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17話 記録にない死闘

 誘拐した皇女様の護送中に襲撃。敵は昨日戦った帝国兵たち。なぜここが分かったのか。他にも敵兵がいるのか。

 分からない。だが、目的はだけは分かる。


「この女を取り返しに来たぞ!お前たちは下がってろ!」

「「「りょうか――え?」」」

「この場で命令権を持つのは俺だ!従え!邪魔だ巻き込む!!馬を守ってろ!」

「「「りょ、了解!」」」


 間違いなく皇女の奪還だ。それ以外にあり得ない。

 故に足手まといな騎士たちを下がるように命じた。この任務はレイに命じられた皇女の護送であり、他の騎士達はレイの補助。そのため命令権はレイにある。


 レイのことを治療師としてしか直に知らない騎士たちは動揺したが、その気迫に納得させられ、抜剣を取りやめて馬と荷台を連れて遠くに向かった。ありがたい。

 彼らも並みの騎士なのだが、逆にいえば並みでしかない。アヤメと戦う時に近くに居られると大技に巻き込みそうで不安になるだけだ。


「舐めてくれますね!あなた一人で私たちに勝てるとでも!?」

「お前こそ俺に勝てると思ってるのかよ」


 アヤメが爆破する矢を放ってくる。動かない的なら既に必中の域にある彼女は的確にレイの頭部を貫くだろう。


 しかし、今は特別な盾がある。


「きゅう……」

「いいのか?当たるぞ」

「あ!!」


 脇に担いでいた気絶した皇女を盾のように突き出すと、慌てて矢を爆破して攻撃を取りやめた。


「なんて卑劣な!リリア様を置いて戦いなさい!そして勝ったら返しなさい!」

「もちろん断る」


 彼女たちは皇女様を取り返すために来たのだ。この前はこちらを殺す気だったので容赦なく攻撃してきたが、今回の目的は皇女様の奪還のはずだ。

 矢の軌道に皇女様を置けば、もっといえばレイはその小さな体を皇女様の体に隠すだけで、アヤメの矢を完全に封じることが出来る。


「諦めなさい!私に勝てるつもりでいるの!?またボロボロにされないっての!?」

「ボロボロなのはお前だろ。体力と傷をポーションで回復で来ても、魔力までは回復できない。それにこの程度の短時間で大技をまた使えるようにはならない。そっちの結界師も、フアナ院長に攻撃されて無傷のはずがない」

「ぐぬぬ……」

「ちっ……」


 生まれた硬直状態にレイはすかさず考えを纏める。


(聖眼で確認できる追手はこいつらだけ。こっちも最速で動いているんだ、あっちにも時間に余裕はないはず。複雑な作戦は無し。てかあったら対応できない。もっと上がいるのにこの爆破女が意図的に派遣されるとは考えずらい。なら独断と考えるべきだ。目的もこの女の奪還だけで、殺してこっちの得を無くすことは考えていない。なら御せる、はず!

 問題はあっちの結界女だ……)


 アヤメから視線を外さずに、視界を広げて後方で腕を組んでいる女性も見る。

 銀色の髪をたなびかせメイクをし装飾品を身に着ける彼女は都会にいるおしゃれな女性に見える。一見すると、戦闘職には見えない。


 しかしレイの聖眼には彼女を覆う小さい結界と、この辺り一帯を丸ごと覆う巨大な結界を展開しているのが見えていた。


「くっ……ランシュさん!なにか手はありませんか!?」

「ありません。彼を取り逃がさないように張っている空間を遮断する結界を緩めていいなら、攻撃に参加しますが」

「ぐぬぬぬぬぬ…………っ!!!」

(たぶん、こいつらも俺の情報を完璧に知っているわけじゃないな)


 レイの勝利条件にしてアヤメたちの敗北条件は、皇女を王都に届けられること。

 彼女たちはおそらくレイの裏空間への潜水を警戒しているのだろう。皇女を誘拐された時のように、全てをすり抜けて王都まで逃走されれば止めようがない。


 もちろんそれが出来るならレイもそうするが、出来ないのだ。

 正確には出来ないかもしれないのだ。


(裏空間への潜水は魔力の消耗が大きい。ここから王都までの距離も分からないのに、そんなことをすれば魔力が足りず途中で休まなきゃいけないかもしれない。表空間で休憩中に再度追ってくるこいつらと戦うかもしれない。そうなれば絶対に勝てない。確実に出来るのは、この場所から一キロ離れるくらいか……たぶん、結界女なら探知できるだろう。

 だがこいつらは、俺の正確な情報を知らない。おそらく、皇女を守っていた時以上に強力な空間を遮断する結界を張って、俺に通じていると判断しているのだろう)


 レイの推測は正しい。超一流の結界師であるランシュは広範囲の探索に優れており一キロ程度なら離れていても感知できる。

 それにレイの裏空間への潜水も理解しきれていない。もしランシュが結界を逃がさないためではなく、最初から攻撃に使っていれば既にレイは敗北していただろう。


(ああもう頭が痛い!そもそもなんで国内にこいつらが侵入しているのに誰も気が付かなんだよ!街の外とはいえ、街一つを消せるほどの実力を持った敵兵だぞ!?くそっ!王都までの距離はいくらだ!?対抗できそうな国礎十五柱はどこにいる!?ああもう自分の地位の低さが恨めしい!調べられないことが多すぎるっての!!)


 レイは今回の戦場では大役を任かれたが、特にレイの地位が高いわけではない。


 「鉄砲玉を任せてくだせぇ!!もちろん俺一人で敵本陣に特攻かましてやりますよ!!」という普通は死ぬ、というか死なないほうがおかしい役割だったから要望を受理してもらえたのだ。レイの後ろ盾であるアロス国国王を見て配慮してくれているが、レイが特別な地位にいるわけではない。

 アロス国の正確な地理も、軍の内情と正確な兵力と配置も、最高戦力である命礎十五柱の現在地も分からない。


 あと何分か戦えば謎の戦闘音に気が付いた誰かが助けに来てくれるのだろうか。ランシュの結界に防音効果もあって誰も気づいていないかもしれない。

 このまま硬直状態を維持しようか。既にレイも限界だから避けたいし、アヤメは良くてもベテランであろうランシュに粘り勝ちされるかもしれない。

 この皇女様を引き渡したら引いてくれるだろうか。その後で殺しにくるかもしれないし、なにより手柄が無くなる。それは標的を殺すチャンスが遠のくことになるだろう。たぶん。


 多くの可能性がある。時間は敵だ。疲労と眠気で朦朧とした頭でも、急いで答えを出さなくては。


「取るべき行動は……特に複雑じゃないな、単純明快だ。こいつらを倒せばいい」


 最も危なく、最も好みな選択に決めたレイは、皇女様だけを裏空間に収納した。


「えっ」

「逃げられずとも、結界内なら使えるのでしょうか……?」


 次の行動を決めれば後は迷わない。ゴールまで最短最速で。即座にレイが使用できる最大威力の技を選択する。


「第八翼【過ぎたる慈愛は毒となる】!!」


 レイは背中から純白で神聖な力を発する羽を展開する。その力は今までで最も強く、清らかだ。

 人が生きていけないほどに。


 羽から発生する純白の魔力を両腕に纏うと、腕が解け始めた。


「っ!?アヤメ!こちらに!!」

「は、はい!」


 ランシュはアヤメを自身を覆う結界内に入れて守るつもりのようだ。その判断は通常なら正解だ。敵は謎の強力な術を使用した。ならば安全地帯から観察する。とても正しい。

 結界術に自信がある者ならばなおさらだ。


 だが無意味だ。


 掌底を繰り出すように急接近し、腕を伸ばす。腕は急いで展開された結界に衝突した。

 音は無音。【断絶】の名を冠するランシュの結界を破れるものなどそうそうおらず、レイも通常の手段なら不可能だ。


 だが、レイの腕に触れた瞬間、結界が解け始めた。


「はあああああ!!!!」

「くっ、これほどの権能使いだったとは……!!!」


 力を緩めずにランシュに手を伸ばす。効果は絶大、この世界でも上位に位置する彼女の結界が、溶けるように消えていく。止める手段はない。ギルメが使う物質崩壊の力とも違う、だが似通った力が結界を溶かし、レイに攻撃しても背中の羽から撒き散らす光に消されてしまう。

 防ぐには物量でやり過ごすしかない。だが追加のペースは追いつかない。


 それもそのはず。これは【慈愛】の権能の中でも、第八階梯。世界でもそうそう使い手がいないほど高位の領域の力。

 レイは複数の権能を使えるが、その練度は様々だ。権能は感情の純度と大きさに応じて効果が変わるため、強い弱いがある。怒りっぽい人は【憤怒】の権能が強く、怒るのが苦手な人は弱い。忠誠心が高い人は【忠義】の権能が強く、低い人は弱い……というか、使えない。


 その中でもレイは【慈愛】の権能が最も高く、第八翼ともなればアロス国で最も高い。


 効果は強度を無視した対象の崩壊。欠けたものを補う力を過剰に回し、あらゆるものは飽和し崩壊する。

 今のレイでは自分ごと巻き込んでしまうため長くは使えない。現に今も腕が溶け骨が露出しだした。しかし使用を禁じられるほど強力な技だ。


「はあああああ!!!!!!」

「くっ……わ、私も攻撃に――」

「出てはいけません。死にます」


 無理をして両腕を前方に突き出す。溶かす速さは二倍だ。結界で殴ってくる攻撃も空間を切り裂く攻撃も少し喰らってしまうようになったが、早く倒せれば問題ない。


 【慈愛】の権能は慈しむ感情に由来するため、高位の慈愛の権能使いほど戦闘を嫌悪するようになる。

 高位の慈愛の権能使いでありながら暴力性を両立している者は世界に十人もいない。レイも貧民街で経験した特殊な出来事がなければこんな精神性にはならなかっただろう。


(このままなら俺が完全に死ぬまで五十秒!こいつらを殺せるまで三十秒!よし勝てる!!)


 腕が解ける。体が解ける。死にそうだ。しかし結界を破る方が速い。多くの結界を破り、五メートルはあった距離もついには五十センチを切った。

 このままならいける。そう思った時、予想外の言葉が飛んできた。


「ここまでのようですね。降参します」

「え?」

「――なに?」


 一瞬、レイは自分の耳を疑った。


 だがさらに予想外なことに、ランシュは結界でアヤメを殴り飛ばした。


「――ど、どうし、て……ぐぅ…………」


 アヤメは別の結界に叩きつけられ、気絶した。死んでは無いと思うが常人なら死んでもおかしくない一撃だ。


 思わず動揺する。権能の維持で精一杯だ。

 だがランシュは平然とした様子で話し出した。


「私は手を引きます。アヤメさんは置いて行くので、見逃してください」

「……意味が分からない。動揺を誘っているなら無駄だ」

「私は冒険者です。皇女の護衛を依頼されました。失敗の責任を取って奪還に参加しましたが、命まで捨てる気はありません」

「……」


 相手の発言を吟味する。正直、疑わしい。だが理解できないわけではない。レイもここでの戦闘は予想外なもので、出来ればやめたい。引いてくれるならその方がいい。

 しかし不信感の様が遥かに大きい。


「……冒険者なら、信用を担保に活動しているはずだ。損なうなんておかしい」

「信用は次に繋がりますが、命が無ければ次はありません。私には無理をしてでもあなたを殺す理由がありません。冒険者としての義理もありますが、ギルドへの弁明も十分でしょう。

 ああ、何でもするから、私の命だけは見逃してください。といえば意図が伝わるでしょうか」

「……」

「ここで私を見逃せば、一度だけただで仕事を受けましょう。これでも皇帝陛下から依頼を受ける程度には腕が立つ身、暗殺だろうと引き受けます。あなたには騎士のような忠誠心があるようには見えません。私たち冒険者のようです。自らの利益を確保できないものは全てを失いますよ」

「…………」


 理屈は分かる。

 だいぶ自分本位でカスの理屈だが、理解はできる。

 表情と声の調子から推測するに、内心も言葉通りでブラフではないだろう。


(この女が予想外の奥の手でも持っていれば逆転される可能性もある。

 今の俺の目的は皇女の護送。ならば――)


「……分かった。ここで見た俺の能力は他言無用。そして呪いを受け入れろ」

「契約成立ですね」


 レイは後ろに飛び退き、両腕に供給していた力を止めた。

 ランシュも結界を解除した。


 じっと見つめ羽を広げる。まだ油断は出来ない。


「そう警戒しないでください。私に騙し討ちをされるのではと考えているのでしょうが、私も同じ気持ちです。その小さい身でそれほどの力。怖いのはお互い様ですよ」

「……そうだな。あなたが俺を騙そうとしているようには見えない。信じよう」

「改めまして、私はランシュ。A級冒険者の【断絶】のランシュです」

「……聞いたことがある、空間転移すら遮断するほどの結界師らしいな。俺はレイだ」


 羽を小さくしてランシュに近づき、手を取る。


「【術式付与・無】」


 手から術式を流し込む。効果は無しだ。


「魔力が動かしにくくなりましたね。これが呪いですか」

「開発中の魔術だ。解除も出来る。普段はアロス国の王都の学園に通っているから、そのうち来い。解呪はその時だ」

「本当に子供だったのですね。驚きです。

 では私はこれで、ギルドに依頼は失敗したと報告しなければ」

「ああ。じゃあね」

「……本当に私を見逃すとは、甘いのですね」

「契約に分かったと言ったんだ。嘘はつかない。それに先々のための動かせる駒も欲しかったからな」

「……」


 無言でランシュは去っていった。聖眼で追っていたが、特に引き返して騙し討ちしてくる様子はない。


「………今度こそダメかと思った」


 そこまで見てようやく安心したレイは、疲れ切った顔で倒れこんだ。

 初めての戦場、初めての人間との死闘、予想外の強敵。もうくたくただ。一年くらい休みたい気分だ。


 だがそうはいかない。まだ油断はしてはいけない。裏空間からリリアと緑色に光るマジックアイテムを取り出し、光を上空に飛ばした。

 すると先ほど遠くにやった騎士たちが戻って来た。


「レイ殿!ご無事ですか!?」

「戦闘に参加できず申し訳ない!む、一人は生け捕りにしたのですかな」

「なんて酷いお怪我を!おい!誰かポーションは残っていないか!!」

「……大丈夫だ。傷は自分で治せる。

 それより第二陣が来ないとは言い切れないんだ。急いで王都に戻るぞ。その女も連れて帰るから拘束しろ。あと特殊な爆破のスキルを持っている様だから、王都の外でいったん止まって人を呼んでくるよう……に…………ぐぅ」

「レイ殿!?まだ死んではいけません!」


 立ち上がりかけていてが、命令の途中で再び気を失ってしまった。その様はまるで死体のようだ。


「死んでない……死んでないから……それより早く戻るぞ……」

「は、はい!おい!!早く馬車を持ってこい!」


 馬に鞭を打ち急いで戻り、王都に到着した。

 まるで七日ほど徹夜した後のような顔で二人の少女たちを見張りっていたレイも、急いで駆け付けてくれた陛下の側近を見ると安心して気絶した。

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