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第12話 婚約者の手作りサンドウィッチ

「え、昼も一緒!?」

「そのつもりよ。……文句ある?」


 やたら緊張しながら朝食を済ませた後。

 俺は執務室で領主代行の書類仕事をし、午前の分を終えて『ふう、やれやれ……』と一息つきながら廊下に出た。


 その廊下で忠犬のように待っていたのは、フィオレ。

 彼女の手には蔦で編まれたバスケットが握られていた。


「あー、その……でも俺、昼は中庭で摂ることが多いんだ。ずっと執務机に座ってるから肩凝っちゃってさ」

「知ってるわ。だからいつもメイドたちにサンドウィッチを頼んでるのでしょう。メイジーから聞いたわ」


 フィオレは両手で持ったバスケットを示す。

 なるほど、準備は万端というわけだ。


「いいの? 王都の淑女は外で食べたりしないんじゃ……」

「ピクニックぐらい王都の人間でもするわ」

「ああ、そうか、そりゃそうか」

「なに? 私がいると迷惑?」


 宝石のような瞳でじっと見つめられた。

 俺はしどろもどろになってしまう。


「もちろん迷惑じゃない。迷惑じゃないけど……緊張する」

「緊張? どうしてよ?」

「そりゃ……」


 俺のことを好きっぽい女の子がそばにいたら緊張する。

 と言いかけて、慌てて踏み止まった。

 危ない危ない。またデリカシーのないことを言ってしまうところだった。


 こういう時、紳士はどう言葉を返せばいいのだろう。

 一応、俺も男爵家の跡取りだ。取り繕うための言葉ならば思いつく。


「君が……」

「私が?」

「……とても綺麗だからだ。美人との食事は緊張するよ」

「――っ!?」


 その瞬間、フィオレの頬が色づいた紅葉のように赤くなった。彼女は視線を忙しなくさ迷わせ、そのまま押し黙ってしまう。


「フィ、フィオレ?」

「…………」

「フィオレってば」


 や、待って。

 本気で待ってほしい。


 取り繕うための言葉だったのに、そんなリアクションをされたら、こっちも鼓動が激しくなってしまう。


「ああ、すまない。違うんだ。今のは……っ」

「……お、お世辞が上手ね」


 俺が慌ててどうにかしようとしたところに、フィオレはブロンドの毛先を手いじりしながらつぶやいた。

 

「私を褒めてもサンドウィッチの味は変わらないわよ?」


 ……あ、そうか。なるほど、そういうことか。


 フィオレはどうやら冗談ということにして、この落ち着かない空気を処理してくれるつもりらしい。紳士としては情けない限りだが、ここは彼女の好意に甘えるしかなさそうだ。正直、こっちもいっぱいいっぱいである。


「そ、そっか、残念だ。ひょっとしたらデザートぐらいは増えるかもと思ったんだけど」

「デザートなら小さめのリンゴパイがあるわ。それで我慢してちょうだい」

「ああ、リンゴパイか。それなら普通に好きだから、普通に嬉しい」

「知ってるわ。だから入れたんだもの」


 知ってるって……ああ、メイジー辺りに聞いたのか。

 しかし『だから入れた』って言い方はひょっとして……。


 そうして話をしつつ、階段を下りて正面玄関から庭に出た。

 庭師のボローニャじいさん自慢の花園を横に見ながら、芝生の生えた広場へ。

 そのベンチに座ると、フィオレも隣に腰を下ろした。


「良い眺めね」

「だろ? ここが一番のお気に入りの休憩場所なんだ」


 目の前には先ほどの花園が広がっている。

 赤、青、黄色……様々な花が穏やかに風に揺れていた。


「はい、どうぞ」


 二人の間にバスケットが置かれ、フィオレが蓋を開く。

 そこには三角形のサンドウィッチとビスケットサイズのアップルパイが並んでいた。ハンカチで手を拭き、俺は早速サンドウィッチを口に運ぶ。


「……ん? これ……」


 いつもと味が違う。

 慣れ親しんだウォーリヴァー風の味付けではなく、ロイヤルバターがパンに塗られているようだ。それに卵の触感がいつもよりふわっとしている。レタスも多めみたいだな。あとの具材は……ああ、王都で人気のミルクトマトか。


 そうして味わっていると、隣から視線を感じた。

 見れば、フィオレがサンドウィッチにまったく手を付けず、こちらを凝視している。


「お味は?」

「ん?」

「サンドウィッチのお味はどうなの?」

「ああ」


 口のなかのものを飲み込み、俺は言う。


「すごく美味しい。いつもより上品な味わいで癖になるかも」

「あらそう。それは良かったわ」


 そっけない言い方だがその反面、めちゃくちゃホッとしたような表情だった。何やら動悸を押さえるように胸に手まで当てている。


 ひょっとして、とは思っていたけど……。


「もしかしてこれ、フィオレが?」

「ええ、そうよ。お口に合って何よりだわ」

「わ、わざわざ厨房に立って?」

「私も王都の令嬢だもの。料理でも裁縫でも多少の手習いはしてあるわ。ああ、ちゃんと料理人には許可を取ったから安心して」

「それは別に心配してないけど……」


 ウチの厨房は料理人の管轄だが、メイドたちもよく使うので、人の出入りについては別に厳しくはない。フィオレが頼めば、料理人も快く厨房を空けてくれたことだろう。


「でもまさか……フィオレが作ってくれるとは思わなかった」

「あら、どうして?」

「や、失礼かもしれないけど、あんまりそういうことしそうなタイプに見えないから」


「本当に失礼ね。まあ、確かに手習いはしていても自分から厨房に立とうと思ったことは一度もなかったわね」

「じゃあ、なんでまた」

「言わないとわからないの?」

「えっ」


 なぜか拗ねたような目で見られた。

 フィオレもそんな表情をするのか、と意外性に鼓動が高鳴る。


「見たかったのよ。私の作ったものを美味しそうに食べてくれる、あなたの顔が」


 そして彼女はふいっとそっぽを向く。


「それがなぜかは……」


 形のいい耳が赤く染まっていた。

 紡がれるのは囁きのような小さな声。


「…………察しなさい」


 心臓が胸から飛び出しそうだった。

 察する。勘の悪い俺でもさすがにこれは察する。


 そ、そっか。

 やっぱりフィオレは俺のことを……。


 自分でも驚くほどドキドキしながら、俺は残りのサンドウィッチとアップルパイを味わった。

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