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12話 森の精霊

 目を覚ますと、レイは森の中にいた。


「は……?どこだここ……ああ、いつかの夢で見た森か」


 見たことのない、けれど何となく覚えていた森の植生から答えを当てた。ここは以前、レイがヤギ魔族と戦った後に気絶して迷い込んだ夢の中だ。

 あの時は冷たくジメジメした空気だったが、今は日差しが差し込む明るい空気だ。何かあったのだろうか。


「……そもそもなんで俺はここに?昨日は姫様から休暇を貰って、何事も無く部屋で寝たはず……だよな」


 誰に言うでもなく記憶をたどり、少し考えてから歩き出した。

 向かうは以前出会った少女、シーの家だ。他に手がかりが無い。


 何事も無く到着した。あの時は甲虫の様な虫たちに集られていたため今回はどうかと不安だったが、今回は異常は無い。木の家も涼やかで墓場の様だったが、今は温かい。家主の心境に変化でもあったのだろうか。

 着いたものの何か明確な考えが会って来たわけではない。どうしたものか、インターホンは無いか等と考えていると、家の中から見覚えのある美しい銀髪を三つ編みにした少女が扉を開けて飛びついて来た。


「レイ!」

「シー。お久」

「嬉しい!もう会えないと思ってた!」

「俺も。夢だと思ってた。また来れるとは思ってなかったよ」


 感激の抱擁。レイも抱き返す。ギューッと抱き着き、少ししてぐるぐると回りだす。

 砲丸投げの準備のように振り回されるシーはキャーと楽しそうに悲鳴を上げ、最後にちょこんと上方向に投げて慣性を殺してからストンと着地した。


 最後はパチンと笑顔でハイタッチ。楽しんでもらえたようで何よりだ。


「そういや、今日はちゃんと喋れるんだ」

「うん!レイとお話したくて、練習した!」

「そうなんだ。嬉しいな。今回はいつまでいられるか分からないけど、沢山一緒にいようね」

「うん!えへへ……あ!そうだ、謝らないといけないことがあるの」

「?なんかあったっけ?」

「ベアが酷いことしたでしょ。ごめんなさい」

「ベア……ああ、察するにこの間の熊みたいなやつか。いいよいいよ。俺は無事だから。君の保護者か何かなんでしょ?知らない人が傍に居たらそりゃあ怖いよ」

「うん……私の使い魔なの。だから私のせい」

「はっはっは。じゃあ今度は気を付けてね」

「うん!」


 シーに案内された樹の根本あたりをくり抜いて出来た家の中に入る。扉を開けると涼やかな樹の匂いに包まれここに居るだけで気分がリフレッシュされるようだ。家は一部屋しかない非常に狭く、恐らくは一人暮らしなのだと推測できる。

 すっと室内を見渡すと、本当にこの一部屋しかないと分かる。あるのは椅子と寝具だけで、キッチンは無い。それどころか風呂とトイレもない。外にあるのだろか。


「えへへ、レイにはとっても美味しい果実をを食べさせてあげるねー」

「ありがとう、楽しみ」


 心を平坦にしたまま聖眼を開く。この眼は現在の技術では観測できないほどに世界を見通し、目の前の人型の少女の正体さえ見通すだろう。


(……見えねぇ。森の中の木のように完璧に周囲と一体化してる。これはどういうことだ?)


 しかし見通せたが理解は出来なかった。まるでデータは収集できるが、このデータが何を意味しているのかが理解できない時のようだ。


「あったあった!まだ残っててよかったぁ!はい!」

「ありがと……ええと、丸かじりすればいいのかな?」

「?うん、なにかすることあるの?」

「俺が食べる時は、食べやすい大きさに切るとかあるんだけど……まあそれはまた今度教えるよ。いただきます……うま!!!!」


 想像を絶するほどの美味しさに、思わず感動の悲鳴が喉から飛び出る。

 見た目はリンゴのようだが一切の抵抗なく噛みちぎれた。恐らくは赤子でも食べられるだろう。手に伝わる重さからは考えられないほど柔らかい果実は舌に触れた瞬間溶けたような感覚を伝え、続いて喉を通過し胃に触れたような気がした瞬間に溶けて消えた。まるで自分の体が何かに浸食されるようだ。


 二口食べると頭蓋の中に冷たいナニカが入り込んだような感覚に襲われる。今まで気が付いていなかっただけで存在した悪いナニカが取り除かれたように眼球の裏側を心地よい冷たさに入り込まれ浄化された。接続できないように邪魔していた何かが除去され何かが繋がった感覚、恐らく視力も上がっている。

 三口食べるともう無くなった。


 快感すら覚えるあまりの美味に感動し、意識せずとも二つ目の果実に手を伸ばす。


「美味しい?気に入ってくれた?」

「は!?…………あ、ああ。ありがとう。我を忘れそうになるくらいに美味しいね。どこで取れるの?」

「えへへへへ……この家がある木の天辺だよ。この森が私にくれた宝物なんだって。でもレイは大切な友達だから、あげる」

「ありがと、う」


 これは本当に食べていいものなのだろうか。そんな不安に苛まれながらも、既に食べてしまったのだから考えても仕方のない事だと自分を納得させる。


「ぐ……っ」

「レイ!?どうしたの!?」


 じんわりと体が重くなり、膝をついてしまう。レイは全身を清らかな何かに包まれながらも胃の中身が逆流しているような、良い効果と悪い効果を同時に受けている様な不思議な不快感に突如襲われた。

 脂汗が止まらない、体温も室温も最適だ。めまいがする、今までで一番世界が良く見える。暴れだしたい、誰も傷つけたくない。


「どうしよう……どうしよう……とりあえず治さなきゃ!」


 シーは困惑したまま森色の魔力をレイに流し込む。この力はおそらく怪我を治す効果があるのだろう。前回もこれに助けられた。

 しかし何故か今回は逆の効果が表れた。森色の光が強くなればなるほどレイの不快感は増加し呼吸も困難になってしまった。


「……っ……ぁ……!」

「どうしよう……どうしよう……もしかしてこの果実が原因?でも私の時は何ともなかったし、どうすれば……ラケラス!!来て!!」


「貴様が姫を誑かす悪魔か死ね!」


 突如として超高速で接近してきた闇色の狼がレイに飛び掛かって来た。


 なんとなくそんな気がしていたレイは防御の体制を取る。不調であろうとも体に染みついた技は淀みなく発動し迎え撃つ。


 しかしレイが全く追いつけないほどの速さで後ろに回り込み、首をかみ砕かれた。





「はっ!!……ああ、また夢か?……いや、でもちゃんと覚えてるし……いてっ!」


 目を覚ますとレイはアロス国王城使用人棟の自室にいた。寝汗が酷い。今が夏であることを差し引いてもべたべたした汗をたくさんかいてしまい、服が張り付いて気持ち悪い。着替えたい

 しかしそれ以上に重要なことがあるので気持ちを押し殺して首を診断し始めた。


 右腕を回して首に触れ、魔力を浸透させて内側の傷を見る。


 在った。確かに狼に噛まれた場所に傷がある。

 在るはずがないのに、夢が噛まれた場所が現実でも傷つくなんて在るはずがないのに、在る。ならばきっとあれは夢ではないのだろう。


「夢の中……というわけではないんだろうな。ちゃんと覚えてるし。……最初に行った夜空の中みたいな場所が死後の世界の手前で、あの森は……分からないけど、俺の目で見えた以上はどっかに実在する場所、なんだろうな。たぶん。となると俺が行ける理由は夜空の中で迷い込んだから、印的なものが出来たからとか?死んだら起きるのは……俺に理由があるのか?それともそういうものか?…………よし、分かる範囲でだいたい整理できた」


 目を覚ましたレイは自分の記憶の整合を確認し、問題なしを結論を出した。

 ちゃんと調べるなら時間が欲しいが、そもそもこっちの意思で行くことが出来ない場所なのだからちゃんとした調査が出来ない。現状できる精いっぱいをやって、後は保留にしか出来ないのだ。


「あと一回あそこに行ければ確信が持てると思うんだけど、どうやっていこうかな」

「ほんと?いまから来る?」

「それは是非とも行きた――」


 呼吸が止まる。誰の声だ?聞き覚えがある。けれどあるはずがない。

 

 ゆっくり隣を見る。何が起きているかは見なくとも分かるが、見ないと納得が出来ない出来事を畏れながら。


「……シー?」

「そうだよ!やっとこれた!」


 歪んだ空間から首だけ出ている。理解が追い付かない。けれど、その顔からシーだと分かった。

 レイの目の前でくるんと落ちて来た。布団の毛布を温かそうに自分の体に巻き付け、レイにちょこんと触れてくる。


「は?」


 理解が追い付かない。あの場所もあの場所で会った生き物も夢ではなかった。

 だがこうして自室に出てくることは想定していなかった。


「えへへ。あの果実を食べてくれたでしょ?エウメスが教えてくれたんだけど、あれはね――」

「こんなところに居てはいけません!」


 理解が追い付くよりも早くもう一度空間が揺らぎ、飛び出した鳥の様な何かがシーを超高速で攫って再び空間の揺らぎに入った。

 直感的に、連れ戻されたのだろうと理解した。


「何だったんだ今の……」


 鳥の羽ばたきが空気を揺らした。いまだに揺れている天井の照明が、現実だと教えてくれる。

 先ほどシーに捕まれた足を見る。微細だが、微かに受けた圧力の跡が、夢ではないと教えてくれる。


 何か手がかりはないかと周囲を索敵する。覚醒した聖眼で、習得した索敵で。先ほど揺らいだ空間を掴もうと手を伸ばし……入った。

 恐る恐る顔を突っ込むと、そこに広がるのは無限の暗闇。全身を入れると足が付き、遠くに微かに見える……主観的には入れない下方向にある光が、どこかシーの使う森色の光と類似して見えた。


 なんにせよ、当面は危険はないと考えていいだろう。


「こ、怖かった………………」


 部屋に戻り、大きく息を吐いて、呼吸を整える。汗でぐしょぐしょになった服を着替える。出来れば水浴びをしたいが、まだ日が出るよりも前の時間だから公衆浴場は空いていないだろう。

 大きく伸びをしてから、乱れた布団を整える。無為な行為だがいつも通りの行動は自分の精神を安定させる効果がある。


「少なくとも、悪意の類は感じなかった。時間を見つけて話し合って……いい感じの妥協点を見つけよう。うん。いつも通りの事をしよう」


 自分を納得させるように自分自身に言い聞かせる。いつまでもクヨクヨしてはいられない。心を落ち着かせたレイは姫様たちの下に向かうために使用人の服を着ようとして……今日から学園のテストに向けて休暇を貰ったことを思い出した。

 では図書館か研究室で自習でもするか、そう考えていると、この部屋に向かう足音にようやく気が付いた。


 まさか敵か?そう緊張するが、感知したおじさんっぽい人からは敵意が感じられず少しだけ安心した。


「よう、久しぶりだな」

「どちら様ですか?」

「いや俺だよ俺。忘れたのか?」

「…………ああ、よく見たらカイガキさんですか。お久しぶりですね」

「春にお前が修道院を出て以来だな」


 謎のおじさんが知り合いだったことに安堵する。先ほどの事がばれないように、心の動揺を緊急の仕事が舞い込んできた可能性を怖がっているということで上書きする。

 たぶんうまくいった。うまく隠せている。


「何か御用ですか?」

「休暇を貰ったと聞いた。暇ならお前も戦争に行かないか?」

「戦争?」

「ああ。ほら、この間お前たちが騒動を起こして陛下を呼び寄せちゃっただろ?あれのせいで会議が中止になって、帝国との戦場の一つが押され始めたんだ。これからその尻拭いに行ってくる。お前に義務はないが来た方が評価されるぞ。来るか?」

「あ……行きます!」


 完全に失念していたレイは慌てて武装すると、カイガキに同行して王城を飛び出した。

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