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第二章:再出発の夜④

   ◇◇◇


 冷たい夜風がレイシャのさらさらとした長い銀髪を揺らしていた。胸元に下げたルビーの欠片を散りばめたネックレスが星灯りを反射して微かなきらめきを見せている。彼女は夜の闇を見つめながら、ローブの裾から覗く膝を抱え、深々と溜め息をついた。

 昼間のルテルナにおける戦闘のことを思い返すと頭が痛かった。先程も夕飯の際にそのことで大揉めに揉めたばかりだった。


 ただでさえぎすぎすとした関係の自分たちの夕飯が荒れる端緒となったのはレイシャの発言だった。

「ロイス。どうしてあんなことをしたの? 私たちは人質を取られていたのよ!」

 ルテルナで発砲したこと赤髪の寡黙な青年をレイシャが咎めると、彼は藍色の暗い目で彼女を見返してきた。

「……あのジレイアという女が、俺たちの両親の仇だからだ」

「だけど……! あの状況で撃てば、彼女が殺されることくらい予想できたでしょう!?」

 つい感情が昂ってしまい、レイシャの語気が強くなる。すると、レイシャの口撃から兄を守るようにナリアが口を挟んだ。

「伝説の《藍玉の賢者》様にはあたしたちの気持ちなんてわからないんでしょ! お父さんとお母さんがあの女に殺されてどれだけ悲しかったか! あたしを守るために村を見捨てて逃げたお兄ちゃんがどれだけ苦しい思いをしたか!

 それに勝手なことをするなって言うけど、一番勝手なのはあんたじゃない!」

 ナリアの水色の瞳にははっきりと怒りの色が浮かんでいた。シスルと共に食事をしていたヴェーゼも厳しい眼差しをレイシャへと向けると、

「そうですね。今日のあなたの独断専行ぶりはあまりにも目に余るものでした。かの聖戦を戦い抜いた《藍玉の賢者》だからといって驕るのも大概にしてもらえませんか」

「……」

 ナリアの指摘もヴェーゼの言葉ももっともなもので、レイシャは押し黙る。レイシャはスープが残る碗を地面に置くと立ち上がる。

「逃げるのですか?」

 追い討ちをかけるようなヴェーゼの問いに、いえとレイシャは首を横に振る。

「少々、辺りの見回りに。すぐ戻ります」

 我ながら、あまりにも見え透いた言い訳だとは思った。けれど、このままここに居続けるのは居た堪れなかった。

 レイシャは自分の荷物から花の意匠の杖を手に取ると、踵を返した。


 見回りに行くと嘘をついて仲間たちの元を離れて一時間ほどが過ぎていた。戻らないと、とは思うもののあのようにして出てきてしまった以上、何だか戻りづらい。外套を置いてきてしまったせいで、いい加減体が冷え切ってしまっていたが、それでもまだどうしても仲間たちの元に戻る気に離れなかった。

 背後から誰かが近づいてくる足音がした。「空舞う風花よ、大地に根付き、銀氷の種を芽吹かせよ」レイシャは警戒し、牽制のために呪文を唱え始める。

「レイシャ、探しましたよ」

 聞き覚えのある声に名前を呼ばれ、レイシャは詠唱を中断する。そこには茶色い髪に紫の双眸の教会騎士の青年が困ったような顔で立っていた。ヴェーゼ、とレイシャは戸惑いながらも彼の名前を呼び返す。

「あなた、シスルのそばについていなくていいんですか」

「シスルなら、ナリアと何か話してましたから。ナリアの近くにはロイスもいますから、シスルに危険が及ぶことはまずないでしょうし、仮に何かあったところで彼女も自衛の術くらいは心得ていますから。

 それよりもレイシャ。あまりにも戻って来ないから、何かあったのではないかと心配したではないですか」

 心配。ヴェーゼの口から思いがけない言葉が出てきて、レイシャは目を瞬かせた。てっきりヴェーゼには嫌われているものだとばかり思っていたから何だか意外だった。それを伝えるとヴェーゼは苦笑しながら、レイシャの隣へと腰を下ろす。女性が体を冷やすものではないですよ、と彼は白い騎士服の上着を脱いで、レイシャの肩へかけてやると、

「あなたはしっかりしているつもりなんでしょうけれど、見ていて意外と危なっかしいですからね。シスルよりもよほど目が離せませんよ」

 この騎士が自分のことをそんなふうに見ていたのだと思うと情けなかった。余計なお世話です、とレイシャは肩にかけられたヴェーゼの上着の襟元を手繰り寄せ、顔を埋めた。ヴェーゼの体温が残る服からほのかに香るシダーウッドの甘く落ち着いた匂いにそこはかとなく男を感じて、わけもなくレイシャの心はざわめいた。レイシャははあ、と冷え切った手のひらに息を吹きかけながら、

「私……どうしたらいいんでしょうね。王命で仕方なくとはいえ、このメンバーで魔王討伐なんて……せめて、私がしっかりしないとって思うのに、上手くいかなくて、ずっと空回りしている気がするんです……」

 ついぽろりと弱音がこぼれた。いつものように嫌味をぶつけられるものだと覚悟していたのに、仕方のない人ですね、とヴェーゼはレイシャの銀髪へとごつごつとしたその手を伸ばしてきた。顔を上げて彼の顔を見れば、その表情は意外にも優しかった。

「あなたは一人で抱え込みすぎなんですよ。気負いすぎです。昔は――二百年前の聖戦のときは、きっとこうじゃなかったはずでしょう?」

 ヴェーゼの言う通りだった。かつての聖戦のときは、元々王国軍の要職にあったアラドが皆をまとめ、引っ張ってくれていた。大切な話はちゃんと皆と相談し、仲間の話にきちんと耳を傾ける彼は生い立ちも境遇もばらばらの自分たちにとって頼もしいリーダーだった。レイシャ自身、気になることがあれば彼と話をすることも多かったし、彼もきちんと自分と向き合ってくれた。どうして、自分にはそれができないのだろう。

「もう少し、肩の力を抜いてください。あなたは誰かを頼り、その荷物を預けることを覚えるべきです。かつての聖戦を戦い抜いたあなただって、一人の人間……いえ、エルフでしたね。ですが、人間だろうがエルフだろうが、ひとりではできることには限界があるんです。

 それに、お互いを頼り、頼られることで信頼は生まれていくものです。相手を信じ、強いところも弱いところも見せ、補い合えるのが仲間というものではないでしょうか?」

 確かにそうだった、とレイシャは思う。二百年前の自分たちはそうやって互いに支え合いながら、旅を続け、最終的に魔王を追い詰めたのではなかっただろうか。

「だけど、今更ではないでしょうか……」

 レイシャが不安を口にすれば、いいえ、とヴェーゼはそれを否定する。

「まだ遅くありませんよ。それに、私はあなたが何を思っているのか知ることができて安心しましたし、ようやく少し心を開く気になってくれたんだと思うと嬉しかったですよ。

 レイシャ、覚えておいてください。あなたは一人じゃないんです。あなたが辛いときや不安なときは、あなたが私がこの手で支えます」

 そう言ったヴェーゼの紫の目はひどく真摯で、初めて王都の教会墓地で会ったときの彼をレイシャは思い出した。ヴェーゼの目にイェルンと似た印象を見出したのはこのまっすぐな眼差しがゆえだ。

 はい、と頷くと、レイシャは戸惑いながらもほんの少し体を傾けて体重を彼の肩へと預ける。ヴェーゼは淡い笑みを浮かべて、ぽんぽんとレイシャの髪を撫で続けた。

「ヴェーゼ、今日は優しいんですね。いつもと違う人みたい」

「……別に、いつもだって私も言いたくてあんなこと言ってるわけじゃないですよ。誰かがああやって悪者にならなければ、あなたへの不平不満が噴出して、旅どころじゃなくなっていたでしょうから。別にあなたのことが嫌いなわけではないです、勘違いしないでくださいね」

 レイシャの口をついて出た言葉に、憮然としてヴェーゼは言い返す。この言葉の端々からどこか拗ねたような空気を感じ取って、レイシャはくすりと笑う。この人は必要ならば、自分が悪役になることも厭わない優しい人だ。彼は一見スマートそうなのに、不器用で優しい人なのだと思うと何だか少しおかしかった。

「レイシャ。あなた、ようやく笑いましたね。城で引き合わされてからのあなたはずっとぴりぴりと張り詰めていて、気軽に話しかけられるような雰囲気じゃありませんでしたから。

 あなたはそうやって笑っていたほうがずっといいです。今みたいにそうやって笑っていれば、きっと他の皆ともすぐに打ち解けられますよ」

 いつもならば心をささくれ立たせるだけの彼の言葉に今は素直に頷けた。もしかしたら、髪に触れる手の心地よさと触れ合った彼の体の温かさがそうさせたのかもしれなかった。

 こうして誰かに触れられるようなことは、イェルンを失って以来久しくなかったというのに、なぜか嫌な気はしなかった。何となくあともう少しだけこうしていたいような気がして、レイシャはしばらくそのまま動かなかった。

 暗がりに潜む虫たちが、二人のために控えめながらも美しい夜想曲を奏でていた。


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