第10話 まさかフィオレは俺のことが好きなのか……?
なんとなくずっと思っていたんだが、ファンタジー小説『ファラウェル王国物語』の悪役フィオレと、俺と出逢ったフィオレはあまりに印象が違い過ぎる。
その謎が解けた気がする。
おそらく『ファラウェル王国物語』のフィオレは王都での事件をきっかけに傷心し、そしてこのウォーリヴァー領で悪役貴族のリオルードに感化され、完全に闇堕ちしてしまったのだろう。
リオルードがフィオレの巻き添えで主人公に斬り殺されるのは、自業自得だったわけだ。しかしおかげで俺にも希望が出てきた。
俺は彼女を闇堕ちなんてさせない。
むしろアゲアゲに光アゲさせてやる。
そうすればフィオレはウォーリヴァー領を壊滅させる魔女になんてならないし、俺もバッドエンドにはならない。一挙両得というやつだ。
「……よし、頑張るぞ」
などと小声で決意しているうちに屋敷に着いた。
子供たちのボールを取ってやった川から二十分といったところか。
フィオレの涙はまだ完全には引いておらず、執事やメイドたちに見られると恥ずかしいと言うので、中庭で少し時間を潰すことにした。
花園前の長椅子に並んで座る。
空はだんだんと夜のヴェールに包まれ始め、ちらほらと星が輝き始めていた。それを見上げながらフィオレがぽつりと問う。
「リオは……」
リオルードではなく、リオ。
俺は思わず彼女の方を向く。
「……なに?」
「いや初めて愛称で呼んでくれたな、と思って」
「い、いいでしょう、別に。愛称ぐらい使うわよ。もうあなたに……よ、寄り掛かるって決めたんだから」
ぷいっと顔を背けられてしまった。
俺は自分のあご先に指を当て、名推理をする。
「フィオレ、照れてる?」
「黙りなさい!」
推理は的中のようだ。
でも怒られてしまった。
逆方向を向いたまま、彼女はさっきの言葉の続きを口にする。
「リオは……」
また怒られそうなので今度は茶化さない。
「……どうしてそんなに人を助けようとするの?」
「ん?」
「それが領主代行の仕事だから、というのは何度か聞いたわ。でもそれだけじゃないのでしょう? あなたの行動からは仕事以上の熱意を感じるわ」
「熱意って程のものじゃないけどな……」
どう説明したらいいものか、と俺は軽く頭をかく。
適当に誤魔化すことはできるだろう。
しかしそれは彼女に対する誠意に欠ける。
たぶんこれは……ちゃんと答えなきゃいけない問いだ。
「君も知っての通り、以前の俺は褒められた人間じゃなかった」
ウォーリヴァー家に嫁ぐに当たって、彼女は俺のことを色々調べているはずだ。当然、8歳までの悪童なリオルードのことも詳しく知らないわけがない。
その頃の記憶は、当然ながら今の俺も持っている。領主の息子という権力を笠に着て領民たちに威張り散らし、雇いの騎士たちを使って領内で暴れ回っていた。今思い出しても、本当にどうしようもない人間だった。
「でも8歳の頃、『照覧の儀式』で神官の魔力が逆流して死にかけて……」
前世の記憶が蘇った。
生まれる前の俺はスキルとは無縁な世界で生きていた。その頃の常識を思い出すことで、生まれて初めてリオルード・ウォーリヴァーという人間の愚かさに気づいた。
今の俺は前世の俺でもあり、現在のリオルードでもある。
転生のことはさすがに彼女に言うことはできない。
だけど自分の核心の部分だけは嘘偽りなくフィオレに伝えようと思った。
「あの頃の俺は……きっと他人なんてどうでも良かったんだ。でも死にかけて、『他人がどうでもいい』なんて生き方ががどんなに淋しいことなのか、ようやく気づけた」
「……」
「だから思ったんだ。――ちゃんと人の輪のなかで生きたい、って」
そこからはもう無我夢中だった。
迷惑を掛けた人たちに土下座をしてまわり、補償できることは補償し、手助けできることはなんだってやった。
もちろん8歳児にできることには限界があったが、両親が熱心に協力してくれて、少しずつ領民たちに許してもらえるようになっていった。次第に打ち解けて話せるようにもなり、困ったことがあったらみんなが俺を頼ってくれるようになった。
それが嬉しくて、あちこち駆け回って、やがて俺は気づいた。
「人と人とが助けたり、助けてもらったり……そうやって世界は回ってるんだと思うんだ」
「…………」
「だから俺は別に特別なことをしてるわけじゃない。領主代行っていう立場があるから出来ることは多いけど、俺だってウォーリヴァー領のみんなに助けてもらうことがよくあるしな」
「あなたは……」
「ん?」
ふいにフィオレがこちらを向き、ブロンドの髪を揺らして穏やかに微笑んだ。
「あなたは自分で見つけたのね。本当の自分を」
瞬き始めた星空の下、その笑顔があまりに魅力的で俺は一瞬「……っ」と言葉を失った。
彼女は唇に緩やかな弧を描いている。
「あなたが品行方正なだけの人間じゃなくて安心したわ。あなたも間違い、悔い改め、努力して、その結果として今のあなたがある。それなら私もいつかきっと……とそう思える」
そっと吐息をはくように彼女は囁く。
「……婚約者にあなたを選んで良かった」
「えっ」
「え?」
「あ、いや……っ」
俺は思わず声を上げてしまい、フィオレに驚いたような視線を向けられて、ついしどもどろになってしまう。
「なんか最後に意外な言葉が出てきてびっくりしただけ。ごめんごめん」
「意外って……なにが?」
「や、俺を婚約者に選んで良かった……とか」
「あなたは私の婚約者でしょう?」
「ああ、うん、もちろんそうだけど……」
なんて言えばいいんだろう。
俺は最初、彼女をバッドエンドのフラグだと捉えていて、その次はなんとしても救わなきゃいけない相手だと思っていた。
だって『私を殺して』なんて言われたら、どうにかしなきゃいけないと思うのが人情だ。おかげで婚約者とかそういう立場については、わりと二の次に考えていたところがある。だからこそ、口八丁にデートとか言えた面もあった。
でも今のフィオレの感情深い言葉はまるで、その……。
こんなことを聞いていいのだろうか。
ひょっとしたらデリカシーの足りない発言かもしれない。
しかし先々のことを考えると、はっきりさせておくべきことだ。
「その、フィオレ、もしかしてなんだけど……君は俺のこと……」
やばい。
顔が熱い。
「……す、好き?」
「――――っ」
一瞬、間が空いた。
彼女はまるで『時間停止』のスキルを喰らったかのように硬直している。
だが次の瞬間だった。
「は、はあっ!?」
ボォッと燃えるように赤面した。
今度は炎系のスキルを喰らったかのような赤面ぶりだった。
「あ、あなた、そういうことを正面から聞く!? デリカシーがないにも程があるわよ!?」
「やっぱデリカシーないかーっ! いやでもすごく大事なことだし! 一応、身の振り方は色々用意してあるんだっ。君がウォーリヴァー家を出て自立したくなった時のための引き受け先とか、婚約を破棄するための根回しとか……っ」
「婚約の破棄!? 私にここまで覚悟を決めさせておいて、そんなことをしたら生涯許さないわよ!?」
「えっ!? ってことはやっぱり俺のこと好きってこと……!?」
「――っ!? だ、黙りなさい!」
耳まで真っ赤にして怒られた。
結局、この日は彼女の真意を明確に聞くことはできず、屋敷のなかに入るまで怒られ続けてしまったのでした。




