第6話 S級ゴーレムが率いる群を単騎で撃破
ウォーリヴァー領の中心にある町は、クルドという。
診療所やギルドがあったのもこのクルドの町だ。
俺とフィオレが馬車でやってきたのは、町から離れた街道沿い。
土の一本道が伸び、その周囲は背の低い雑草が生い茂っている。見晴らしはいいが、そこかしこに大きな岩も転がっていて、まだまだ開拓が必要な場所だ。
「もうあなたが何をしようと、大概のことは驚かないつもりだけれど……」
馬車から下りた場所で、フィオレがこっちを見ている。
「……こんな町外れにきて、今度は何をするつもりなの? 一応、デートの体裁なのだから、こんなところへ連れてこられた淑女の気持ちも考えてほしいものね」
「あー、それは本当に申し訳ない。ダンスぐらいはできると思うけど、どうだろう?」
「ダンスはシャンデリアの下だけと決めてるの」
「青空の下で踊るのもオツだと思うけどなぁ」
「限界まで譲歩しても星空の下ね」
「……夜まで待とうか?」
「帰るわ」
「オッケー、ごめん、陳謝する。軽口が過ぎた。何をするつもりなのか、今すぐ説明する」
背を向けたフィオレを慌てて引き留める。
ちなみに俺は街道から逸れた、雑草地帯の真ん中に立っている。
「ギルドの掲示板を見て、この依頼が一番ちょうどいいと思ったんだ」
懐から依頼書を出し、馬車の方のフィオレへ見せる。
途端、彼女の表情が変わった。
「リオルード、それは……っ」
「ああ。B級モンスターの討伐依頼書。この辺にロックゴーレムが出るらしい。それを討伐してくれ、って依頼さ」
「馬鹿なの、あなたは……!?」
驚いたことに彼女は真っ青な顔で駆け寄ってきた。
俺の腕を取ると、強引に馬車の方へ連れていこうとする。
「え、ちょ、フィオレ?」
「B級モンスターなんて騎士団が必要な案件よ!? 正気の沙汰じゃないわ!」
「や、B級モンスターぐらいなら冒険者のパーティーや町の自警団でもなんとか相手にできるレベルだし」
「ここにはどちらもいないでしょう!? あなたと私と馬車の御者しかいない! モンスターがきたら殺されるわよ!?」
「だ、大丈夫だって。万が一の時は君を連れて逃げるように御者には命じてあるんだ。だから――」
「だからって、あなたはどうするつもりなの!? まさか……囮になって残るつもりじゃないでしょうね!? そんなこと絶対に許さないわよ!」
彼女は本気で怒っていた。
そこまでの危機感があるなら俺を置いてとっとと馬車で逃げてもいいくらいなのに、フィオレは無理やりにでも俺をここから連れ出そうとしている。
改めて『破滅の魔女』なんて似合わないな、と思った。
だからこそ、退くわけにはいかない。
俺はやんわりと彼女の手をほどこうとする。
すると、ふいに視界の端に動くものがあった。
「あ……っ」
フィオレも気づき、引きつった声を上げる。
視線を向けると、岩場の影から大きな人影がのっそりと現れようとしていた。
岩石の塊のような体躯。
体長は3メルトル――前世の基準で言う3メートル近くあり、顔の目の部分だけが鈍く光っている。B級モンスター、ロックゴーレムだ。
「……出たな。待ってたぞ」
「リ、リオルード、逃げないと……っ」
「大丈夫だ。下がっててくれ、フィオレ。――トム、万が一の時は頼むぞ!」
「へ、へい! リオ様……っ」
御者にも一声かけ、俺はゆっくりと歩きだす。
「ま、待って! 行かないで、リオルード。お願いだから……っ」
「心配かけてごめん。でも安心してくれ。言ったろ?」
肩越しに振り向き、俺はフィオレに右手を掲げて見せる。
「俺は『エナジー・ドレイン』を使って君を救う。こんなところで死んだりしないよ」
右手に魔力の輝きが灯る。
同時に俺はゴーレムに向かって駆け出した。
獲物が近づいてきたことに気づき、岩の怪物が咆哮を上げる。
――オオオオオオオオオオッ!!
地面を踏み砕きながら突撃してきた。
雑草が舞い、激しい揺れが一帯を襲う。
「ははっ、さすがにすごい迫力だな!」
ちなみに俺の基礎数値は一般騎士程度しかない。
10年かけて必死に鍛錬したが、体力も攻撃力も素早さもあくまで常人の範囲だ。それでも最初の一撃ぐらいはどうにか躱せる。
――オオオオオオオッ!!
ロックゴーレムが巨大な拳を叩きつけてきた。獰猛な攻撃力を見て、後方のフィオレが悲鳴を上げるが、俺は――すでにその場から飛び退っている。
「よし、もらった」
がら空きになったゴーレムの左側面。
そこへ右手を突き出した。同時に力ある言葉を放つ。
「――『エナジー・ドレイン』!!」
まばゆい光が迸った。
光は一瞬でロックゴーレムを包み込み、次の瞬間、岩石の体から蛍のような光が無数に舞い、俺の右手へと吸収されていく。
それはさながら光の濁流。
診療所のミアたちにやったのとは違う、全力の魔力吸収だ。
――オオオオオ!? ウオオオオオオオッ!?
断末魔のような叫びを上げ、ロックゴーレムの体が砂のように崩れていく。どうにか俺に攻撃しようとするが、振り上げた先からその拳は崩れていく。
そして、およそ10秒後。
B級モンスター、ロックゴーレムの体は完全に砂の山と化した。
「うん。ま、こんなもんだな」
俺は右手を握ったり、開いたりして感触を確かめる。
ミアたちの時とは違い、体に魔力が漲ってくるのがわかる。ロックゴーレムから魔力を吸収したおかげだ。おそらくステータスを見たら、色んな数値が上がっていることだろう。
「か、勝った……ゴーレムに勝っちまった! すげえ! すげえですよ、リオ様!」
御者のトムが歓声を上げて讃えてくれた。
ふと見れば、フィオレの方は腰が抜けたらしく、その場にへたり込んでいる。
「な、なんなのよもう……」
「ごめんごめん」
俺は慌てて駆け寄っていく。
「ほら、『エナジー・ドレイン』は魔力を吸収するスキルだろ? で、モンスターも魔力を糧として存在している。だからスキルを叩き込む隙さえ作れれば、格上のモンスターだってこうやって倒せると思ったんだ」
ちなみにこれは俺の予想などではない。ファンタジー小説『ファラウェル王国物語』でフィオレが実際にやっていた戦い方だ。だから十中八九、上手くいくだろうと確信していた。
もちろん万が一の時はトムに逃げるよう頼んでおいたが、俺はこんなところで死ぬつもりはない。そんなことになったら、フィオレが責任を感じてしまうだろうから。
俺は手を差し伸べて、彼女を助け起こす。
「街道のこの辺りはモンスターが出るから、ちゃんと整備できてなかったんだ。B級相手だとギルドも人数集めに時間が掛かるからなかなか動けなかったしね。でも君の『エナジー・ドレイン』のおかげでその問題も解決しそうだ」
「このタイミングでそんなことを言われても素直に喜べないわ……」
「ああ、確かに……」
しまった。
モンスターとの戦闘をフィオレに見せたのは失敗だったかもしれない。俺みたいに普段から冒険者たちの話を聞いてるならまだしも、王都出身の淑女には刺激が強過ぎたみたいだ。
ただ、それでも見てもらう必要があった。
こうして間近で見てもらえれば、将来的にきっと彼女も安心してくれるだろうから。
「フィオレ、その……言ってたろ? 自分がいたら王都の奴らが復讐にきて、ウォーリヴァー領に迷惑が掛かるって」
彼女が王都を追放されたのは、社交の場で貴族や令嬢に『エナジー・ドレイン』を使って昏倒させたからだ。現在、彼らは皆、ベッドの上にいるらしいが、回復すればいずれ必ず意趣返しにくる。
それを彼女は心配していた。
自分のためではなく、俺やウォーリヴァーの民のために。
その心配を杞憂にしてやりたい。
「君の隣にいる俺が強くなれば、復讐者の心配なんてしなくていいだろ?」
「え……」
俺の手に触れたまま、彼女は絶句する。
「じゃあ、あなた……まさか私のためにあんな無茶な戦いをしたの!?」
「無茶じゃない。勝算があった上での戦いだったからね」
俺はあえて勝気に笑ってみせる。
彼女がこれからも安心してウォーリヴァー領で過ごせるように。
多少生意気なぐらいに八重歯を見せて。
「B級モンスターを単騎で倒す婚約者だ。頼もしいだろ?」
「……っ」
フィオレは呼吸を止められたかのように息を飲む。
その頬がわずかに赤くなったように見えるのは、光の加減か何かだろうか。
そうして話していると、ふいに馬車の方でトムが声を上げた。
「リ、リオ様! あっちを見てくだせえ! ゴーレムです。また出てきました! それも何体も……っ」
見れば、トムの言う通り、岩陰から十体近いロックゴーレムが新たに出現していた。なかには金色っぽいゴーレムの姿もある。どうやらここはゴーレムの巣か何かになっていたらしい。
「リオルード……ッ。ど、どうするの……!?」
「んー……大丈夫。たぶん、ぜんぜんいける」
「戦う気!?」
「戦って倒す気さ」
さっきのゴーレムから魔力を吸収したおかげで、かなり力が漲ってる。それに『エナジー・ドレイン』を使えば、俺は戦うほどに強くなるはずだ。感覚的にもゴーレムの群に危機感は覚えない。それに――。
「今、フィオレに対して格好つけたばかりだしな。いいとこ見せないと」
「そ、そんなこと気にしなくても……っ」
「行ってくる!」
大地を踏み締めて駆け出した。
フィオレの「リオルード……つ」と呼ぶ声を背中で聞き、ゴーレムの群へ向かっていく。
それから十数分後。
俺は最終的に13体のロックゴーレムを打ち倒し、怪我もなく無事に彼女のもとへと帰還した。