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第二章:再出発の夜②

 ルテルナへと着くと、これはまずいわねとレイシャは顔を曇らせた。建物は壊され、魔族に殺されたのであろう人々の骸が点々と転がっている。

 武器を扱える男たちは襲いくる魔族たちと対峙し、村を守ろうとしているが明らかに圧されている。

「加勢するわよ!」

 そう言うとレイシャは花を象った意匠の杖を抜き放つと走り出し、「天を巡る神の吐息、我の元に集い、大気を震わす疾風となれ」呪文を詠唱しながら戦いの中へとその身を投じていく。はあ、とため息をつくと、ヴェーゼは忌々しげに長い銀髪を靡かせて走るその背を睨みつけ、

「あの人は……! 魔法を使う身で前に出るなんて、無茶なことを……! まったく、仕方ないですね……!」

 ヴェーゼは鞘から二振の細身の剣を抜く。素早い攻撃を繰り返し、手数で攻めることを是とする彼の武器は、敵の重い攻撃を受け止めるのには不向きだが、そんなことは言っていられない。ヴェーゼは双剣を手にレイシャを追った。

「セレスティアル・ウィンド!」

 銀糸の刺繍が美しいローブの裾を翻してレイシャは魔族と村人たちの間に体を割り込ませると、風の魔法を発動させ、魔族たちの攻撃の軌道を明後日の方向へと逸らす。突然の乱入者の存在に魔族たちはどよめいた。

「おい、そこのエルフの女! 貴様、何者だ!」

「ヴィリア国王から魔王の討伐のために遣わされた者よ」

 目の前の魔族たちを見据え、そう言い放つと、レイシャは背後に庇った村人たちへちらりと視線を向ける。

「ここは私たちが引き受けるわ。あなたたちは他の人たちを連れて村の外へ逃げるのよ」

「あ……、ああ」

 男たちが頷いたのを確認すると、レイシャは杖を構え、再び詠唱を始める。

「聖なる鉄槌よ、彼の者を繋ぎ止める楔となれ! ディヴァイン・スパイク!」

 レイシャの杖から稲光が走る。ちょうど追いついてきたヴェーゼを掠めるようにして雷撃は飛んでいく。

「レイシャ、あなたという人は、勝手に先走って……! それにどこに向けて魔法撃ってるんですか!」

「それはヴェーゼがいきなり乱入してくるからでしょう!」

「大体、あなた前に出たところで戦えないでしょう!? 私の負担も考えてください!」

「あなたに守ってほしいなんて言っていないでしょう!? 自分で自分の身くらいは守れますし、そもそも私たちにはイーリンがいるでしょう!?」

「レイシャ、あなたは思い違いをしています。あの人は……いえ、この話は後にしましょう。奴らが来ます」

 二人で言い合っている間にレイシャの魔法で麻痺していたはずの魔族たちが復活したらしく、武器を振りかぶり、襲いかかってきている。ヴェーゼは双剣で魔族の攻撃を受け流すと、そのまま反撃に転じる。どうしてイーリンは来てくれないのだろうと思いながら、レイシャは防御力を一時的に底上げするための魔法を詠唱し始める。

「大いなる大地の母よ、我らに慈悲を、守護を与えよ! ガイア・ベネディクトゥス!」

 柔らかな光がヴェーゼとレイシャの体を包んだ。これで多少の負傷は気にせず戦えるが、どうして重戦士であるはずのイーリンが前へと出てこないのか。常々胡散臭いとは思っていたが、まさか自分たちを見捨てて逃げ出したのではないだろうか。そんな疑念を抱きながら、背後を振り返ると、イーリンは小銃を構えていた。

 彼女の持つ武器をよく見れば、銃身にナイフのようなものが取り付けられている。銃剣というやつだろうか、とレイシャは思う。何にせよ盾役には程遠い武装だ。前に出て仲間を攻撃から守るよりはどちらかというと中距離からの支援に向いているように見える。

「闇を切り裂く一条の光、煌めく刃となり、彼の者を貫け」

 レイシャは呪文を唱えながらも、背後に控える面々に視線を走らせていく。本来、中距離からの攻撃を担うべきナリアは兄を守るようにロイスの側にべったりと張り付いているし、回復役であるはずのシスルは美しい羽の意匠の杖を手になぜか前に出てこようとしている。あまりにもお粗末な現状に頭痛を覚えながらも、レイシャは魔法を放つ。

「レディアント・ストライク!」

 レイシャの杖から魔族たちへと向けて一直線に光が放たれる。怯んだ魔族たちへとヴェーゼは斬撃を叩き込んでいくが、近くで矢継ぎ早に呪文を唱えていくレイシャを気にしているのかどうにも動きがぎこちない。

 ヴェーゼが切り崩した魔族たちの背後に魔法陣らしきものが見えた。ナリアの話から察するにいくつもの魔法陣を併用した大掛かりな魔法を魔族たちは発動しようとしているようだったが、一つでも潰してしまえば魔法は発動できない。

「胎動する大地よ、世界の深淵へ全てを呑み込め! ティエラ・ブレイク!」

 みしみしと音を立てて地面へと亀裂が走る。地面に描かれていた魔法陣はレイシャたちと交戦していた魔族たちとともに突如現れた地割れの中へ飲み込まれ、姿を消していく。

 とりあえずこれで村を吹き飛ばされることはないはずだとレイシャが胸を撫で下ろしていると、遠くで悲鳴が聞こえた。先ほどレイシャたちが逃したはずの男の一人の頭が地面に落ち、妻らしき女が涙を流しながら男の名を叫んでいる。人々は魔族たちに拘束され、引きずられるようにしてどこかに連れて行かれようとしている。

(まさか……この魔法陣は陽動……!)

 魔族たちの狡猾さを忘れていたわけではない。ただ自分が甘かったのだとレイシャは己を呪った。最初から、魔族たちはレイシャたちが魔法陣に気を取られているうちに人々を人質として捕らえる心積もりだったのだろう。

「氷狼の遠吠えよ、厳寒の冬を呼ぶ旋律となれ」

 呪文を口の中で呟きながら、レイシャは人々を解放するために駆ける。ああもう、と嫌そうにぼやきながらヴェーゼが後ろからついてくるのを感じる。

 レイシャが魔法を放とうとしたとき、目の前に女が立ちはだかった。紫紺の長い髪に紅の双眸。頭から生えた立派な角に剥き出しの背中から生える黒い翼。手には魔力を纏った鎖鎌が携えられてこそいるが、露出の激しいてろりとした質感の上質だが場違い感の否めない真紅のドレスに身を包んでいる。

(こいつはたぶん高位の魔族だわ……それも、魔王に重用されているような……!)

 魔族の女は色気のある流し目をレイシャたちへと向ける。近くで縛り上げられた村人の娘が怯えたようにレイシャを見上げている。魔族の女は鎖鎌の刃先をすっと娘の首元へと充てがうと嫌な笑みを口元に浮かべた。

「そこのエルフ。あたくしがこの娘の首を落とすのと、お前の魔法があたくしに届くのとどちらが早いかわかりますわよね? 余計な真似をすれば、この娘の命はありませんわよ」

 娘の首に鎌の刃先が食い込み、うっすらと血の筋が浮かぶ。レイシャはぐっと奥歯を強く噛み締めると、発動しかけていた氷の魔法を中断する。こうして人質を取られてしまっては迂闊なことはできない。レイシャの杖が纏っていた魔力が霧散して空気中へと消えていく。

「あなたは誰? 何が目的なの?」

 せめてもの抵抗と言わんばかりにレイシャは魔族の女を緑色の目で強く睨みつける。あら嫌ですわ、と女は舌で唇を舐めると、

「お前、何か勘違いをしていなくって? お前に質問の権利などありませんわよ。

 でもいいでしょう。特別に答えて差し上げますわ。

 あたくしはジレイア・シェイリーン。今上陛下ザグスト・イグル・ガヴィーニアの右腕にして将来の伴侶ですわ。あたくしはザグスト様の治世を守るため、脅威を――悪しき人間どもを皆殺しにするために今ここにいるのですわ」

「人間を皆殺しだなんて……そんなこと、許されるわけがないでしょう……!」

 レイシャの目に怒りの炎が揺れる。そのとき、背後で銃声が響いた。振り返るとシュっという風切り音とともに銃弾がこちらへ飛来してきているのがレイシャの視界に映った。

「ロイス! 駄目、人質が……!」

 レイシャは焦って狙撃手の青年の名を呼ぶ。しかし、彼はレイシャの言葉を無視し、己の愛銃に次弾を装填している。普段は無口な彼の目は憎悪に染まっていて、その心のうちに抱いた怒りを何よりも雄弁に物語っていた。

「あたくし、言いましたわよね? 余計な真似をすればこの娘の命はないと」

 ジレイアは娘の首から鎖鎌を離すと、娘の体をロイスの放った銃弾の軌道上へと押しやった。

「あっ……!」

 レイシャは声を上げる。娘の胸部を銃弾が貫いた。娘の口から吐き出された血の飛沫が宙を舞う。娘の体は銃弾の衝撃で地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

「そんな……」

 レイシャの言葉尻が動揺で震える。どう見ても娘は絶命している。これでは自分たちが守るべき相手を手にかけたも同然だった。

「これ以上、余計な真似をするようなら、他の者たちもどうなるか……おわかりですわよね?」

 低くハスキーな声でジレイアは脅すように警告を発する。人間たちを手にかけることを何とも思っていないのか、その顔からは殺戮を愉しんでいるかのような気配すら窺えた。

 これ以上、この村がジレイアたち魔族に蹂躙されるのを見過ごすわけにはいかない。かといって、村の人々を彼らに殺されることを多少の犠牲として割り切ることもレイシャにはできそうにはなかった。葛藤の末、レイシャは己の決断をジレイアへと告げた。

「村人たちに危害を加えないのなら、ここは退きましょう。けれど、あなたの主に伝えなさい。このような蛮行を続けるようなら、遠からずこの私――《藍玉の賢者》レイシャ・セ・リクア・ウィニングスが引導を渡すと」

 撤退よ、と仲間たちへと宣言するとレイシャは辺りを警戒しながらも村の入り口のほうへと引き返していく。ヴェーゼ、シスル、イーリンがレイシャの後へ続く。レイシャは退却を渋るロイスとナリアへと、「行くわよ。今は退くしかないの」そう促されて渋々二人も踵を返す。

 ふいに、レイシャの胸元の赤い石のネックレスが、一瞬ちかりと光を放った。それに共鳴するような薄青い煌めきが村の出口へと向かって駆けるレイシャの視界の隅に映る。

(何……?)

 警戒するように辺りにレイシャが視線を巡らせると、背から黒い羽を生やし、マントを靡かせる黒衣の人影が目に入った。その人物の風貌を認めると、レイシャは息を呑む。

(イェルン……!? でもあの特徴は魔族のもの……)

 頭には魔族の象徴たる大きなツノが生えてこそいるものの、紫の双眸は明らかにレイシャが覚えている彼のそれだった。身に纏ったマントの襟元に埋もれがちなその顔のパーツひとつひとつが記憶の中の彼に酷似していた。

「……俺は、こんなことを望んでなどいないのに……」

 イェルンに酷似したその人物がそうぼそりと呟いたのが微かに聞こえた。とても悲しそうで苦しそうな声だった。

 その人物はしばらくその場に佇んでいたが、やがて踵を返し、半ば瓦礫の山と化した村の風景の中に消えていった。


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