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閑話1 帝国の父親たち

「ランシュ殿、あなたの死刑が決まった。罪状はアロス国との共謀の疑い。執行官は俺だ。最後に残す言葉があれば聞こう」


 壮年の男性、ララクマ帝国武門十七衆第二席、ギルメ・エンギルは帝国城の隅にある厳重に監視された部屋に入って来るなり、手元の書類を読み上げた。

 返答を聞かずに弓を構える。何の変哲もない弓と矢だが、この距離なら確実に当たる。なぜか魔術がうまく使えなくなったらしい彼女に防ぐ手段はない。まさに絶体絶命だ。


「――ふぅ。美味しい」


 しかし動揺すること無く、深紅の髪が特徴的な妙齢の女性、【断絶】のランシュは優雅にお茶を堪能していた。

 向けられた殺意に動じることなく、今度はビスケットに手を伸ばす。


「残す言葉などありませんよ。あなたに私を殺す権利はありません。上級冒険者は不逮捕特権が認められてること知らないわけではないでしょう」

「たしかに冒険者は仕事中に法を犯すことがあるため多少は見逃される。しかし限度がある。理由なく民間人を襲撃したら違法、仕事と関係のない法を犯しても違法。やむを得ない場合でない犯罪は裁く。今回もそうだ。お前の仕事はリリア様の護衛のみ。失敗を取り戻すためにアヤメをそそのかし追い打ちを仕掛け、無様に敗走。違法も違法だ。死ね」


 ギルメは死罪が相応しい理由を淡々と述べていく。矢もギリギリと音をたて今にも放たれそうだ。 


「私がアヤメさんを連れ出したのではありません。私がアヤメさんに連れて行かれただけです」

「あの子は子供だ」

「ならば半端に身分と地位のある未熟者を戦場に連れて来たあなたの責任でしょう、ギルメさん。私の失態は結界を突破され皇女様を攫われたことだけです」

「その一点は大きいだろう」

「ええ、なので規約通り失敗金はお支払いしますよ」

「はぁ……そうか。殺してやりたかったんだが残念だ」


 諦めたように弓を降ろし、書類を渡す。

 予想通り、死罪とは書いていなかった。


「依頼失敗のため補填金として帝国金貨三万枚、もしくは帝国と三年間の依頼優先契約、ですか。妥当ですね。払いましょう」

「軽く言ってくれるな」

「A級冒険者を甘く見てはいけませんよ。知り合いを頼れば補填できます」

「そうか、大したものだな」


 ギルメは脱力してソファーに倒れるように座り込む。参戦前に見た時は三十代半ばに見えたが、今はさらに二十程歳をとったような顔だ。


「そんなに娘さんが心配ですか?少し話したところ、攫って行った少年はそれなりにまともに見えました。アロス国も品の良い国と聞きます。無碍な扱いはされないでしょう」

「確かに常識的に考えればそうだろう。だが俺の娘は常識外れに可愛いんだ。泣いているんじゃないかと考えるだけで食事が通らない」


 ギルメはまるで世界が終わったかのような顔をしている。

 エンギル家の家長の座を預かる彼にとって、アヤメは初めてできた娘だ。息子たちも愛しているが娘というのはより一層可愛いという気持ちを抱いてしまうものなのか、目に入れても痛くないほど愛情を注いでおり、誘拐されてしまってからは食事が喉を通らないほど落ち込んでいた。


 親の贔屓目を抜きにしてもアヤメは天才だ。三つの頃から弓を持ち、四つの頃には百発百中。五つの頃には魔物狩りに参加し、六つの頃にはユニークスキルを獲得し向かうところ敵なしだった。実力は十分だと判断し、実戦経験を積ませるために予定調和の戦争に同行させた。

 まさか自分と同格の敵が参戦しているだけでなく、アヤメに匹敵するほどの神童がアロス国にもいるとは、完全に予想外だった。


「何を言い出すかと思えば、武門十七衆の娘を乱暴に扱うわけがないでしょう。心配しすぎです。歳も六つなら手を出す異常者はいませんよ」

「それはそうだろうが、正面から障害を蹴散らして攫って行った少年というのも同じくらいの歳なのだろう?子供は歳が近い異性に恋をするものだ。ややこしいことになるかもしれない」

「?小さい男の子って大人のお姉さんに恋するものでは?」

「俺は同い年だった」

「そう……」


 興味を失ったランシュは壁際に待機している侍女にお茶のおかわりを注文する。

 ポットの暖かなお湯が注がれ、少し待つと味が付いた。


「そういえばリリア様の傍に控えていた七人の近衛の方々がフアナのせいで意識不明の重体と聞きますが、あれって本当ですか?」

「いや、全員死んだよ。ことの整理が終わる前に責任者が死んだってことがばれると滞るから外に向けて言い訳してるだけだな。一人でも残っていれば責任問題が円滑に解決できたのに」

「大変なんですね」

「全くだ。あの馬鹿大臣どもめ、カイガキを抑えるだけでも大変なのに、フアナまで参戦されたら俺一人で止められるわけがないだろ。……アントンが全部の責任を負わされた処刑されかねないんだよ、ふざけやがって。こんなことでうちの門下生を処刑するなら離反してやる」

「だいぶお疲れですね。はい、どうぞ」

「どうも」


 お茶を受け取り口に運ぶ。一杯では足りなかったので、もう二杯。

 この皇帝も愛用しているお茶が、美味しいだけでなく鎮静作用もあることをギルメは知っていた。


「ま、どのみちなるようになるだけです」

「はぁ……お前はなぁ。もっと自分の行動が周囲への及ぼす影響を考えてくれ。実家に申し訳ないとは思わないのか?」

「そういうのが嫌だから冒険者をやっているんですよ。それより、攫われたのは一人じゃないでしょう?あっちはどうなってますか?」

「あー……皇帝陛下もなぁ」


 言葉が詰まる。考えたくないのだ。


「手の施しようがない。近衛が止めてるが、目を離したら一人でアロス国に攻め込みそうだ」

「でしょうね」




 帝国城で最も豪華で堅牢な部屋、ララクマ帝国皇帝ガロリアス・ララクマの自室。

 普段は多忙かつ多くの者に命を狙われる皇帝が唯一心を休めることが出来る部屋だが、今は牢獄のように使われていた。


 自室の奥にあるベッドで壮年の男性が鎖でぐるぐる巻きにされていた。

 ある時、急激に力が籠められ、不可に耐えかねた鎖がはじけ飛んだ。


 急変する事態についていけなかった兵士たちを一瞬で殴り飛ばし、外へ向かう。


「陛下!どうか寝室にお戻りください!今のあなたは冷静さをぐあああぁあぁああ!!!!」


 棍棒の様に太い腕が振るわれ止めに入った騎士を吹き飛ばす。

 ドアを破壊し机を破壊しその奥の壁にぶつかり、大きな轟音を立ててようやく止まった。この異常なまでの壁の強度、おそらくは土魔法で強化しているのだろう。


 轟音を聞きつけた近衛兵たちが集まってくる。十、二十、四十、百と数が増え続ける。予想していた事態だ。彼を止めるにはこの程度の兵士が必要なのだ。


「邪魔をするなぁああ!!!今すぐ全軍を動かせ!出来ぬならば俺一人でやるとも!!アロス国を滅ぼし、リリアを取り戻す!!」


 百獣の王さえ逃げるであろう憤怒の形相を浮かべてガロリアスは吠える。膨大な憤怒と絶望が渦巻いているのだろう。怒りながら、もしくは泣きながら拳を振るい部屋を破壊する。

 まだ三十代のはずだが一気にもう三十程歳をとったようだ。ストレスのせいで生え際が白くなり肌もたるんでいる。眠れないのかクマも酷く、とても五つある大国の一つを背負う偉大な男とは思えない。精悍さが失われたようだ。


 どうみても錯乱している。


「リリア……リリア……泣いていないか?寂しくないか?痛くないか?今、今助けに行くからな……っ!!!」


「どうか!どうか!落ち着いてください!」

「他の面々も連れてこい!陛下がまだ暴れだしたぞ!」

「皇太子さまも確認しろ!手足を折るくらいはしても良い!」


「封縛氷棺を掛け直せ!殺す気でやれ!死にはしない!」

「陛下が正気に戻るまで時間を稼ぐんだ!」


 起き上がった騎士が号令をかける。

 その声に張りは無く、その眼には力が無い。


 当然だ。彼らが忠誠誓ったのは悪政を敷く先代皇帝を討ち善政を敷いた偉大なる賢帝、このような虚ろな目で寝言を呟きながら徘徊する老人ではない。

 しかし愛娘を誘拐された絶望に堕ちるのは理解出ることだ。近衛兵たちは悲壮な思いで槍を握る力を強めた。


 レイがやらかした帝国第二皇女と十七武家第二席の長女の誘拐のせいで、皇帝は錯乱し武人は気力を失い、帝国は大いに荒れていた。

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