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13話 初めての戦場

 戦争に行くために着替えた後、レイはカイガキと共に冒険者ギルドに来ていた。


「お前来るの初めてだっけ?」

「はい」

「ならよく覚えておけよ、そのうちよく来るようになるからな」


 扉を開くと真っ直ぐに受付に向かう。カイガキの後ろをちょこちょこと付いて行くと誰に絡まれることも無くついた。

 まだ朝日が昇るよりも早い時間帯だが流石は王都の支部というべきか、一人は職員はいる様だ。夜勤なのだろう。少し眠そうにしているがこちらに気が付くと笑顔を作った。


「おはようございます、カイガキさん。今日はその子の登録ですか?」

「ああ、俺の弟子なんだ。立派な治療師になるから顔を覚えておくといいことあるぞ」

「はいはい。レイさん、私はリュリュと申します、よろしくお願いしますね。では冒険者カードを作りますので、血を一滴いただきます。袖を肘まで捲ってください」

「はーい……あ、そういや俺ってまだ六歳なんですけど、登録していいんでしたっけ」


 レイの言葉に二人とも動きを止める。おかしな質問だったようだ。


「あー……そういやそのレベルで若いんだったな。リュリュ、七歳で剣士だそうだ」

「――完了しました、どうぞ」

「?どうも」


 冒険者の身分を保証する冒険者カードは本人の魔力を登録することで発行が許可されている。なので登録できるのは人間の儀でジョブを神から授かってからで、まだ自分のジョブやステータスが安定していないレイは冒険者になれない。

 そのはずなのだが、レイに渡されたのは間違いなく本物の冒険者カードだ。名前の欄にはレイと、年齢の欄には七歳、ジョブには剣士、スキルには剣術と書いてある。


 疑問を覚えたが二人とも自然体なのでレイも空気を読んで同じようにする。分かっていますよという顔で乗り切った。


「じゃ、俺たちはこれからアミドリの街に行ってくるから、お土産楽しみにしててくれよね」

「皆様の無事が何よりの楽しみですよ」


 営業スマイルに見送られ、冒険者ギルドを出る。

 レイは来た時と同じように後ろをついて行く。外に出ると人影が少なかったのでカイガキにだけ聞こえる声量で問いかけることにした。


「カイガキさん、どういうことですか?」

「あれはうちの奴だ。王都にはあいつしかいないからお前も顔を覚えておけよ」

(うちのやつ……木の葉に所属してることってことかな)


 少ない言葉。しかし込められた意味は多い。

 このアロス国には国家戦力である騎士団以外にも、表には出てこない諜報や隠密活動を担う組織も存在する。その一つが木の葉だ。修道院の他の人たちについてはまだ教えてもらっていないが、目の前のカイガキはこの組織に所属しているらしい。

 恐らくは先ほどの受付の女性も木の葉に所属していて、冒険者ギルドがらみで問題が起きた際にサポートする役目なのだろう。


「つまり、このカードは正真正銘不正行為で出来たカードということでは……?」

「ああ、俺たちが良く使う手だ。だが王都は冒険者ギルドの本部の影響が強いせいであいつ一人しかいなんだ。偽装するなら田舎で受付を買収するといい」


 カイガキは平然と応えてくれた。基本的に不正行為はするべきではないと教わったが、必要ならしなさいということだろうか。

 レイも倫理観に反する行いは沢山しているため抵抗はないが。


 一応は納得したレイは冒険者カードを鞄……ではなく先ほどシーが使っていた謎の空間に収納する。

 先ほど入ってみたことでこの謎の空間が自分を起点に展開できる狭い空間と、元からあって現実世界と干渉しないよくわからない広い空間の二種類あると判明した。このうちの前者をマジックポーチの代用品として使っているのだ。


「……ん?どうした?」

「いや、何でもありません」


 カイガキを観察したが気が付いている様子はない。うまく使いこなせていると思っていいだろう。

 門を出た。そこでそろそろいいかと疑問に思っていたことを問いかける。


「アミドリの街って寄合馬車で三日くらいかかりますけど、専用の馬車とかあるんですか?学校のテストがあるからそれまでに帰ってきたんですけど」

「走れば間に合うだろ。お前も闘気は使えるだろ?」

「…………まあ、そうなんですけど」

「なんだよ」

「最近研究室にいたもので文明の利器というか……まあそうですね。確かに馬に乗るより走ったほうが早いです」


 何となく釈然としない気持ちがあるが、カイガキは正しいことを言っているため口を噤む。


「俺はカイガキさんの後ろをついて行けばいいんですか?」

「ああ。治癒の術が使えるお前は将来的には俺の部隊に配属されるはずだ。ちゃんとついてきて、今のうちに俺のやり方を覚えておくといい。

 んじゃ、いくぞっ!」


 カイガキは全身を赤黒い闘気で包み、大地を蹴って風の様な速さで駆け出した。


「はやっ……俺も行くか」


 一瞬だけあっけにとられたが、慌ててレイも闘気を纏い後を追って走り出した。


 そうやってしばらく道路を走り、そのまま曲がって山の道なき道に入り、途中でご飯休憩を挟みながらも魔物が跳梁跋扈する魔境を通って夕方には目的の街に到着した。





「大したもんだ。てっきり途中でバテると思っていたぞ」

「ぜぇ……ぜぇ……戦いは参加してないのにこのざまとは、お恥ずかしいです……ぜぇ」

「まだ六つだろ。あと二十年もすればこの程度は出来るようになるさ。お前なら十年かもな。

 さ、呼吸を整えたら本陣に挨拶に行くぞ」

「本陣に……?」

「俺らは俺の裁量で自由に動いていいと陛下より言われているが、ここの責任者のゴボス将軍にはひと声かけておいた方がいい。敵と間違われて味方と交戦するのは避けたいからな」


 まだ疲労でふらふらしながらもレイはカイガキの後に続いて本陣の正面に向かう。その途中で麓の戦場が視界に入った。


 アロス国軍とララクマ帝国軍がぶつかり合う戦場は山に囲まれた平野だった。お互いに山の上に本陣を築き、地上で兵士たちは鉾を交えている。魔術師たちは炎の玉や水の獣、土の巨人を動かし敵軍を蹴散らさんとド派手なぶつかり合いを繰り広げている。

 中でも一際目立つのは魔装使い達だ。ユニークスキルに分類される特別な力を扱う彼らは数こそ少ないが使えるだけで一騎当千の活躍を見せる。剣の魔装が振るわれると鉄の嵐が敵兵を切り裂き、対してペンダントを掲げると半透明な結界が展開され跳ね返した。杖の魔装を掲げると魔術師たちの魔術の大きさが膨れ上がり形勢を変えかと思えば光の斬撃が杖の魔装を切り捨てた。


(ロベリアだ。最近見てなかったけどあいつも戦場にいたのか。元気そうでよかった)


 山の麓から聞こえる音に耳を澄ませると、それは負傷兵たちのうめき声だった。負傷兵たちは山のふもとの治療所に運び込まれうめき声の大合唱を奏でている。

 不謹慎だが思っていたよりもテンションが上がる光景だ。あの人の傷はどうすれば治せるのか、何人治せるのか。この破壊はどういう力で起こったのか。わくわくしながらもそんなことを考えている場合ではないので姿勢を正して足を速める。


 本陣の正門には警備兵が立っていたが、誰も彼もがカイガキを視界に納めると一礼して道を譲った。


 もしかしてカイガキは有名人なのだろうか。まだまだレイは機密情報を閲覧できる地位にいないため詳細な情報を知らないのだ。

 なんなら秘密部隊の存在を一般的な兵士なら知っているのか、一定以上の階級の軍人なら知っているのか、一番上の将軍しか知らないのか、そのあたりの知識すらレイはまだ知らない。


(こういった一般常識を知るために連れてこられてのかな。その辺は教えてくれてもいいのに)


 考えを巡らしながらも歩いていると将軍がいる部屋の前に到着した。

 カイガキの視線に頷いて視線を正す。この扉を開けた先にいるのはこの戦場の最高指揮官だ。こちらも敬意を示すために姿勢を正す程度のことはしておかなければ。


「邪魔するぞ。ゴボス将軍」


 もしやレイが視線の意図を読み間違えたのだろうか。そう考えてしまう程軽い態度でカイガキは扉を開けた。

 少し緊張したが杞憂だったようだ。将軍は参謀との会議を切り上げ歓喜の顔をこちらに向けた。


「……おおっ!本当に来たのか、カイガキ殿。そちらの少年が噂の?」

「ああ。俺の弟子みたいなもんだ。ほら」

「レイと申します。見習い治療師です。よろしくお願いします」

「はっはっは。若いのに礼儀正しいな。私はゴボス・アストラ、この戦場では将軍を任されている。治療師は貴重だ、欲しいものがあれば可能な限り叶えよう。その代わり怪我人は任せたよ」

「はっ。カイガキ殿の指示に従います」

「うむ。よくできているな」

「じゃ、俺たちはこれで。右の山から偵察してくるので夜には戻ります」


 僅かな会話で会合は終わりレイたちは早速怪我人がいる天幕……ではなく戦場を俯瞰できる山に登った。

 戦場とはいえ人の領域。獣程度しかいないなら地形の方が脅威なくらいだ。駆け抜けて見晴らしのいい高台に辿り着いた。


「……あの、いいんですか?治療しなくて」

「後回しでいいんだよ。あれだけで治療活動に参加したって報告が出来るから。それよりこっちが本題だ。あれが見えるか?」

「ん……」


 指差す方向を見る。恐らくはあの遠くに見える豆粒のような何かの事だろう。魔力で視力を強化し解像度を上げる。


「あれは……敵陣ですか?」

「ああ、敵の本陣。一番偉い人がいる場所だ。

 ところでレイ。この戦場が何年あるか知っているか?」


 脈絡のない質問だ。

 しかし相手は自分よりも遥かに上の大ベテラン。きっと関係があるのだろう、とレイは真剣に回答する。


「五年と聞いています」

「では五年経っても戦争が終わらない理由は?」

「えっ?……敵が強くて勝てないから、ではないのですか?」

「ああ。戦争は相手のリーダーの首を取って決着だ。国なら国王陛下、この戦場なら総指揮官の首を取れば勝ちだ。その次に偉い奴が継ぐこともあるがな。

 で、本題だが……負けてはいけないが勝ち過ぎてもいけないことがあるんだ」

「?どういうことですか?相手の首を刎ねてはいけないと?」

「例えばあの敵の本陣の一番豪華な椅子に座っている少女がいるだろ?見えるか?」

「えーと……」


 見えない。なので魔力を強めて視力をさらに強化。

 アロス国の本陣と似ているが一番前に神輿のように豪勢な舞台がある。ララクマ帝国の皇族の証である杖に絡みつく黒い蛇が描かれた旗を背負い、赤と青のカーペットが場違いにも敷かれている。

 中心の豪華な椅子に座るのはレイより年上だがまだ十にもなっていないであろう幼い少女だ。白い髪とララクマ人にしては珍しい白い肌が眩しく美しく、気弱そうなだがしっかりと前を見つめる瞳からは意思の強さを感じさせる。大人になるころにはモテモテになっていそうな少女だ。


 視線を捉えて離さない魅力を放っているが、レイの目は後ろの旗に釘付けだ。


「……あの旗、まさか帝国の皇女様ですか?たしか八つだが九つだがの」

「そうだ。ララクマ帝国第二皇女のリリア・ララクマ。この戦場の勝利とはあの少女の首を刎ねること。なら、その後には何が起こると思う?」

「……怒り狂った皇帝が全軍を動かす?」

「だいたいあってる。本気で愛しているのか建前かは場合によって違うが、だいたいそんな感じの事が起きるから、俺たちはあの王女を傷つけないように気を付けながら、つまりは勝利しきらないようにしながら、俺たちの武力を見せつけなきゃいけないんだ。もちろんこれは相手も同じ。ゴボス殿は四大公爵家の一つの次期後継者だから皇女より身分は多少低いが、戦死すれば陛下もさらに兵を投入するだろう」


 ふうん、と興味が湧かなず軽い言葉を返す。

 しかし先生のように教えてくれているのだからこれはきっと覚えておいた方が良いことなのだろう。言葉をかみ砕いて理解を深める


「つまり、この戦場は王国と帝国が勝ちすぎたり負けすぎたりしないように、いい感じにお互いの武力を見せつけ合う緩衝地帯ってことですか」

「そういうことだ。二百年前から続く不仲は早々に治らないが、どちらかが死に絶えるまで戦いたいってほどでもない、そんなお互いの妥協で出来た戦場だ。だがここがあるから国が主導する戦争は他にない。コントロール出来ていると言っていいだろう。相手の大将を生捕りにでも出来れば大きく傾くんだけどな。

 よし、今回はもう少し近づいて偵察するぞ。あの女が気になる」


 カイガキの視線を負ってその女を探す。恐らくよほどの強者なのだろうと聖眼を使って観察する……八人ほど強そうな人がいるが、魔力の過多だけではどの人のことか分からなかった。


「どの人ですか?」

「あの皇女の傍に居る女だ。見覚えが無い。お前はフアナ様とアルトちゃんに鍛えられたからピンと来ないだろうが、戦士には男が多いんだ。騎士であれ冒険者であれ雇用主に勝利を届けられるなら何をしてもいいといっても、肉体的な特徴から戦いに向いているやつはだいたい男で、そういうやつらが集まった社会に女はあまりいない。

 だから兵士や冒険者で女がいたら男に取り入るのがうまいか、常識で測れないほど強いか、だ。皇女の傍に居るなら間違いなく後者。十分に警戒しろ」


 その言葉を受けてその女性を見る。

 先ほどレイが目をつけた八人のうちの一人。深紅の髪が特徴的な女性だ。体つきを見れば戦士には見えないが、聖眼で見れば膨大な魔力と完璧に制御された結界術は見事なものだ。


「あの本陣を覆う結界、その女性が張ってますね」

「ほう?お前の聖眼というやつか。あとで詳しく聞かせてくれ。もう少し近づいて強度も調べる。お前もついてこい」

「俺のまだまだ拙い隠形だと気づかれるかもしれません」

「問題ない。俺がいる限りは死なないさ」

「ならまあ、がんばりまーす」



 


「子供がいるな」

「父様?どこにですか?」

「あの左の山の二番目に高い瘤のあたりだ」

「……あっ、本当だ。私と同じくらいですね」


 ララクマ帝国の本陣から少し離れた場所で、弓を持った屈強な壮年の男性と少女がいた。

 父様と呼ばれた男性は面倒くさそうに眉を顰めながらも鋼鉄の弓を手放し、己の魔装である魔弓を創造し始めた。


「え、それを使う程なんですか?」

「ああ。戦場は国に認められた一人前が集まる場所だ。そんなとこに子供がいるなら武力以外に何か有効なスキルの持ち主か……子供のころから戦場を教えておいた方がいいと判断された、将来有望なやつのどちらか、だ。今のうちに殺しておいた方がいい」


 青と赤と黒が混ざった色の弓を構え、透明色の弦を引く。矢を番えていない弓に同じ色の矢が出現する。狙いを定める。常人であれば視認できない距離の標的を見据え、常人であれば狙おうとも思わない距離。

 だが当たる。彼ならば。


 矢が黒く染まる。黒色がさらに黒くなる。

 さらに娘が力を付与し、ほんの少しだけ赤が混ざる。数秒見つめるだけで遠近感が狂う程に真っ黒になった矢を、放つ。


 放たれた矢は特殊な魔力で構成されており、その性質は賢神が残した聖典に記された【物質崩壊】と呼ばれる魔術に極めて酷似している。その名が示す通りあらゆる物質を崩壊させる力が込められた矢は草も木も土や空気も結界も、あらゆる障害を貫通し、レイの心臓を砕いた。

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