!な、何者だ!?」
「ここは王女誘拐容疑の被疑者を拘束している部屋だ!誰であれ立ち入り禁止とコンボロス家から通達があったはずだぞ!?」
「黙れスラムの破落戸にも劣る卑劣漢ども!とうにコンボロス家は全員に謹慎令が出されていると知らんのか!命令はすべて無効だ!おい少年、無事……なんて酷い傷だ。遅くなって済まない―――」
どこかで見たような気がするが、全く思い出せない騎士の姿を見ながら再び気を失った。
目を覚ますと、今までに見たことが無いほど豪勢なベットに転がっていた。
レイよりすこし背丈が大きい少女が顔を覗き込んでいた。
「お目覚めですか。お加減はいかがですか?」
「……駄目ですけど、意識ははっきりしてます。どのくらい寝てましたか?」
「およそ五時間です。陛下との謁見の時間が迫っています。可能であればご参加ください」
「…………参加します」
歳はおそらくレイと同じか少し上。五歳か六歳だろう。ならば侍女見習いといったところだろうか。朧気ながら覚えている記憶によるとレイは英雄として祭り上げられるらしいが、直に見るとスラムの餓鬼だから侍女見習い程度でいいと判断されたのだろうか。
この予想があっているならば、つまり嘗められているということだ。事実だろうとむかつく話である。
「アルト、少年の様子は……」
「起きました。お着換え中です」
「どうも」
「…………わ!ああもう早く言いなさい!侍女頭に伝えて来るわね!」
レイから見て背の高い女性。恐らく侍女の中で最も一般的な年齢と見た目と地位にいそうな女性が入室したかと思えば去っていった。
レイはアルトと呼ばれた少女を顔を見合わせる。
「……」
「……」
何も読み取れない。無表情だ。不思議な少女だ。
「俺が起きなかったら、謁見はどうなったんですか?」
「どうもしません。あなただけが不参加で、後で個別に会うことになると聞いています」
「仮病すればよかったかな……?そういえば俺の着ていた服を知りませんか」
「ボロかったから捨てたと聞いています」
「そうですか……」
アルトに介護されながらいつの間にか着せられていた軽装を脱いで立派な服に着替える。レイに服飾の知識はないが肌触りと装飾の多さからその服の高価さが伝わってくる。
たぶん、傷つけたら一生を掛けても弁償できないだろう。
「王家に男児が生まれれば着せる予定だった服だそうです。大切に着て下さいね」
「一生を千回くらいやっても弁償できなさそうですね」
「?服は傷つくものです。傷ついても専門の裁縫師が縫い直すのでお気になさらず」
「それもそうか」
お着換えが完了した。アルトが持ってきて大きな鏡の前で立ち、しゃがみ、横に回転して背中も確認。興奮したようにぴょんぴょんと飛び跳ね、空中で回転する。
「不思議な方ですね」
「俺がですか?」
「はい、これから陛下と謁見です。このアロス国の重鎮の方々も急遽集まれた方は全員参加するそうです。だというのに緊張した素振りも見えません」
「現実感が湧かないんですよね。本番で気絶したらごめんなさい」
「それは止めてください。あなたの見張りを任させた私も責任になるかもしれません」
「頑張ります」
レイは体の動かせる範囲を確認するようにストレッチをしていると、アルトが手を差し出して来た。
首を傾げながら何となく手を取ると引っ張られ、二人の位置が入れかわる。くるりくるりと何度か繰り返す。その後もアルトにされるがままに体を動かしていく。稚拙だが、もう一人誰かがこの部屋にいればダンスをしているようだと感想を抱いただろう。
その楽しいダンスをまるで曇ったガラス越しに見ている様なもどかしさと不快感を感じながら遊んでいると、誰かが部屋を開けて入って来た。
「アルト、お着換えは終わった……なに遊んでんのよ」
「終わりました。遊んでもらえて楽しかったです」
「はいはいあんたはこっちね。人手が全然足りないのよ。発令から十二時間で会場を全部整えるとか無茶苦茶な突発イベントなんだから」
先ほどの女性がアルトの首根っこを掴んで連行していった。
レイに用事があるのはもう一人の青年だろうか。
「お名前は?」
「レイと言います」
「ほお、予想以上に賢そうだね。服もちゃんと着こなせているよ。君はこれから陛下に謁見するんだ。君は姫様たちの恩人だから容赦はされるが最低限の礼儀作法は守ったほうがいい。分かるかい?」
「はい」
「では教えよう。あと一時間しかないから頑張ろうね」
時間はあっという間に過ぎ、謁見の時間が来た。
レイは今、謁見の間に入るための廊下を歩いている。
「レイ君、君は私が見た中でも五指に入る程に賢い子だ。学園で教鞭を振るう私が見てきた中での五指だ。誇って欲しい。この一時間で教えた通りに行動すれば誰かに非難されることは無いし、もし非難する者がいれば臨時の教師として私は君の味方に成ろう。自信をもって振舞いなさい」
「はい。ありがとうございました」
青年に見送られ、レイは進む。
大きな扉がぎしぎしと大きな音をたてながら開いた。完全に開ききるのを待ってから、堂々とした足取りで入室した。
「ほお、あれが」
「スラムの餓鬼と聞いていたが、なかなか凛々しいではないか」
「どうかねコンボロス公、カスロス殿の後釜はあの子にしては?」
「……失敗したとはいえ、我が家が代々担ってきた役目はそうそう他家に代行できるものはありませんよ。ましてあの小さな英雄は家無しだ。凛々しいのは認めますがね」
「お姉さま!お姉さま!ようやく会えましたね!」
「……アンリム、静かになさい」
「あの服はたしか、王太子に着せるために拵えたと聞いていたが、陛下は何を考えているのだ?」
「ううむ、コンボロス公爵家の力を削ぐためのパフォーマンスだと思っていましたが、これは思った以上にあの子に入れ込んでいるでしょうか」
「陛下は王女たちを大層可愛がっているのだ。それだけ恩に感じている可能性もある……しかし、果たしてそれだけが理由なのか……?」
謁見の間は非常に豪華だ。もう夜の九時を回っているというのに昼のように錯覚するほどの明かりとそれを反射する豪華絢爛な装飾の数々。壁の模様や装飾にかけられた技術力もそうだが、おそらくは素材からして違うのだろう。天井のシャンデリアに両脇を流れる王家の意匠が入った旗などに目を圧倒される。
誰の顔も知らないが、両脇で観覧している貴族たちもまた立派だ。一見するとみな似たような服を着ているが、よく見ると装飾の数と意匠が異なる。恐らくは階級の高さと派閥を表しているのだろうか。
正面を見ると、少し高くなっている場所に椅子が三つ。両枠には見覚えがある少女が二人。王様は中心の一番立派な椅子に座っている人だろう。
全く持って縁が無く場違いな場所にレイはいる。緊張している。しかし全く動作は淀むこと無く滑らかで、視界に映る全てを正確に識別できる。
それに耳がおかしい。起きているし意識もはっきりしているが、まるで夢を見ている様だ。距離が歪んで聞こえないはずの場所と声量の声が聞こえてくる。この部屋で生じている全ての音が正確に聞き取れる。
おかしなことだ。おかしなことが起きている。今日は熱病で寝込んで目が覚めてからずっとおかしいが、今が一番おかしい。ずっと肉体から収集できる情報が他人事のように曖昧で、汚れたフィルター越しに見ているように雑音が入る。視覚と聴覚が正常に機能しているない。
しかしこれに反するように幻覚と幻聴も酷くなる。先ほども侍女や教師は一致していたが、貴族たちからはもう一つ以上の何かが被って見える。ふとした時に邪悪な顔をした鬼の仮面を被っているように見える。かと思えば天使のような仮面を被り、かと思えばご飯を食べ、かと思えば何の仮面も被っていない人もいる。
意味不明だ。理解できない光景だ。
そして気が付いた。これは寝不足とストレスが原因だ。
「なに?」
レイは謁見の間の玉座の手前まで歩き、ぱたりと倒れた。陛下も思わず声を上げる。
「なんだ?倒れたぞ?」
「緊張して足が縺れたのではないか?五歳なら貴族でもあることだろう」
「いやよく見ろ!血を流しているぞ!?」
「暗殺か!?曲者か!?」
「馬鹿な。あの子を殺して何の意味が――ま、まさかコンボロス公、まさか!?」
「待て!私ではない。憶測で物を言うとは貴方らしくありませんぞ。そうだなカスロス」
「え、あ、そ、その……」
「……カスロス、貴様まさか」
「ちっ、違うはずです!強引な手は使いましたがきちんと治療しました!」
「とにかく避難を!急げ!」
「落ち着いてください!我らが傍に居ます!」
「なら下手人を早く捕まえてくれ!どこにいるんだ!」
混乱が貴族たちに広がっていく。神聖な謁見の間を血で穢した下手人から逃げるように各々が勝手に行動を始めた
この謁見の間はこのアロス国の最深部。国家の運営を担う王城で働く者の上層部のほぼ全員が集まっている。もちろん警備も厳重だ。しかし今回は突発的に集められたことと、現に一人が突如として血を流し始めたため。前例が無く自分たちの常識が及ばない事態に貴族たちさえも無秩序に行動してしったのだ。
(やべえ……抑えていた傷が開く…………眠いー……)
そんな中でレイは意識が薄れていく中で、手動で動かしていた謎の光が薄くなり、何とか抑えていた頭蓋と内蔵、その他沢山の傷が開くのを感じながら本日三回目の気絶に入った。




