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14話 戦場は恐ろしいことこの上ない

 敵陣の偵察という戦いの趨勢に大きな影響を与える作戦行動において最も警戒すべきことは、敵に先に発見されることだ。誘導されて奇襲されるか間違った情報を掴まされるか、負け方は様々考えられるが望ましくない事態になるのは間違いない。

 だからこそレイもカイガキも最大限周囲を索敵し警戒していた。レイの隠密能力が拙いことを考慮しても取り返しがつくはずだ。


 しかし今回の相手は想定よりも遥かに上の使い手だった。


「――ぁ?」


 土も岩も空気も、咄嗟に張った結界さえも漆黒の矢は抉る様に貫通する。音も無く超高速で接近しレイの心臓に突き刺さった。

 さらに漆黒の矢に走る赤い線が発光し、次の瞬間破裂した。体内で、しかも心臓に突き刺さった矢が破裂する。その衝撃は心臓を丸ごと破壊し人の命を終わらせるには十分すぎる威力だ。

 

(どこから!?いや、それより早く治さないと……治らない!?どうして!?)


 さらに恐ろしいことに爆破したことで散らばった【物質崩壊】の強大な力が常に肉体を浸食し治癒の力を阻害している。物理的な破壊と呪術的な破壊の二つの性質を併せ持ったこの攻撃から生き残れたものはほとんどいない、まさに必殺技だ。

 間違いなく自分は死ぬ。対抗する力はない。恐れながらも冷静に考えるレイの背後から救いの拳が刺し出された。


「レイ、気張れぇぇえええ!!!!!!」


 カイガキの右手に大気が集まり、渦を成し、円柱状の無色透明な刃が形作り、勢いよく殴る様にレイの心臓部に叩きつけた。

 刃の直径は漆黒の矢に撃ち抜かれて出来た穴よりもさらに大きく無事だった肉と骨を巻き込んで摘出し、ほんの一瞬遅れて完璧に再生した。


「い”っ……て?あれ、治ってる?」

「言っただろ、俺がいる限り死なないって。それより無事か?動けるか?」

「なんとか」

「よし、なら撤退だ。今のは【森羅万壊】のギルメだろう。どうしてこんな小さな戦場にいるのか知らないがかなり強いやつだ。お前を守り切れない」


 カイガキは先導するように来た道を引き返す準備をする。

 補足された現在地、こちらを狙う最高位の弓術士、足手まといの護衛対象。ここまでそろえば、撤退を選択するのも当然だ。しかしレイには心配点があった。


「待ってください!よく分かりませんが情報にない強敵がいるんですね!?そしてあなたなら対抗できる!なら行ってください!向こうもいるとバレた以上は猛威を振るうでしょうから兵士たちが危ない!俺は隠れてますから!」

「むっ、それは……」

「俺なら大丈夫、狙われている前提で動きます!でも兵士たちは龍の指先にいると分かっていません!個々の質が低くてもこの数が全滅するのは避けるべきのはずです!」

「……ちっ、そうだな。俺が止めて来る。だが絶対に生き残れよ!?お前が死んだから俺は陛下に殺されるんだからな!」


 そう告げるとカイガキは目にも止まらぬ速さで斜面を蹴り急行した。


「俺もこの隙に――」


 漆黒の第二射が放たれる。回避不能、防御不能。レイ程度ではまだ対応できない、まさに必殺の一撃。

 着弾。今度はレイに突き刺さる前に破裂し、水しぶきが地面を濡らすように万物を破壊する黒の球体が地面を穴だらけにする。その威力は掠っただけでも生命力を奪い、範囲と密度は百の命を容易く散らすほど。

 破壊が収まるころにはレイの姿はどこにも無くなっていた。





 遠い場所でギルメは首を傾げる。必殺の一撃だった。しかし、触れた場所を消滅させる性質上、肉片一つ残さず消し飛ばすようなものではない。


「アヤメ、お前は先ほどの少年の追撃に当たれ。まだ生きているだろう」

「分かりました。父様はどうするのですか?敵兵を減らしに行くのですか?」

「そのつもりだが、出来ないだろうな。先ほどの少年と共にいたのは【打撃治療師】のカイガキ、加点要素だけで考えれば教国の聖女すら上回る特等治療師。肉片一つ残さず消滅させないと誰でも助けられる怪物だ。国王を殴り飛ばしたせいで修道院に入れられたと聞いたが、性根は変わらなかったようだな。

 アヤメ、私が抑えられるのではない、私があの男を抑えるのだ。その間にあの少年を殺せ」

「はっ!」


 傍に居る娘に追撃を命じ、こちらに向かってくるカイガキに照準を向けた。





「危なかった。やっぱり、さっきの攻撃は物質しか破壊できないのか」


 場所は変わり、間一髪で謎空間に逃げ込んだレイは内心でビビりながらも努めて冷静に相手の能力を考察する。

 相手の漆黒の矢は山と自分のそこそこ自慢の結界を存在しないかのように消滅させ貫通したことから単純な破壊力ではなく物質をそのものに干渉していると判断し、空間そのものが異なる位相に在る場所に非難したのだ。


 あくまで仮説であり確証が無かったため怖かったが、無事に回避できて何よりだ。

 

 しかし、と、改めてこの謎の空間を見回す。

 ヤギ魔族との戦いで死にかけた時に迷い込み、シーに引きずり込まれるように干渉できるようになった、レイにも詳細不明の空間。移動にも使えるし、物資の保存にも使えるし、恐らくカイガキと同程度の強者である【森羅万壊】とやらの攻撃も回避できた。有用性は疑うべくもない。


 この空間は何の努力もせず偶然手に入れたものだ。

 だからこそ、レイの切り札になりえる。


(俺に知る権利が無いだけかもしれないが、この空間への干渉は間違いなくこの国で俺にしか出来ない特異な能力だ。うまく使えば今よりもより良い地位と権限が手に入るはず。

 どうする?陛下に伝えるか?隠しきることも出来……いや、フアナ院長がいる限り不可能だ。なら伝えてうまく使ってもらうか?陛下はたぶん俺の標的じゃないし、捨て子の孤児に過ぎない俺が掴んだこの縁を切るのは悪手だ……うん、そうしよう。目的のためには裏空間とでも呼ぶべきこの場所は国のために使ったほうが回りまわって俺だけのために使うよりもいいだろう)


 方針を決めたレイは裏空間からどぽんと脱出する。裏空間に居るのは潜水のようなもので常に魔力を消費してしまうため、長居は出来ない。いくらレイの魔力量が超膨大でも戦場で無駄遣いはするべきではない。シーの住む森のような領域が作れればいいのだが。


 裏空間から出た場所はカイガキと別れた場所だ。レイの聖眼は裏空間からでも本来いるべき表空間の様子が見えるため、周囲百メートル程度に敵影がない事を確認してから出て来た。


「いた!」

「え?」


 しかし予想外なことに、確認した範囲よりもさらに遠い場所から明らかにこちらに向けて声がした。恐らくは自分と同じくらいの歳だろう少女の声。戦場で聞こえてくるはずがない声。

 驚愕よりも疑問が勝る。反射的に振り向くと、またもや矢がこちらに向かってきて来た。


 先ほどの漆黒の矢と比べると平凡な木製の矢で速度も一般的。しかし人体を貫くには十分な威力。


 レイの意識は追い付かないが、体に染みついた技能が無意識に体を動かし回避行動をとる。首を傾け斜線から肉体をどける。最小限の動きで負傷を回避する、六歳という幼さに見合わないほど熟練の動きだ。


「ぎゃあ!」

「よし仕留めた!」


 しかしどっかあんと矢が爆発した。まるで【爆破】の魔術をもろに受けたかのような衝撃。使い手が見習いでもその現象そのものの殺傷能力が高いのだ。右の鼓膜が破壊され頭部の右半分が火傷した。

 衝撃そのものは肉体を欠損させるほどではなかったが、脳を揺らして意識を朦朧とさせるだけでも十分すぎる。


 これはまずい、そう気が付いたレイは即座にナイフを己の腹部に突き刺し、鍵のように回して臓物をぐちゃぐちゃにした。


「第三翼、【憤怒と傲慢は己を燃やし己が燃やす永劫循環の炎なり】!!」


 朦朧とする意識を痛みで覚醒させ、己を傷つけた相手を見下す傲慢と、不甲斐ない自分自身への憤怒を混ぜ合わせた権能を発動する。効果は身体能力の全上昇と対象への攻撃力の上昇。そして対象が行動している限り自分の体に無理をさせらせる強制行動能力。

 沸き上がる怒りが無意味に咬合力を引き出し歯ぐきから血が出るが気にしている場合ではない。地面の土に水属性の魔力で湿らせ土属性の魔力で固め、投げつける。普遍的に言えば泥団子、魔術的に言えば【岩石砲】のような攻撃が対象の少女に向かう。


「わっ!あぶないなぁ!」


 大きく振りかぶって投げつけたその硬い岩は、しかして回避されてしまい後方の斜面にクレーターを作った。だが少女は無事だ。次の攻撃に移らなくては。


「大人しく私の初戦果になりなさい!」


 レイが次の攻撃を行うよりも早く、少女は腰の袋から物理的に考えて収納できるはずがないほどに大量の矢を取り出し番えた。その数はおよそ五十。


 一度に五十本の矢を番える。その光景にレイは怒りに飲まれながらも困惑が勝る。

 行動が理解できない。高位の弓術士なら一度に数十本の矢を放つことも常人が一射撃つ間に何十本も連射することも出来るが、目の前の少女はそれほどの使い手には見えない。現にほとんどの矢が綺麗に番えられてはおらず、射出されてもこちらに当たらない矢がほとんどだろう。


 相手の行動の目的が分からない。疑問には答えを探したくなる性質も相まって数秒の空間時間を相手に与えてしまう。

 そしてその数秒は致命的だ。


 約五十本の当たらない矢。だがそれぞれが起爆性を帯びていれば、その危険性は跳ね上がる。


 一瞬の輝くの後、まるで絨毯爆撃でもされたような光景が山の斜面に出現した。多少大きい街なら一般人でも買える程度の使い捨てのスクロールでも発動できる【爆破】の魔術、だがこれが五十個が同じ場所で一斉に発動すればその威力は大きく跳ね上がる。

 高熱と衝撃が樹々を吹き飛ばし地面を抉った。ランク4の魔物を討伐したこともある彼女の必殺技だ。過去の経験からのこれで殺せたと確信を抱く。


「ふっ、多少はやるようでしたが父様の娘であるこの私に掛かればざっとこんなもんで――」

「【心中撃】!」


 聖眼を有するレイは物理的な障害物を無視して正確に位置を把握し、土煙の向こうから奇襲を仕掛けた。掌底は少女の心臓を正確にとらえ、当たれば対象の心臓を停止させる暗殺術を叩き込んだ。


「ぐっ――」

(浅かったか!)


 しかし発動したつもりの【心中撃】は不発だったようだ。少女の爆破はレイの肉体に極めて大きいダメージを与え、肉はいくらか炭化し骨は半数程度が折れただろう。痛いだけだ。超膨大な魔力量を誇るレイならまだ自己回復できる範疇だ。そのはずだ。

 しかし痛いだけではなく物理的に肉体を損傷させるほどの攻撃に行動を鈍らせてしまった。


「くっ……もう一度……っ!?」


 もう一撃、今度こそ殺す。そう奮起しようとした次の瞬間漆黒の矢が飛んできた。

 命中。正確に鳩尾を通り背後の山も貫いた。


 どこから。先ほどの相手か。反射的に現状を整理しようと脳が回転するが、回転が終わるよりも早く同じ方向から飛んできた衝撃波が肉体を隈なく破壊する。

 そして痛いと知覚し終わるよりも早く、肉体が再生していた。


「???……いったい何が……?いや、とにかく逃げるか!」


 即死級の攻撃と即死級の蘇生技がほぼ同時に飛んできた。


 黒い矢の主は先ほどの弓術士だろうか。

 ならば衝撃波を打ってきたのはまさかカイガキだろうか。


 なんにせよ、今は自分が足手まといになる程の高次元の戦いが近くで起こっている。そう判断したレイは少女の殺害を諦め撤退を選択する。


「おっと、最後の確認しておくか」


 少しだけ裏空間に入り物質をすり抜け、山の反対側で出た。

 すると山に触れて、ユニリンと開発中の魔術を発動する。


「【術式付与・等速】」


 発動したのは物質に術式を刻む術式。マジックアイテムにする魔術。最終目的である永久的な魔術回路の変性はまだ出来ないが、一時的でよいなら十分に可能だ。今回は山の少し奥に流れる竜脈に細工をした。

 刻んだ術式は【等速】。己に加わった力をそのままにする魔術だ。


「せぇぇええのぉ……【加速脚】!」


 レイは闘気を全開にして、足を拡張。そして全力で山を蹴り飛ばした。【格闘術】と【投擲術】の複合武技である【加速脚】は対象を蹴り飛ばすことに特化した武技である。その効果は衝撃の持続的な増大。蹴られた物体は加速的に加速する。

 さらに山そのものに刻まれた【等速】は速度の低下を抑えるために開発された魔術だ。山そのものを動かすには弱すぎる力だが、少しの時間を置いてゆっくりと動き始め、ついには飛び跳ねた。


 目標は、ララクマ帝国の本陣。総大将であるお姫様がいる場所だ。


(傷つけちゃダメって言ってたけど、これくらいは防げるだろう。気になるのはどの程度対抗できるか、かなー)


 容易く自分を殺して見せたギルメ、知っていた以上に遥かに格上だったカイガキ。そしてそんなカイガキが「警戒しろ」といっていた護衛の女性。

 恐らくこの攻撃は容易く対処されるだろうが、今の自分の攻撃がどのくらい通用するのか知りたいのだ。


 山は加速を続け本陣に接近。その大質量をもってすれば街一つくらいは一撃で消滅させるくらいの攻撃だ。恐らくは結界で受け止められるだろうが、十秒くらいはかかるだろうと期待して反動で飛んだ上空から見守る。


(えぇ……)


 しかし予想に反して、空気を弾く音と共に山が一瞬ではじけ飛んだ。


(……雷鳴結界、上級ジョブの【雷鳴師】か?)


 百メートル程度の小さい山とはいえ、触れた瞬間にはじけ飛ぶなど常識的に考えてありえない。だが現に一瞬で消滅した。起こった現象は炭化だろうか。雷が撒き散らした高温が土と木々を消し飛ばす。

 分かってはいたことだが、今の自分との圧倒的な差に少し落ち込む。


(げ、さっきの弓女も生きてる……生きてる?)


 しかもあわよくば仕留めようと考えていた爆発する矢を使う少女も殺せなかったようだ。全身は傷だらけで真っ黒だが、先ほどの雷に巻き込まれたなら生きているはずがない。どうやってか投げ飛ばされた山から脱出したのだろう。


 レイは知らなかったが、弓女ことアヤメ・エンギルは【万物爆破】という触れたものに起爆性を付与するユニークスキルの持ち主であり、爆破する矢を使っていたのではなく普通の矢に爆破する能力を使っていたのだ。

 通常は矢を爆破させるためにしか使わないが、自爆覚悟なら地面を爆破させ脱出も可能だった。


(ちっ、そんな死に方をされると俺の名誉に傷がつくだろ)


 状況的に考えてあの弓女を派遣したのはギルメという男だろう。なら落下死という不名誉な死に方をされるのはよろしくない。

 そう考えたレイは【減速】の魔術を込めた棒を投げつけた。運が良ければ生き残るだろう。


 しばらく落下するとレイも地面に叩きつけられる。

 しばらく痛みにのたうち回って紛らわせたあと、【慈愛】の権能で治療しラキア国側の本陣に帰還した。





「いてぇ……いてぇよぉ……俺たちも隣の村みたいに盗賊になればよかったんじゃ……」

「村長が言うんだから仕方ないだろ、今は黙って休め」

「そういう会話は止めとけ。誰が聞いているか分からんだろ」

「ん?誰だ……というかこの声はどこから……?」

「舐めんな腰の骨圧し折って故郷に還してやろうか」


「なあなあ聞いたか!?戦場にあの【森羅万壊】のギルメと【打撃治療師】のカイガキが現れたらしいぞ!?」

「はっ!どうせいつも通り話を盛っているだけだろ。千の矢が兵士を皆殺しにしたかと思えば、癒しの衝撃波に殴り飛ばさせて全員無傷とかうさんくせぇ……いてててて!おい!もっと優しく治してくれ!」

「その話詳しく」


「レイ、すまないな。次こそ君に勝つために修行に来ていたが、このざまだ。一人前と言われて浮かれていた。俺が甘かったようだ」

「そう気を病むなよロベリア。見ていたけど十分に活躍してたじゃんか」

「だが君のことだ。きっと俺以上に何か戦果を挙げたのだろう?無傷なのも流石だよ」

「いやー‥‥‥俺は治しただけだから……それにおっかない弓女にぼろ負けしてしまった。あんなのがいるなんて、戦場は恐ろしいな」


 本陣に帰還した後、まだカイガキは戻っていなかったのでレイは治療師として活動していた。


「おーいたいた。レイ、ちゃんと無事だったか」

「カイガキさんこそお疲れ様です。本当に強かったんですね」

「ふっ、当然だろう。俺はこの国で最も優れた治療師だぞ」


 一通りの治療が終わり休憩場所で考え事をしていると、カイガキがやって来た。予想はしていたが無傷だ。

 朝に見た時は普通の三十代くらいのおじさんに見えたが、今では少し怖く見える。


「……ふむ、ちゃんと権能は使えているんだな」

「?なんの話ですか?」

「今回お前を戦場に連れて来た目的だよ。権能は使い手の精神性に大きく影響される。俺が格闘家だったころには、教会の治療師たちが戦場で力及ばす助けられない死体の山を見て信仰を失い、【慈愛】の権能を使えなくなる奴を沢山みたことがある。

 お前もそうなるんじゃないかと思って連れて来たんだが、いらない心配だったようだな」

「はい。方向性は違いますが無残な死体なら貧民街でたくさん見ました。このくらいの負傷者なら別に何とも。悲惨な光景だな、とは思いますが」


 そういって視線をカイガキから負傷兵たちに向ける。

 レイの極めて強力な【慈愛】の権能で感知しているが、先ほどまでは汚い布で傷口を抑え、なんとかこぼれそうな臓腑から目を逸らしている地獄のような光景が広がってい。

 悲惨な光景だったが、直視できないほどではない。貧民街に居た時に世話になった女性に夢を売って食い扶持を稼ぎ、最後にはちょん切られて死んだあの人よりは直視出来る。


「それよりなにか考え事をしていたのか?まだブゴス将軍との面会まで多少の時間があるから相談に乗ってやろうか?」

「んー、そうですね。実は陛下について考えていました」

「陛下の?」

「はい……俺って家無しの孤児で貧民……ああいや、法律上は平民か。まあそんな俺をどうしてここまでよくしてくれるのかなって。姫様たちを助けた恩、といわれると疑問を引っ込めるしかないんですが」


 レイは水を受け取りながらも素直に疑問を吐露する。

 実際、なぜに対する答えはあるのだ。自分がどうしてか納得できないだけで。


「そうだなぁ……俺も治癒の術を覚えるまでは現場人間だったから陛下の考えを完全に理解してるわけじゃないが……たぶん、お前を騎士にしたいんじゃないか?」

「騎士に?」

「ああ。最近の陛下は何を考えているのは分からんが、王権の拡大に今までに類を見ないほど力を入れている。姫様たちも危険にさらされるだろうから、信用できる護衛の騎士を一から育てたいんだと思う。今回の件もそのための功績作りだと考えれば納得がいく」

「やっぱり今回の件は陛下から話を持ちかけたんですか?」

「ああ」


 レイはなるほどと頷き、カイガキは一瞬遅れて硬直した。


「今の無し。聞かなかったことにしろ」

「はーい」


 そんなに不味いのだろうか、と疑問に思ったが、疑問は飲み込んで端的な返事だけにとどめた。


 しばらく時間が経ち、日が暮れたころブゴス将軍に面会が叶った。


「よくやってくれた二人とも!まさか武門十七衆が出てくるとは思わなかった!カイガキ殿、貴方がいなければ我が兵士たちは皆殺しにされていただろう。レイ君、君がいなかったら我が部下たちは死に絶えていただろう。感謝してもしきれない」

「陛下からの指示ですので」


 思っていた以上に喜びの声で迎えられた。

 部下思いなのだろうか。


「今までにない事とはいえさすがに部下を全て失ったとなれば私の首が物理的に飛んでいただろう。君たちは命の恩人だ!なにか望みがあれば何でも言ってくれ!」

「ではお願いしたいことが」


 レイの言葉にカイガキとブゴス将軍が硬直する。

 もしやいまのは社交辞令だったのだろうか。お互いにハハハと流すべきものだったのだろうか。


 まあいい。言ってしまったから言いきろう。


「ララクマ帝国皇女を生け捕りにする作戦があります。兵士たちを私の言う通りに動かしていただけませんか?」


 そして続いた荒唐無稽にしか思えない言葉に、二人は驚愕した。


「レイ、どういうことだ?俺が離れた後に何か見たのか?」

「命を救われた恩もある。あの皇女を生け捕りに出来るならそれに越したことはない。だが、出来るのか?この五年でそういった作戦はいくつか実行されたが全て失敗している」


 二人の反応ももっともだ。なので作戦の内容を話した。


「……裏空間、聞いたことが無い……だが確かにこれを使えば、いやだが……」


 カイガキの反応は良好だ。今まで一番真剣な顔をしている。


 問題はブゴス将軍だ。こちらも今まで一番真剣で、怖い顔をしている。


「……確かにこの作戦なら不可能とは言わない。だが……私には将軍という役職を任された責任がある。ここで失敗しても全ても終わりにしないためにも、兵士たちを無駄死させるわけにはいかない。本陣に向かう部隊は君を含めて一つだけだ。そして私の部下を一人つけ、彼の判断で失敗すると判断すれば君を殺す。それでもいいなら実行しよう」

「分かりました。やりましょう」


 即答するレイ。そのためらいの無さに二人とも信じられないものを見る目を向けて来る。

 眉を顰めてその顔の気持ちは、憐憫だろうか。


「レイ君、私は戦場にいるしか脳がない男だ。王宮でどのような闘争が起きているのかは分からない。陛下に拾われた君は君にしか分からない危険なものを見たのだろう。

 陛下のペットだという評判は気に入らない気持ちは理解できるし、手柄を立てて自立したい欲求も理解できる。だが生き残るだけなら他にいくらでも手があるはずだ。このような危険は冒すべきではない。考え直した方がいい」

「死ぬ気なぞありません。出来るからやるのです」


 変わる様子が無い強い意思にブゴス将軍は困ったような顔を浮かべ、カイガキに助けを求めるように視線を向ける。


「…………ま、いいんじゃないか?お前が自分の意思で死地に向かうなら尊重しそう」

「ご迷惑をおかけします」

「なあに気にするな。若者は無茶をするべきなのさ。死んだら生き返らせてやるから全力で突っ走れ」


 翌日、レイはララクマ帝国の皇女を誘拐しに出発した。

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