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15話 誘拐作戦

 小さな国が征服され、ラキア国とララクマ帝国の国境が接してしまってから延々と戦いが続いていながらも停滞してしまっている、国家的な視点で語るならばお互いに全力を出す前の段階、相手の手の内を観察し、攻め落とせるなら攻め落とし、不可能ならば手の内を探るための調整された戦場、それが現在レイが来訪した場所だ。


 しかし、こういった話は兵士たちにとっては関係がない。偉大なるララクマ皇帝の版図を広げるべく国を征服し、さらに広げようとラキア国に戦争を仕掛けたのが五年前。その間、領土は全く広がっていない。

 熱に浮かされた勇敢な騎士や勇士は既に去り、後は安い金で雇われた傭兵くらいしか残っていない。


「本当に装備を外してていいのか?この道ってうちの本陣に繋がっている重要なものなんだろ?それに俺たちって防衛の仕事を受けたんじゃなかったっけ」

「だるいこと言ってんじゃねえよ。どうせ今回も何も起きやしねえって。報酬も安いし真面目にやる必要はないのさ」


 そのためララクマ帝国の本陣に繋がる道を警備している傭兵たちのやる気は地を這うように低かった。


「でもよう、さっきの戦いを見ただろ?あれはぜってー武門十七衆ってやつだって。ようやく陛下も重い腰を上げたんだって!」

「馬鹿だなぁ、あんな噂を信じているのか?百の魔物を一射で全滅させたなんて、ただの誇張ってやつだって」


 例えばこのララクマ帝国本陣に続く三つの関門の一つ目を守る傭兵たちも質が低い。


 傭兵とは依頼主から金銭を得て魔物や人間と戦う職業だが、主に冒険者ギルドすらない田舎や治安が悪い場所で生まれた者がなるため冒険者よりも品性が低いといわれている。

 加えて冒険者と違って国家の枠を超えたギルドが存在せず統一された等級が無いため当たり外れが大きい。彼らは外れよりだろう。


「こっちは百人もいるんだぜ?なんが来ても大丈夫さ。それに見てみろよ、今回の前払いの報酬で買ったマジックアイテムの剣、強そうだろ?」

「かっけー!」


 だが仮にも本陣を守る三つの関門の最初の一つ目を任されるだけあって取り柄もあった。

 それは団員の数と装備の質だ。


 最強の傭兵団として世界に名をはせる「龍の傭兵団」の最下層だが傘下にいるため潤沢な資金と伝手を使って急募した人員と良質な装備。この二つのお陰で彼らも個体として平均的だが傭兵団として一国の騎士団にも匹敵すると言われている。


「敵襲!敵襲!ラキア国の全軍がこちらに近づいてきている!応援を頼む!」


 だらけていた彼らだが、職業意識がどれだけ低くても帝国から金を受け取り守衛という仕事を任されていることを忘れたわけではない。

 本陣がある方から来た伝令の声に急いで武装を整える。


「どうした!何が来たんだ!全軍!?その情報は確かか!?」

「間違いない!ラキア国の兵士、騎士、魔術師、魔装使い、全部が一斉に動き出した!こんなことは前例がない!お前たちも来てくれ!」

「了解した!急いで向かう!」


「応援に行くぞ!上に恩を売るチャンスだ!」

「ま、待て!だがここを守るのが役目じゃないのか!?」

「本隊からの要請の方が大事だろ!?金を稼ぐ大チャンスだ!」

「それはそうだが……ああもう、隊長!どうする!?」

「……よし、本隊からの命令に更新が来たんだ、ここに留まる理由はない!だが物資を放置して盗人に入られても事だ!お前たち五人はここを守れ!残りは俺と援軍に向かうぞ!」


 忠誠心ではなく金のために戦う彼らにとって、追加で稼げる機会は逃したくないというのは全員に共通している思いだ。

 もちろん最初に受けたこの場所を守る役目も重要だ。だが本陣から伝令が来たのだから命令は更新されたと考えていいだろう。


 傭兵たちはそう考え、迅速に部隊を編成し戦場に向かっていった。


「あーあ、俺も行きたかったなー」

「楽が出来たと思えばいいさ。それに……おい、ガキがこっちに近づいて来てないか」

「なに?……まだ四つくらいに見えるな。盗人か?」

「殺しておくか」


 村の若い者が戦場に出稼ぎに来ることは良くある話だ。その中で幼い者がくっついてきてしまうことも、ないわけではない。

 少なくても、まだ四つ程度にしか見えない子供が一人前の傭兵を瞬殺できるなんて馬鹿げた話よりは常識的な判断だ。


「ブゴス将軍たち、ちゃんと軍を動かしてくれたんだな」


 留守番をしていた五人の傭兵を瞬殺すると他のメンバーに合図を出し、レイはさらに奥へと進んだ。





「あれが第二の関門だ」


 本陣に繋がる道を進むと、そこには砦があった。

 四方から本陣を囲むように設置された四つの見張り台にはそれぞれ強者が配置されている。まともに戦えば苦戦は必須、その隙に他の見張り台から援軍が来てしまうだろう。なので今回は一か所を正面突破し、援軍が駆け付けて来るより早く本陣まで到達する。


 レイの視界に映るのは大きな砦だ。たしかこの場所がまだララクマ帝国と呼ばれていなかった頃に対ラキア国用に作られたらしい。

 突然の狙撃。通常の矢。しかしその精度は百発百中。


「ふんっ!」


 カイガキが振るう拳が空気を叩き矢をへし折った。助かる。


「運が悪い!ここはギルメだな。俺が抑える」

「頼みましたよ。ボルックさんも」

「聞いていた任務と違うんだが!?」

 

 目視出来ないほどに早い高速の矢が無数に飛んでくる。常人では回避は不可能。ただただ純粋な速さによる不可視は弱きものに自分が死んだことにすら気づかせない。


「【拍衝治】!」


 カイガキが両手を勢いよく合わせると全方位に衝撃波が発生し、全てのものを傷つけ、そのものたちが痛みを感じ終わるよりも早く治癒が終わっている。

 

 治癒の術の効果を対象に発揮させるには大きく分けて二つ、治癒の力を発生させ、これを対象に届けることが必要だ。およそ全ての治療師は魔力を飛ばすことで治療するが、戦場で格闘家として活動していたカイガキはより早く、並行して使える媒体があることに気が付いた。

 すなわち衝撃。殴りつけて対象に流れる衝撃と共に治癒の力を患部に届ける尋常ならざる治療法。ラキア国最高にして最速、世界で唯一の打撃治療師。それがカイガキである。


 彼ならばギルメの必殺の弓術を相手取っても味方陣営に一人の死者も出さないことが可能である。


「お前じゃ防げねぇよなぁ!!」

「ちっ!」


 加えて治療師にジョブチェンジした今でもそれまでに身に着けたスキルが消えるわけではない。達人の域にある【格闘術】の使い手でもある彼の拳は音の壁を越え衝撃波は見張り台の砦を粉砕した。


「この隙に……」

「昨日の今日で大胆な小僧め!行かせるか!」


 ギルメとカイガキがお互いを足止めしている隙に脇をすり抜けララクマ帝国本陣に向かうレイ。

 しかし当然阻止しようと漆黒の矢が迫り、そのままレイは消滅して透過した。


「なに!?」

「よそ見している隙はねえぞ!」

「おのれ貴様ら……アヤメ!本陣に戻れ!」

「はい!……え?」


 森羅万象を破壊する矢が効かなかった。そのことに動揺しながらも的確に近くに待機させていたアヤメに指示を飛ばす。


「どうやってすり抜けたのかは分からん!だがやつの移動は徒歩だ!お前なら追いつける!!」

「は、はい!お任せを!」


 第二の関門を抜けたレイにアヤメが迫る。純粋な脚力ではレイの分が悪いだろう。


「邪魔をさせるか!」

「雑魚は死んでろ」

「うわっ!」


 レイの邪魔をさせまいと行動したボルックは一瞬でギルメに頭部を破壊され、カイガキに修復された。


「ボルック!お前はここで体を張れ!大丈夫だ死なさせはしない!」

「それ死んだ方がましなやつだよな!」

「勝つのは俺の娘だ。お前らはここで無駄死にだよ」


 ギルメを相手に二人がかりで抑える。カイガキはまあいけるだろうと軽く拳を握り、監視兼護衛と聞いていたボルックは悲しそうに剣を構えた。





「お前は昨日半殺しにしたはずだろ!?なんでもう復帰してるんだよ!」

「それはこっちのセリフです!ゾンビですかあなたは!」


 お互いに自分の事を棚上げした二人はお互いに糾弾する。死にかけても翌日には死地に舞い戻るような常軌を逸したメンタルの持ち主たちは舌戦にも好戦的だ。

 この世界では闘気や魔力によって見た目からは想像できないほどに身体能力が高い者たちがいるが、アヤメもすでにその領域にいるようだ。あっという間にレイと並走し攻撃を仕掛けてきた。


「その透過能力は昨日は私から逃げたやつですね!先ほどから使っていないのはよほど魔力の消費が厳しく多用できないと見ました!私を舐めたことを後悔させてあげましょう!」

「はぁ!?心優しい俺が慈悲の心で助けてやったというのになんだその言い草は!?」

「それが侮辱だと言っているんですよ!!!」


 まだ六歳の小さな子供たちが戦っている。そう聞くと可愛らしい喧嘩に思えるが、実際はお互いに大人顔負け、どころか既に一軍にも匹敵するほどの強者たちだ。

 再びアヤメは腰のポーチから異常な量の矢を取り出しこちらに撃ってくる。その数は約二十。昨日は対応できずボロボロにされたしまった攻撃だ。


「その技は昨日見たさ!【土壁】!」


 昨日の攻防で彼女の能力を大まかに把握したレイは余裕をもって回避する。爆発する矢。分かっていれば対応策はある。足元の山を操作し盛り上げ、物理的に斜線を潰す。

 しかし何かがおかしい。少し遅れて的外れな方向にも矢が飛んできた。


 頭上と遥か前方。そして左右。少し疑問に思い、聖眼を使う決意をする。


「昨日とは少し違う……ちっ!糸か!」


 矢のお尻に糸が付いている様だ。まるで円を描くように矢で敷かれた糸が広がり、蜘蛛の巣のようにレイを絡めとる。


「【爆】!」


 糸が爆破した。まるで火刑のように炎が上がり並みの騎士なら一瞬で黒焦げにされるほどの火柱が建築される。アヤメの矢を使った流派の技の一つだ。


「これで仕留められればいいのですが、おそらくは……」

「ご名答!来ると分かっているなら当たらないよ!今度こそ死ね!【心中撃】!」


 タイミングを合わせて裏空間に潜って回避したレイは昨日の再演のように同じ武技を発動する。心臓を胸の上から叩き命中すれば破壊できる暗殺術の一つ、今回は昨日のようなミスはしない。十分な力で的確に叩き込む。


「その技は対策済みです!」


 しかし、なんと衣服が爆発した。


 掌底が命中する寸前、アヤメは【万物爆破】を己の外套に発動し、その衝撃でレイを吹き飛ばしたのだ。

 昨日レイに殺されかけた彼女が考案した対処法だが、その効果は大きい。接近した相手に至近距離で火炎と衝撃を喰わらせるこの攻撃も常人なら致命傷だろう。


「けほっ……」

「自分事巻き込むとは、俺が言う事でもないが頭がおかしい奴だな」

「死ぬか大けがなら、大けがを選ぶでしょう。狂人のように言われるのは不本意です」

「分かるよ」


 しかし至近距離で爆破を喰らうのはアヤメも同じことだ。レイと同じくらい大けがをした彼女は懐からポーションを取り出し、急速に傷を癒した。

 だが外套を爆破するという行為は限りがある。爆破の原理を考えれば衣服や下着も爆破できるだろうがもう何回か同じことをすれば殺せる……と思っていたら、彼女のズボンについていたベルトから外套が生えて来た。


「……魔力を流すと外套を錬成するマジックアイテムか。金持ちめ。どんだけ上等なマジックアイテムを持ち込んでいるんだよ」

「親から援助を引き出すのも準備の一環ですよ」


 これで振り出しに戻ってしまった。この分なら魔力を回復するマジックポーションも持ってきているのだろう。勝ち目が遠くなってしまった。


(ここで時間を喰っている場合じゃない。どうする?もう裏空間に潜るか?だが魔力の消費が激しい……くそっ、ぶっつけ本番なのがもどかしい!けど俺が手柄を立てるにはここしかない!)


 再び矢が迫る。今度は爆破しない矢も混ざっている。恐らくはあちらも魔力を節約しているのだろう。今のレイが見抜くには聖眼に頼るしかない。


(俺の体がもう少し頑丈ならもう少し無理が出来るのに……俺は魔族なのにどうして人間並みの体なんだよ!あのヤギ魔族から聞き出せばよかった……ああもう違う違う!あの時はあれが最善だし今は関係ない事だ!)


 矢の雨を掻い潜りながらも少しでも本陣に近づく。爆破を喰らい、掌底を叩き込み、土を押し付け、また爆破を喰らい。向こうは完全回復する。このままだと悔しいことに向こうが勝つだろう。レイの魔力も膨大とはいえ、アヤメの実家の金に物を言わせた自爆爆破と回復ポーションによるごり押しを跳ねのけるのは難しい。

 その上、時間をかけすぎると他の見張り台か援軍が来てしまう。そうなればもう勝てない。


「あ」

「えっ……しまった!」


 どうしたものか、そう考えていると、いつの間にかララクマ帝国の本陣が見えて来た。


(この距離なら……帰りの分も魔力が持つ!)

「じゃあな爆破女!今回は俺の勝ちだ!」

「まっ、待ちなさい!ああもう!」


 レイは裏空間に完全に潜り、戦いを切り上げた。





「結界を開けてください!やばい奴がこっちに来てます!」


 俊足で先に到着したアヤメは必至でレイの脅威を訴える。このララクマ帝国本陣を守る結界の強度は知っているが、その上で彼なら突破できるかもしれないと不安を感じて。

 対してカイガキに警戒されていた結界師の女性は余裕の表情で応える。


「昨日山を投げて来たという少年ですね?私の結界は完璧です。誰であろうとも破ることは出来ません」

「後ろ後ろ!!!」

「?」


 自信満々に主張する女性の後ろにレイが出現した。

 目指すは皇女様。この戦場の象徴なだけあって目立つ場所に退屈そうに、そして自分に危害が及ぶなぞ考えてもいない顔の少女だ。


「確保!」

「へ?」


 結界に絶対の自信を置いていたために誰も予想していなかった展開に一瞬ほど反応が遅れ、その隙にレイは皇女ごと裏空間に戻っていった。

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