18話 学園の試験
国王が拾った幼子が戦場に向かい、死闘の末に皇帝の娘を攫ってきた。そんなバカげた話を潜入調査中に小耳にはさんでしまったアルトは大至急仕事を終わらせて帰還した。
王城の医務室に駆けつけた時、レイは包帯でグルグル巻きにされて寝かされていた。単純な傷ならばここの治療師たちで治せないはずがない。レイも自力で治せるはずだ。ならば傷を治す余裕がないほどの強敵と戦い、傷を広げたのだろう。それがどれほど壮絶な戦いだったか察しがついてしまい顔面が蒼白になる。
無理を言って看病の役に付かせてもらう、何度かの朝日を迎えた時、大切な家族が目を覚まし、安堵の歓声が自然とこみ上がる。
「んっ……アルト姉……?」
「レイ!よかった!目が覚め――」
「――……やばい!俺どのくらい寝てた!?今日は何日!?」
「……へ?ええと、今日は――」
アルトに告げられた今日の日付。それに一瞬絶望して顔を青ざめ、まだ朝だと気が付いて気持ちを切り替え着替え始めた。
「ちょっとレイ。どこに行く気?私が目を離した隙に何をしてきたのかちゃんと説明して。何でまた怪我をしているの?無茶しちゃだめって言ったでしょ」
「ごめん後で!今日は学園の試験の日なんだ!全部で満点取るって姫様たちと約束したんだ!夕飯の時にちゃんと話すから!じゃまたね!」
途中で止めに入った治療師たちも回避してレイは駆け抜けていった。
学園、試験。その言葉にようやくレイの考えに察しがついた。
というか、自分も学生なので今日は試験がある。王立学園といっても初等部は緩いが、それでもテストに出席しないのは不味い。アルトも急いで支度して学園に向かわなければならない。
「レイのばかー!!皇女様って何よ!!!困ったことがあったら言ってよー!!!!」
しかし理屈は分かるが自分の体もアルトの思いも全く考えていない行動に怒りが噴出してしまった。
少しして頭を冷やしたアルトは周囲に頭を下げながら医務室を出ていった。
「ということがあったんですよ」
「すごいじゃない!私たちと同じ歳なのにもう武功をたてるだなんて」
「ええ。レイさん、お父様もきっとお喜びですよ。でもテストも受けたの?無理しなくてもよかったのに」
「簡単でしたよ。たぶん全部満点です」
「戦場を駆け抜けて今朝まで気絶していてそれは無理でしょう。もし本当に全教科満点だったら何でもいうことを聞いてあげるわ」
「お姉さま、滅多なことをいうもんじゃありませんよ」
試験は終わった人から順に夏休みなので、迅速に試験を終わらせたレイは同じくさっさと終わらせていた姫様たちと昼食を取っていた。今は食後のティータイムだ。
話題は勿論戦争に参加したことだ。話を聞いていなかったらしく二人とも驚いている。
「それにしても、私たちの従者を勝手に戦争に連れていくだなんて、お父様に文句を言わないと」
「そうですね。いくら何でも勝手すぎます。私たちの従者なのに」
「ロ、ローレンティア様、アンリム様。向こうはあくまで誘ってきただけで、参戦の意思を示したのは私なので、あんまり怒らないで頂きたいなって思うんですけど……」
驚いただけでなく怒っている様だ。
「レイ、私たちは貴方にも怒っているのよ?分かってる?もうすぐ学園で試験があるからって休暇を上げたのに、なんで戦争に行って死にかけてるのよ」
「……返す言葉もありません」
本当に返せる言葉が無い。黙って頭を下げよう。
「レイさん、私たちにはあなたの考えが分かりません。それが私たちが王族だからで貴方がスラムで育ったという育ちの違いなのか、あなた個人が変わっているからなのか、分かりません。でも、近くにいるお友達のことは分かりたいの。
それにまだ私たちを誘拐された時に助けてくれた時の恩を変えていないでしょ?困ったことがあったら頼って。ね?」
「アンリム様……」
「アンリムでいいよ。私もレイ君って呼ぶから」
「それは困ります」
「もうっ!」
予想していた以上に二人ともレイを心配してくれている様だ。たしかにまだ六つという幼さで戦場に向かい武勲をたてるという行動は、かなり特殊だ。なにか悩みがあるのかと思うのも無理はない。
実際悩みはあるのだが、伝えづらいのだ。
「それにしてもあなたが慈愛の?権能?とかいう治癒の術を使えるなんて知らなかったわ。だから私たちの従者に宛がわれたのかしらね。言ってくれればいいのに」
「幸運なことに披露する機会がありませんでしたからね。ほら、アカメ様と決闘の時に使った技の一種ですよ。修道院に居た時に教わりました」
「ああ、そういえば羽を生やしていたわね。……私も使えるようになれるかしら」
「ご希望でしたらお教えしますが……そこまで万能ではありませんよ。使い手の技量次第では治せないものもありますから。ほら」
そういってレイは誇らしげに服をまくり上げた。無数の切り傷に打撲痕。
そして最も目立つ、火傷の痕。
「うっ……」
「ひどい……」
「えっ?……あっ、ごめんなさい。またやってしまいました。申し訳ない」
一般人が見るには凄惨すぎる傷跡に姫様たちは顔を顰める。
決闘の時も傷を見せて嫌な顔をさせてしまったのに、またやってしまった。反省しなければ。
感性の違いは難しい。
「いえ、いいの……それ、治せないの?」
「頑張れば治せないことも無いらしいですけど、難しいですね。知り合いに聞いてみたら『それが普通だとお前が思ってしまっている。精神的な問題だ』と言っていました。たぶんトラウマになっているんでしょう」
「そう……ねえ、もう戦場なんて行かないほうがいいんじゃない?」
「私も賛成です。レイ君は治癒の術が高水準で使えるんだよね?じゃあ一生私たちの従者と護衛と、あと専属の治療師になればいいと思うの」
「そうね、それなら安全よ。そうしましょう」
姫様たちの言葉は非常にありがたいものだ。
実際、レイは希少な権能使いで、需要が多い治癒の術の使い手で、第八階梯というアロス国でも最高位の術師だ。まだ若く経験に乏しいが、いずれは名実ともに世界最高に治療師に慣れてもおかしくない。希望すれば年に数回の治療だけで一生を生活出来るほどの資金を稼ぐことが出来るだろう。
そんなレイが王族の専属の治療師になるというのは十分に現実的な選択肢だ。スラム育ちというマイナスポイントも逆に神に導かれたとでも美談に使うことだってできる。
いまさら思い至ったが、陛下がレイを戦場に連れていかせたのは治療師としても名声を上げさせるためだったのだろうか。
なんにせよ、ここで頷くのが最も賢い選択だろう。まだ出会ったばかりだが、姫様たちとも友好的な関係を築けている。スラム育ちが王族専属の治療師になるのは大出世という言葉でも収まらないほどの大出世だ。もし国が崩壊しても次の国でも無碍にされることはないだろう。
「んー実は今回の件で、みんなが傷を戦士の誇りって言うのがちょっと分かったんですよね」
「「え」」
「積み上げた技を抜けて、消えない傷をつけられる。そんな相手と称えることは誉です。俺もようやく理解しました。痛いし大変だし死にかけましたが、それ以上に楽しかったんです。
だからごめんなさい。まだちょっと、良い返事が出来ないです」
しかしレイは望んでいない。
痛みと流血、その苦しみに生の実感を覚えてしまったレイにとって安寧と平和は価値が低いものだ。
死なない限りどんな傷でも治せるほどに治癒の術が使えるレイが、治せないほどの深い傷。
素晴らしい。素晴らしかった。仕事中でなければもうちょっとあの爆発女と戦いたかったものだ。
なので姫様たちの気持ちは嬉しいが、困るのだ。
「そうだ。それより試験の結果は明日分かるんですよね。姫様たちはどうでしたか?」
「そ、そうね。試験ね。ええ。私も自信があるわ」
「で、ですね。だから午前中に終わったんですよ。もう」
少しぎくしゃくしてしまったが、こうして何事も無く昼食会は終わった。
この失敗を活かして、夕飯の時の姉さんへの説明は何とか乗り切ろう。
そして翌日、講堂に試験の結果が張り出された。
講堂は予想通り混んでいた。試験の結果は後日個別に、実家に郵送されるが、その前に結果を知りたい多くの生徒たちが集まっているのだ。まだ幼くても学生の行動は年齢でそうそう変わらないようだ。
ざわざわとみんなが話題にしているのは、やはり順位か。
「……」
「……」
「やっぱ俺が一位だ」
姫様たちと三人で結果を見に来たレイは当然のようにつぶやく。ちらりと姫様たちをみると驚いたように呆然としている。
昨日、満点だよっていったはずだが、信じて貰ていなかったようだ。
この学園では生徒たちの競争意欲を刺激するために成績上位百人を張り出している。
順位に目を通すと、レイが一位で全教科満点。二位がローレンティアで三位がアンリム、点数からして一問間違いと二問間違いだろう。
他の知り合いはヘデラが四位、アカメとロベリアは二十番以内にはいるようだ。
(ロベリアも試験を受けたんだ。あのあと戦場から急いで帰ったのかな)
「納得がいかない」
「お姉さまには負けると思っていましたが、まさかレイ君にも負けるとは」
「今俺の事を馬鹿にしました?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「ほら、レイ君は従者としても戦士としても素晴らしいけど、勉強の方は良く知らなかったから……」
「貰った教科書の中身を丸暗記すればいいだけですよ。授業をちゃんと聞いていれば試験の内容も予想がつきます」
実際大したことはしていない。
事前に教科書を暗記しただけだ。アイキューテストの様なものがあれば自分は二人に負けるだろうなと思っている。
「ローレンティア様、アンリム様。おはようございます」
「あらヘデラ。おはよう」
「おはようございます」
「レイもおはよう。一位なんてすごいじゃない」
「お褒めの言葉、とてもありがたく思い」
姫様たちの友人のヘデラもこちらも見つけたのか話しかけて来た。レイも失礼が無いように丁寧にお辞儀をする。
丁寧すぎて、姫様たちへの対応よりも丁寧になってしまっている。
「……レイ、そういえば、まだ休暇を与えたままだったわね。今日はもう好きにしていいわ」
「ですね。レイ君、図書館にでも行ってはいかがですか」
「?はあ、了解しました。では私はこれで」
不満そうな顔をしている理由が分からないまま、レイはその場を離れた。
「というわけで、研究費用の問題が解決したよ。やったね」
場所は変わってユニリンの研究室で、レイは嬉しそうにカタログを開いていた。
魔術の研究はお金がかかる。陛下に論文を提出したら資金をくれたが、もっと自由に、思うがままに使えるお金が欲しかったのだ。
「それは本当に嬉しい事だけど……本当にいいの?戦場で頑張ったのはレイでしょ?私は何もしてないよ?」
「そんなこと言わないで。ユニリンが一緒に開発してくれは術式がとっても役立ったから。俺の武勲の決め手はユニリンのお陰といっても過言じゃないよ。謙遜しないで。それに研究費のため武勲の報酬をお金にしてもらったんだから」
「そう?……じゃ、じゃあ遠慮なく……えへへ。これで欲しかった本が買えるし研究も進む」
「それはよかった」
ユニリンも嬉しそうだ。公爵家の令嬢といってもまだ幼く功績が無い彼女も使えるお金が少ないらしい。
「それでお願いがあるんだけど」
「あっ……うん、そうだよね。何でも言って」
お願い、こちらが本題だ。お金に困っている相手に漬け込むようで心が痛むが、対等な取引と考えれば自分を納得させられる。
なにより俺たちのためになる。ためにも、なる。
「まだ先の話だけど、ちょっと事情があってこの研究室に来れない日が続く期間が出来ちゃいそうなんだ。だからこの二人の面倒を代わりに見てほしくて」
「???二人?面倒を見る???」
「うん。入っていいよ」
そういって扉に視線を向ける。入ってきたのは二人の少女だ。一人は褐色の肌をしたユニリンと同い年くらい。もう一人は白い肌と白い髪の少し年上くらい。
二人、とはこの人たちだろうか。というか、誰だろう。そう思ったが、告げられた名前におったまげた。
「紹介するよ。ララクマ帝国第二皇女のリリア・ララクマと、ララクマ帝国武門十七衆の一人【森羅万壊】のギルメの娘のアヤメ。二人とも俺が攫ってきた捕虜で、この二人を使う権利も貰ったの」
「……リリアとお呼びください」
「……ふんっ!」
「ええっ………………」
言葉を失ったユニリンだが、予想を何百枚も飛び越えた事態に返って冷静になったようだ。
「えーせ、世話をするって、何をすればいいの?危なくないの?」
「この二人は研究棟か俺がこれから用意する建物に軟禁するから、週に一度くらい様子を見てあげて欲しいんだ。あと二人とも逃げられないって分かってるから危なくないよ。無駄な術式も契約させたし。ね」
「……分かっていますわよ。人質として自分の状況くらいは」
「……お前を殺して逃げても、何も変わらないでしょ。分かってるよ」
二人とも屈辱に顔を濡らしている。感情が一定値を超えたら暴れそうだ。
「………まあ、分かったよ。レイがいないと研究できないし、そのくらいは」
「ありがとう!安心した。今度の研究の方針なんだけど、アヤメのユニークスキルを解析して欲しいんだ」
「なっ!おまえ!」
アヤメが焦ったような顔をするが、レイは容赦しない。捕虜の扱いは勝者の権利だ。
「予想外だが望外の幸運だ。この爆破女のユニークスキルを解析してくれ。無機物への術式の付与。その答えが手に入った。解析できれば一気に研究の答えが出る」
レイの言葉にユニリンは驚き、アヤメの解析に取り掛かった。
時をさかのぼり、レイが帰国しまだ気絶していたころ、アロス国の会議室の中でも最も厳重な場所。
そこにはアロス国国王、ゲオルグ・アロスと側近の二人、そしてカイガキの姿があった。
「――報告は以上です。レイは予想以上に優秀な働きをしました」
「そのようだな」
内容はレイの活躍についてだ。本来の予定通り、カイガキは詳細に報告をした。
「今回は治療師として拍を付けさせるだけのつもりだったが……ここまでの功績を立てるとは、すこし追い込み過ぎてしまったか。私も老いたものだ」
「陛下、それは仕方のないことです」
「ええ。子供の突飛な考えは大人には分からないもの。それにスラム育ちを相手にした経験などないでしょう」
「ふっ、そうだな。だが、今回は予想以上の結果だが、予想外ではない。このまま予定通り、次はコンボロス公爵家に遣わそう。病気の娘を治療させれば、あの家も王家の敵ではいられなくなるだろう」
記録に残らない会議はひっそりと進んだ。




