第13話 王都からの刺客
リオがフィオレと中庭で昼食を食べていた頃。
クルドの町には死んだ魚のような目をした男がいた。
「あー、働きたくねえ……」
茶色がかった短髪。あごに残った無精ひげ。
服装はとにかく地味で、他者からの印象に残りにくい。
そんな男の隣には彼よりもう少し若い男がいて、咎めるように口を開く。
「働いて下さい。だいたい遅くまで飲み過ぎなんですよ、隊長は」
「しょうがねえだろ。なにが楽しくてウォーリヴァー領なんて僻地にこなきゃならねえんだよ。脳をアルコール漬けにでもしねえとやってられん」
「しっかりして下さいよ……任務に失敗したら、自分たち全員、王都の貴族共に縛り首にされますよ」
「わーってるって」
「本当にわかってますか? 頼みますよ、ガラム隊長」
男の名はガラム・ホーク。
王都の貴族から密命を受けて派遣された、非公式の傭兵部隊の隊長だ。貴族お抱えの部隊と言えば聞こえはいいが、その実態はただの汚れ役である。
今回、命じられた任務は――シャーレイ家の令嬢、フィオレ・L・シャーレイの暗殺。
よもや『破滅の魔女』の命を奪ってこい、とは気が遠くなりそうな話である。ガラムは部下と共に大通りを進んでいく。
「とにかくまずは情報収集だな。王城の騎士たちすら『破滅の魔女』に魔力を奪われて倒れちまったんだ。慎重にいかないと、下手すりゃこっちが足をすくわれる」
フィオレ・L・シャーレイはこのウォーリヴァー領の跡取りのもとへ嫁に出された。まあ、要は追放だ。表面上、それでけじめがついたことにはなっているが、昏倒させられた貴族のなかにはまだ溜飲の下がっていない者もいる。
ガラムの上役の貴族もその一人だ。
なるべく惨たらしく殺せ、とガラムは命令を受けている。
「そんだけやりたきゃ、自分でやりゃあいいのによ……」
どうにもやる気が出ないが、それには理由がある。
当時の状況を精査してみると、どうやらあの事件の原因はこちら側にあるらしいのだ。ガラムの上役の貴族は『強制発動』のスキルを持っている。彼女が男爵令嬢に質の悪いちょっかいをかけ、フィオレ・L・シャーレイが止めようとし、憤慨した上役が『強制発動』を使った――それが事件の直接的な原因らしい。
「やるせないねえ、どうも……」
ガラムは肩を落とす。
しかし命じられればやるしかないのがこの仕事だ。
クルドの町をまわり、部下と共に聞き込みをしていく。だが領民たちはフィオレ・L・シャーレイという名前にほとんど反応を示さなかった。
「……んー、ウォーリヴァー家に嫁いだことはまだ公にされてねえのか?」
「フィオレ・L・シャーレイはまだ17歳で、貴族法の婚姻年齢の18歳には至ってません。誕生日を迎えてから正式に公表するつもりなのかもしれませんね」
しかし一方で、フィオレ・L・シャーレイらしき人物の目撃情報は多々あった。
「リオ様と親しそうなブロンドの美人? ああ、それならお見えになったことがありますなぁ。当院に入院していた子供たちをリオ様が治して下った時、ご一緒していましたよ。私はてっきりリオ様がついに世継ぎを作られたものと思いましてな。はっはっは」
「はい、それならよく覚えてます。リオ様がゴールドゴーレムを倒すとかいう頭のおかしい大活躍した時に隣にいらしてましたから。私の驚きに逐一うなづいてくれて、ああこの方は常識人なんだ良かったぁ、って思ってました。なんか事情があってリオ様がお屋敷に滞在させてるって話だった気がしますよ」
「美人のお姉ちゃん? 知ってるー! リオ様がボール取ってくれた時にいたもん。でっかい腕がドーンッて出て、ボール取ってくれたの! あのお姉ちゃん、リオ様のカノジョなのかなぁ?」
一通り聞き込みを終え、ガラムと部下は町のなかの川近くにやってきた。舗装された地面の一部が新しいものに代わっている。聞き込みをした子供たちや通行人によると、先日、リオルード・ウォーリヴァーがゴーレムの腕のようなものを出現させ、その余波で剥がれた舗装を直したばかりなのだという。
その舗装を見て、部下が表情を険しくする。
「リオルード・ウォーリヴァーは『ゴーレム生成』のスキルを持ってるみたいですね……S級に相当するレアスキルです。もし敵対することになったら危険です」
「いや……」
舗装の修理跡を凝視し、ガラムは思案する。
「思い出せ。事前調査した段階では、リオルード・ウォーリヴァーのスキルは『神冠の剥奪』。スキルを奪うスキルだったはずだ」
「……あっ。そうだ、そうでした。では、ゴーレムを生成したのは……」
「おそらくどこかからか調達した、新たなスキルだろうな」
「……っ」
部下が静かに息を飲む。
相手の危険性を理解したからだ。
リオルード・ウォーリヴァーはスキルを奪う。となれば、『ゴーレム生成』の他にも強力なスキルを持っている可能性は低くない。
「参ったな。なんつー厄介な仕事だよ……」
聞き込みの感触では、リオルード・ウォーリヴァーはフィオレ・L・シャーレイに悪感情を抱いていない。あの『破滅の魔女』が転がり込んできたというのに正面から受け入れている節がある。
「……大した器のでかさだよ。辺境領地の領主代行にしておくにはもったいねえな」
それゆえに恐ろしい。フィオレ・L・シャーレイを暗殺しようとすれば、おそらくリオルード・ウォーリヴァーとも事を構えることになる。正直、嫌な予感しかしない。
「今回は任務達成できないかもなぁ……」
「で、でも隊長のスキルならきっと……っ」
「ああ、まあなぁ……」
ガラムのスキルは黒暗の帝杖。
自身の周囲の重力を操ることができるスキルだ。
一応、クラスはS級である。
敵がどんなに強力なスキルを持っていようと、発動前に重力で押し潰してしまえば関係ない。もしもフィオレ・L・シャーレイの『エナジー・ドレイン』が暴走しても、その時は重力で地中深くへ封印する手筈だ。魔力を吸い取る相手もいない地面の底ならば、さすがに殺しきることができるだろう。
ガラムだけではなく、部下たちも『刃の生成』や『炎操作』など戦闘向きのスキルが揃っている。リオルード・ウォーリヴァーがどれだけ多くのスキルを持っていようと、さすがに対応できるはずだ。さらには――。
「よっ……と」
ガラムは欄干に腰掛け、自身のステータスを開く。
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〇ガラム・ホーク
体力:970
魔力:1020
攻撃:1100
防御:860
敏捷:1000
スキル
・黒暗の帝杖――Lv40
――――――――――
ガラムの基礎数値はどれもが1000前後。
これはなんと――王都の聖騎士に迫る戦闘力である。
スキルのレベルも40に到達しており、これは数十年戦い抜いた熟練兵の領域だ。ガラムがまだ30代になったばかりであることを考えると、驚異的なレベルだった。
リオルード・ウォーリヴァーが未知のスキルを持っていても、これほど高ステータスのガラムならば地力だけでも押し込める。常識で考えれば、そう断言できるほどの数値だった。
「……まあ、なんとかなるか」
ステータスを確認して己を鼓舞し、ガラムはウォーリヴァーの屋敷の方へと目を向ける。
「悪いけど、こっちも仕事だからな。……暗殺させてもらうぜ、『破滅の魔女』」




