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第二章:再出発の夜③

   ◆◆◆


 戦場を金髪の少女が舞っていた。弦楽器を背負った少女はナイフを閃かせ、黒髪の少年に襲いかかろうとしていた魔族の腕を斬り裂いた。

「イェルン、遅いわよ! ぼさっとしてるとこっちがやられる!」

「ごめん、リオーネ……」

 本来後方からの支援を担うはずである吟遊詩人のリオーネに間一髪というところで助けられ、イェルンは項垂れる。まあまあ、と片手剣とダイアモンドが嵌め込まれた大楯を手にした男が近づいてきて、

「リオーネ、これでもイェルンはちゃんと成長してはいるんだ。そう責めてやるな。

 だが、イェルン、お前はその剣に選ばれたんだ。だから、その剣に見合う使い手であるための努力を決して怠るなよ。これを切り抜けたら今夜も稽古だ、忘れるんじゃねえぞ?」

 男は面倒見の良さそうなその顔ににっとした笑みを浮かべながら、盾で魔族の攻撃を受け止める。そのまま攻撃に転じ、強烈な斬撃を魔族へと見舞った。

「リオーネ、イェルン、アラド。ぺちゃぺちゃとくっちゃべってんじゃないよ。戦闘に集中しな!」

 赤毛を高いところで結い上げた娘の声と共に矢の雨が降り注いだ。矢傷を負った魔族たちの動きが次第に鈍っていく。

「清き焔よ、世界の穢れを灰と化せ」

 アリアが作ってくれた魔族たちの隙に乗じて、レイシャは彼らに止めをさすための魔法を詠唱し始める。レイシャは呪文を紡ぐ唇を止めると、仲間たちの顔を見渡し、

「皆、避けてちょうだい! ブレイジング・バースト!」

 大きなアクアマリンが嵌まった国王から下賜された杖――《青の魔杖》を通じてレイシャの魔力が大量に放出され、大爆発が起きる。爆発に巻き込まれそうな位置にいたリオーネは吟遊詩人にあるまじき軽い動きで飛び退ってそれを避け、アラドは己の大きな盾の陰で熱い爆風をやり過ごす。「わっ、熱っ!」わずかに避け遅れたイェルンの黒髪の先を火の粉が焦がした。

 こうして、戦場となっていたヴェルリナ平原における戦いは魔王討伐部隊の勝利で幕を閉じた。

 レイシャの魔法によって、甚大な被害を負わされた魔族たちが敗走していくのを見届けると、彼らは陣形を崩し、互いを労い合い始めた。

「リオーネ、戦闘中に勝手に陣形を崩すんじゃない。何度も言わせるんじゃないよ」

「でも、私、近接戦闘のほうが得意よ? さっきだって見たでしょう?」

「……お前が陛下から賜ったその《緑の風弦》は何のためにあると思ってるんだい?」

「うーんと、《翠玉の歌姫》としての身分証代わりみたいな?」

 微妙に気の抜けるやりとりを繰り広げているリオーネとアリアへと近づいてきた神官の青年は、

「二人ともお疲れ様です。二人は特に怪我はないですか? よかったら治療しますよ」

「セリス、お疲れー! 私は大丈夫だよ。ありがとう」

「あたしも問題ない。ただ、さっきイェルンにレイシャの魔法が掠ってなかったかい?」

 アリアに指摘されて、セリスは優しげな緑色の目を黒髪の少年へと向ける。セリスはおや、と片眉を上げると、

「どうやら、私が治療するまでもないみたいですね。ここで私が割り込むのは無粋でしょう」

 セリスの視線の先ではレイシャがイェルンの頬の火傷の手当てをしていた。レイシャは魔法で小さな氷を生み出し、イェルンの頬を冷やしている。

「ごめんなさい、イェルン。大丈夫?」

「レイシャは悪くないよ。悪いのは避けられなかった俺なんだからさ」

「でも……」

 レイシャはイェルンの手へと視線を落とした。彼の手は豆が潰れていて痛々しい。手以外も細かな傷が散見され、日頃の彼の努力が偲ばれた。

 イェルンは駆け出しの剣士だったにも関わらず、一体どういう運命の因果か聖具である《赤の聖剣》に持ち主として選ばれてしまった。ヴィリア国王のローゼルから《赤の聖剣》を下賜されたことで、イェルンはレイシャたちとともに魔王討伐の旅に出ることを余儀なくされた。

 大きく重量のある両手剣である《赤の聖剣》を使いこなすため、そして戦闘において他の仲間たちの足を引っ張らないようにと、王国軍の軍人であったアラドにイェルンは教えを乞うていた。この旅が始まってからというもの、一日も欠かさず朝晩にイェルンがアラドに稽古をつけてもらっているのをレイシャは知っている。

 彼はまだまだ未熟で弱い。けれど、決して弱音を吐かずに頑張るその姿はレイシャの目には眩しく映っていた。

 この少年を支えてあげたい。氷で冷やし終わったイェルンの頬を薬品で治療してやっていたレイシャの胸に唐突にそんな思いが湧き上がってきた。

「レイシャ? どうかした?」

 子供から大人へと移り変わりつつある少年の顔をレイシャがぼんやりと見つめていると、イェルンが訝しげにそう聞いた。何でもないわ、とレイシャはかぶりを振る。知り合って間もない異性の顔をこんなふうに見つめるなどはしたない。レイシャは長く尖ったエルフ特有の耳が熱くなるのを感じた。そういえば先ほどから治療の手も止まっている。

「イェルンの治療が済んだら出発するぞ。もう少し進めば水場があるはずだから、今日はそこで野宿にする。魔族どもと交戦した後だ、今日はなるべく早く休むぞ」

 皮袋の水で喉を潤していたアラドは仲間たちを見回してそう宣言した。なぜか彼がレイシャとイェルンを見る目はにやにやと細められている。

(もう、アラドってば面白がって……)

 レイシャは手早く治療を済ませると、立ち上がった。しかし、そのときの彼女はアラド以外の仲間たちからも同様の視線を向けられていることに気づいていなかった。


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