10話 傷の重さ
「何をやっているんだお前たちは」
執務室に入ったレイたちを呆れた顔で出迎えたのは、アロス国国王、ゲオルグ・アロス。いつも仕事で忙しいゲオルグと会うのは姫様たちにとって希少なことだ。本来ならば今日はララクマ帝国への軍事顧問と会議があったのだが急遽予定を切り上げてレイたちに会いに来たのだ。
その損失はどれほどの金額か、どれほどの命か。責任を取るべき立場では無いとはいえ、悪い結果になりうる一因になってしまったことは後悔の念に堪えない。
「まず、レイ。お前はよくやった」
「へっ?しかし私は皆様を怖がらせてしまい――」
「相手はあのブルースター家の長子、齢六つにして魔装を発現している神童だ。勝利するには相応の無茶も必要だろう。フアナに鍛えられたお前の判断を私は疑わない。我が娘たちの要請に十分によく応えてくれた。大儀である」
「――過分なお言葉、感謝いたします」
思っていなかった賞賛に驚愕し、少し迷ってから片膝をついて敬意を示す。
もしかした言葉だけでなく特別賞与も貰えるかもしれない。テンション上がる。
「……だが、ローレンティア、アンリム。お前たちは間違えたな」
「はい」
「……分かっております」
ゲオルグは視線をレイから逸らし、姫様たちに向ける。三人とも表情がこわばっていた。ローレンティアは少し泣きそうだ。
「お前たちにレイを付けたのは、同い年の者の視線を意識し行動を顧みさせるためだ。今はまだいいが、いずれは私の跡を継ぎ多くの者を従えることになるのだから、少しでも早く成長出来たほうが良いからな。そしてもう一つは、人の使い方を学ばせるためだったのだが……これはその者の出来ること知り、実力を十分に活用することだ。好きに傷つけても良いという意味ではない。お前たちは理解していながら軽視したな?」
「………はい、その通りです。私はアカメとの意地の張り合いでムキになり、レイが傷つくことを軽視し、勝手に戦いを承諾しました……」
「私も同じです。お姉さまの行動を全て承知の上で止めることはしませんでした。レイさんが不必要に傷つくことを重視しませんでした」
空気が重い。これがお説教と言うものなのだろう。レイにはあまり縁がないことだったせいで耐性がまるでない。お腹が痛くなってきた。
速く終わらないだろうか。
「うむ。ローレンティア、アンリム。お前たちはいずれ人の上に立ち、人の命を担い、意図して多くの命を奪うこともあるだろう。だがそれは十分に考えた末でなければならず、今回の様に軽率な血は流してはならない。分かったか?」
「はい」
「肝に銘じます」
「よろしい。では今日はもう部屋に戻るがいい。カンナ家とブルースター家には私が話を付けておく」
お説教が終わり、気落ちした顔の三人は頭を下げ静かに退室した。大きな少女は必要のない血を流させてしまった懺悔から、小さな少女は己の迂闊さへの後悔から、そして少年は上手くやれなかった羞恥から。それぞれ異なる理由で悔やんでいた。
通路を進むと居住区まで少し距離がある。レイは厨房で温かい飲み物でも貰おうかと迷うが、意図に気が付いた他の従者が頷いて先んじられてしまった。
「……レイ、ごめんなさい」
「はい?」
「今回の決闘は、私たちが殴り合うべきだったわ。従者比べなんて言って必要もないのに血を流させて……本当にごめんなさい」
「お気になさらないでください。大した傷ではありませんよ。ほら」
レイは服をはだけさせ脇腹を見せる。何重にもきつく巻いた包帯は赤く滲み、鼻には鉄の様な臭いが届く。
率直に言えば重病人だ。とても痛そうである。
「……本当に、ごめんなさい」
「えっ、あっ……ほ、本当に気にしないでください。この程度の傷なら自分で治せますから。治癒の術には少し集中しないといけませんが……明日の朝までには治しておきます。だから泣かないでください」
自責の念に堪えかねたのか、まだ通路の途中なのに懺悔するように謝罪の言葉を口にする。
しかし本当に気にしていないのでレイは困ってしまう。そんなことより泣かれるほうが嫌だ。おろおろしながらもハンカチでローレンティアの涙をぬぐう。
「レイさん、私からも謝罪を。アカメ様とは付き合いもあるので話を引き受けましたが……軽率でした。今回の件が大ごとにならなかったのはレイさんのお陰です。今後はこのようなことは無いようにします。必要のない血を流させてしまい、本当に、ごめんなさい」
「アンリム様まで……沢山ある勝つ方法の中から自分の体を傷つける手段を選んだのは俺です。俺が自分で自分の体が傷つくように誘導したんです。ですから――」
「お姉さまが恥をかかせるなと言ったからですよね?ならやはり私たちのせいです」
「そうよ。沢山ある方法の中からそんな選択をさせたのは私のせいだわ」
頑として自分たちのせいだと言い張る姫様たち。レイは困ってしまう。
(俺の体なんて死ななきゃ治せるんだからどれだけ傷ついてもいいのに、律儀な人たちだ。これが王族の責務ってやつなのかな)
死なない限りはどんな傷でも治せるし、死んだなら痛くないから実質傷ついてないのと同じ。なのでどんな傷も痛いだけで嫌ではない。
本当にまったく気にしていない様子のレイを相手に、ローレンティアとアンリムはますます申し訳なくなり頭が下がってしまう。彼女たちにはレイの態度が忠義や寛容さに見えているのだろう。
実際にはもっと単純で、自分の命を軽んじているだけだと彼女たちには分からなかった。
「ん……そうだローレンティア様、私も疲れてしまいました。今日はもう休んでもよろしいでしょうか」
「ええ、そうしてちょうだい。また明日ね」
「また明日」
姫様たちから許可をもらい、最後にサラサにも目配せで許可をもらい、自室に繋がる道に向かう。
王城の居住区は王族とその側近や国の重鎮に与えられるもの。立場的には使用人に過ぎないレイの部屋は使用人が寝泊まりしている従者棟で、王城と同じ敷地内にあるが違う建物だ。
「ただいまー……あ”ー疲れた」
「お帰りなさい、また無茶をしたようね」
「えっ?」
誰もいない部屋に鬱憤を晴らす様に独り言を投げると、予想外にも返事があった。夕暮れが差し込む深紅の部屋を真っ黒に染め上げるように邪悪なオーラを放つ誰かが、返事をした。
しかし驚愕の理由は誰だ、ではなく、なぜここに、だ。
「……アルト姉、なんでここにいるの?お仕事は?」
「レイが怪我したって聞いたから急いで片付けて駆けつけたのよ。で、相手は?殺すから教えて」
しばらく口論が続くと、窓が割れ誰かが逃亡する音が響いた。
「なるほど、それで逃げて来たんだ」
「そー……姉さんも心配してくれるのは嬉しいんだけど、ちょっとうざいんだよー……いちいち大袈裟でさー」
「もう、だめだよ、そういう風に言ったら」
超絶技巧がぶつかり合う戦いの一瞬の隙をついて脱走したレイは図書館に逃げ込んだ。丁度来ていたユニリンは呆れたように笑いながら愚痴を聞いてくれている。
談話室の一角でべちょりと溶けたスライムのように机に倒れこむレイにユニリンはよしよしと頭をなでて来る。なんだかお姉さんぶられているような気がする。弟っぽく振舞ったほうがいいのだろうか。
「でも、噂で聞いていた通り酷い人たちなんだね、アロス家のお姫様たちは。自分の虚栄心を満たすためだけに血を流させるなんて、本当に半分は私と同じオーレリユの血が流れているのかな」
「ま、まあまあ良くある話でしょ。姫様たちも反省してたしこの話はこれまでだよ。俺も全然平気だから」
「むぅ……そういえば、レイは治療師だったの?怪我を治せるらしいけど、どんな魔術を使うの?水?風?」
「いや、【慈愛】の権能だよ」
そういうとレイは包帯を解いた。まだ穴が貫通して血は停まっていないし内臓も削れているが、まとめて治す。
「【慈悲深き愛は世界を塗り替え、自己愛は生きる者の権利である】」
権能の一つ、【慈愛】。大抵の場合は他者を慈しむ感情で発動するが、レイは自己愛を起点に癒しの力を使う。傷つくものを癒し正常な姿にする力はたちどころにレイを完璧な姿にした。
「すごい……」
「でしょー?」
「レイ、それは何?」
「権能って言う力だよ。感情を消費して世界から力を引き出すの。何種類か発見されてるけど、術者の精神性で使える種類は限られるんだって。俺は一応全部使えるけど」
「そんなものが……」
「知らなかったの?俺は修道院で習ったけど」
「うん、私が読んだ魔術書には載ってなかった……」
「魔術とは微妙に系統が違うのかな。闘気と魔術と権能、それぞれ生命力、魔力を消費して、権能は魔力に加えて感情も消費するから近しい技術だと俺は考えてるけど」
もう一回すごいと言ってほしくて雄弁にアピールしたが、どうやら気が付かれなかったようだ。ユニリンは自分の世界に入った様で考え込んでいる。
しょんぼりしていると顔を上げて問いかけて来た。
「今の術、魔術で何とか再現できないかな」
「魔術で?」
「うん。私は魔術師だからいくつか魔術が使えるんだけど、これ程の治癒魔術は使えない。でも例えば私の使える治癒魔術だと風の【癒しの風】と水の【療水】と生命の【賦活】があるから組み合わせて同じことは出来ないかなって」
「んー……たぶん魔術か権能かって話じゃないよ。俺はそれぞれ上位の【療風】【浄化】【活性】が使えるし、水と生命を組み合わせて【命水】も作れるけど、権能と比べてどれも一長一短だけど全部だいたい同じ治療が出来る。ユニリンに出来ないってのは修行不足なだけじゃないかな」
レイの言葉に再びユニリンは考え込む。
一瞬遅れて自分の言い方が不味かったかと顧みるが、気にしてなさそうだから気にしなくていいか。
「レイ。レイが使う治癒の術って、魔術ならどんなのを使ってるの?目の前に怪我人がいる場合で」
「普通の治癒魔術だよ。さっき上げた属性魔術じゃなくて、普通の……無属性の触れたものを治すやつ。こんな感じで」
そういうとレイは掌の上に清浄な空間を創り出した。本来ならば触れた相手に治癒の魔力を流し込むことで回復させる魔術を精密に操り、空間そのものに作用させる。簡易的な回復結界の様なものだ。
「……」
「ユニリンどうしたの?さっきから少し変だよ?」
先ほどから様子がおかしい。まあ昨日知り合ったばかりなのだから知らない面があっても何らおかしくないが、その上で少し変だ。じっと考え込むその姿は年齢に見合わない真剣さがあり、本物の学者の様。
魔術を使おうと思った時から、最初から出来るから出来るを地で行くレイとは違い極めて論理的な世界に生きる魔術師の顔だ。
その顔はレイであっても読み解くことが出来ない。とてもとても深い場所に意識が落ちている様だ。
「試しにユニリンも俺と同じ魔術を使ってみて。俺のと違うとこが有ったら修正するよ」
「そんなことが出来るの?」
「ああ、俺の目は特別製なんだ」
「……そう、ちょっと驚き疲れた。お願い」
(え、驚いてたんだ)
とてもそうは見えなかったので逆に驚かされた。顔に出ないタイプなのだろうか。
まあいいかと意識を修正してユニリンの魔術を指南する。レイは魔術師ではなく、修道院で一年ほど剣術を含めた雑多な技術を幅広く学んだだけなのでずっと魔術師の道を歩んでいる相手に魔術を教えるなど少し気が引ける。
しかし考えて見れば相手はレイと同じ六歳の子供、個人差が大きく出る年齢だ。彼女が身に着けている知識を局所的にレイの感性が上回ったということもあるだろうと、気にしないようにして教えてあげた。
「すごい、本当に詠唱も無しに、こんな簡単に魔術が使えるなんて。こうすればよかったんだ」
「ふふん!」
ようやく二回目の「すごい」が聴けてレイは鼻高々だ。教えてあげた甲斐があったというもの。
自尊心が満たされたレイは時計を見る。そろそろ日が暮れて図書館が締まる時間だ帰ったほうがいいだろう。
気にしていなかったが、ユニリンは迎えの場所の時間は大丈夫なのだろうか。そんなことを考えていたら、予想外の言葉が飛んできた。
「レイ、アロス家を捨てて、私と組まない?」
「は?」
「たぶん、ううん。間違いなく、私たちが組めば、この世界の魔術を更新出来ると思うの」
その言葉に、レイはさすがに硬直する。
その言葉は、簡単言えば、世界を変えるに等しい。
「いま私たちが使っている魔術は、賢神様が残したものを断片的に解読したものと、感覚的に自力で発見したものでしょ?このうちの感覚的に身につけたものを体系化出来ると思うの」
「それは……魔術師たちの秘術や一子相伝の技を体系化して、誰にでも使えるようにするってこと?」
「うん。それに発展もそう。私だけじゃ机上の空論だったけど、レイが手伝ってくれるなら、世界中の誰もが初級魔術を使えるくらいには出来ると思う」
「……」
魅力的な相談だ。元よりレイが今使っている権能も魔術も自分の感覚に依存している面が多く、今より上の行くためには誰かの下で修業する必要がある。
しかしその誰かが教えるのが下手な場合もあるし、相性が悪い可能性もある。自力で体系化して、自力で成長できるならそれに越したことはない。
だが、一つだけ頷けない点がある。
「協力したいけど、アロス家を捨てるのは無理だ。陛下には恩がある。それに、やらなきゃいけないこともある」
「……分かった。じゃあ、二人で頑張って、出来た物は、出来た後で考えよう。それでいい?」
「いいよ。決まりだね」
「えへへ、やったね。お母さまが使ってた研究室があるから、明日はそこに集まろう」
「ああ、予定が会えば」
こうしてレイはユニリンとタッグを組むことになった。




