第11話 元・悪役令嬢、わかりやすくデレる
「はぁ……」
「リオ様、朝からため息とか景気悪いですよー?」
朝のウォーリヴァー家。
テーブルに朝食が運ばれるなか、俺はついついため息をついてしまった。
それを咎めたのは、キッチンカートに載せた皿を配膳してくれているメイドのメイジーだ。おさげのピンク髪で、もちろんメイド服を着用。ウォーリヴァー家のなかでは最も俺を舐めているメイドの一人である。
「あー、悪い悪い。ちょっと考え事しててさ」
「珍しいですね、リオ様が悩んでるなんて。普段はまわりが引くほど即断即決なのに」
「え、引いてたの?」
「まあ、だいたい引いてますよ。リオ様の行動には」
「マジか……」
「マジです。マジマジです」
そう言いつつ、メイジーはスープの皿を俺の前に置く。
ちなみにフィオレの姿はここにはない。ウォーリヴァー家にきて数日が経つが、彼女はいつも自室で食事を摂っている。
「まあ、なんていうか、今回は即断即決ってわけにはいかない話なんだよ……」
「フィオレ様のことですか?」
「あ、わかる?」
「そりゃまあ、あたしもそこそこ長いことリオ様のメイドしてますから」
「その、なんていうかさ……」
メイジーは俺のことを舐めているが、それゆえいつも率直な意見をくれる。だから思いきって聞いてみた。
「フィオレって……俺のこと好きなのかな?」
「ひょっとしてですけど、それフィオレ様に直接聞きました?」
「え、あ、うん……聞いた」
「引くわー」
引かれた。
お付きのメイドに普通に引かれた。
「ダメでしょ? 絶対聞いちゃダメでしょ? リオ様、たまにマジでデリカシーないって言うか、本気のアホになりますよね。まったく、これだから童貞は……」
「ど、童貞は関係ないだろ!? 童貞は!」
「何度でも言いますけど、早めにあたしたちの誰かで卒業してれば良かったんですよ。言ってくれれば、いつでも天国見せてあげるのに」
ふざけ半分でメイジーはメイド服のスカートをチラッとめくる。いつものことなので俺は即座に逆方向を向いて視線を逸らした。
「だ、か、ら! ウチのメイドに手を出したりはしないっての」
「なんでですかー?」
「屋敷のみんなは俺の家族だ。不埒な真似は絶対にしない」
「…………」
なぜか返事がない。
「メイジー?」
「……本当、リオ様って罪な男ですよね。大切に想ってくれるのは心底嬉しいけど、そのせいで女としては見てくれないし……そういうとこ、すっごく好きだし、本気でムカつく」
「え? なんだって? なんて言っ――ちょお!?」
スープに激辛スパイスがだばだばと流し込まれていた。前世の世界のタバスコみたいなもので、本来はアクセントとして少しだけ入れるのが適量である。それがスープのなかでこんもりと山になっていた。
「こんなん飲んだら俺、死んじゃいますけど!?」
「すみません、ちょっと手が滑りまして」
「いや普通にだばだば入れてたよな!?」
「残さずちゃーんと飲み干して下さいね♪」
ハートが出そうなくらいのニッコリ笑顔だった。
完璧なメイドスマイルなのに圧がすごい。なんかすごい。さすがに俺も察した。
「……あの、俺、何かデリカシーのないこと言っちゃった?」
「はい」
真顔だった。
笑顔が一瞬で消え、真顔で短く『はい』だった。
これは逆らってはいけない、と本能が警鐘を鳴らす。
「……残さず飲ませて頂きます」
「よろしい」
俺は激辛スープの前で肩を落とし、その間にパンやサラダの皿も並べられていく。
「あとでフィオレ様に教えときますね。リオ様は雑に扱うくらいでちょうどいい、って」
「あのさ、それ絶対、メイドが言うセリフじゃないからな……」
「いいんです。ウォーリヴァー家のメイドはこうなんですよ」
「はぁ、左様ですか……」
さらに肩を落としていると、グラスにミルクが注がれていく。
「そういえば、町で噂になってましたよ?」
「噂?」
「ええ。リオ様が診療院で子供たちの瘴気わずらいを治したとか、ギルドの依頼でS級モンスターを倒したとか、その後で大金寄付したとか、あとは橋のところでゴーレムみたいなのを出してたとか。人助けとか寄付とかはいつものことですけど、その他のことはなんなんです?」
「ああ、それはスキルを使ったんだ」
「スキル? リオ様のスキルってなんか悪役っぽいやつじゃなかったでしたっけ?」
「神冠の剥奪な。それを使って、フィオレの『エナジー・ドレイン』を俺に移したんだ」
「あー」
皆まで言う前にメイジーは納得顔になった。
「つまりフィオレ様のために町でなんやかんややってた、ってわけですか」
「おお、理解が早い。さすがウチのメイド」
「ふふん、ま、それ程でもありますけどね」
何やら機嫌が直ったらしく、メイジーは得意げに胸を張る。
「仕方ありません。激辛スープの刑は免除してあげましょう」
そう言うと、メイジーは指先をくるっと回して、力ある言葉を放つ。
「『ミルミル・ミラクル』」
すると皿のまわりに魔力の光が灯り、スープと激辛スパイスが分離された。スパイスの粒だけが宙に浮き、小瓶のなかへと戻っていく。
今のはメイジーのスキル『ミルミル・ミラクル』。
何かを混ぜたり、混ざったものを分離したりするスキルだ。料理の時短に使ったり、洗濯物の油汚れを取る時に重宝しているらしい。
「はい、どーぞ。美味しいスープを召し上がれ」
「ありがたい……っ」
俺はメイジーを拝んで感謝し、スプーンで美味しいスープを飲み始める。
ちなみに俺がフィオレの『エナジー・ドレイン』を得たことについては、とくに隠すつもりはない。ウォーリヴァー家のみんなに対しても、もちろん領民のみんなに対してもだ。
王都にはフィオレに意趣返しを狙う貴族たちがいる。そこに俺が『エナジー・ドレイン』をレベルアップさせているという話が伝われば、多少の牽制にはなるはずだ。それで思い留まってくれれば良し、そうでなければ相応の対応をすることになる。
「で、フィオレ様の件ですけど」
俺がスープを飲み終えたタイミングで、皿を下げつつ、メイジーが切り出した。
「これも町で聞いたんですけど、なんか川沿いでリオ様がブロンド美女をよしよししてたとか?」
「……あ」
目撃者がいたのか。
いやそりゃ見られるはずだよな。
普通に町中だったし。
「そんなことされて、好きにならない女の子がいると思います?」
「……お、おおう」
呆れ混じりのメイジーに言われ、俺は背筋が伸びる。
え、じゃあまさか……。
本当にフィオレは俺のこと……。
「あとフィオレ様、今日は自室で朝食は摂られないそうですよ」
「へ? どういうこと?」
「そういうことです。いつになるか分からないのでまだ配膳はしないでおきましたけど、廊下から足音が聞こえてきましたね」
メイジーの言う通り、扉の向こうからコツコツ……と靴音が聞こえてくる。
するとちょうど執事と会ったのか、その声も聞こえてきた。
「おや、フィオレ様。朝食でございますか?」
「え、ええ……まあね」
屋敷のみんなは当初、『破滅の魔女』としてフィオレのことを警戒していたが、俺が彼女を受け入れたことを察して、俺と変わらない接し方をしてくれている。
「でしたら、どうぞお入り下さい。ちょうどリオ様も朝食を摂られているはずですので」
執事が扉を開ける。
靴音が柔らかく響き、美しいブロンドが窓からの朝日で輝く。
フィオレだ。俺は驚いて、思わず馬鹿なことを聞いてしまう。
「え、な、なんで……?」
「悪い? 今日から朝食はこっちで摂ることにしたの」
彼女は居心地が悪そうに身動ぎする。
そして赤面しながら、蚊の鳴くような声でつぶやいた。
「……あなたと一緒に食べたいから」
あまりに可愛すぎて、俺は硬直。
執事が「おやおや」と笑みを浮かべ、メイジーも「あらあらぁ」とニヤついていた。




