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第二章:再出発の夜①

 レイシャたちは魔族領へ向かう西の街道を歩いていた。右手に見える山からは小鳥の奏でる美しい歌が響き、爽やかな風がそよそよと街道脇に自生する草の波を揺らしていく。こんなときだというのにのどかな風景に、住んでいた里に似たものを感じ、レイシャの陰鬱とした気持ちがほんの少し和らいでいく。

 王都を旅立ってから、そろそろ二週間になる。道行きは順調だったが、レイシャたちの関係はよそよそしいものが続いていており、レイシャの頭痛の種となっていた。

 同い年だというシスルとナリアはまあいい。正反対に見える二人の少女は意外にも馬が合ったらしく、今もレイシャの背後で緊張感なく楽しげに談笑している。

 シスルは自分の騎士であるヴェーゼとの仲は良好だし、その天真爛漫さも手伝って、唯一まともにレイシャに話しかけてはくれる。しかし、彼女と仲の良いナリアにはなぜか距離を取られてしまっているようだった。

 ナリアはシスルと一緒にいるとき以外は、兄のロイスにべったりで他の人と話そうとはしない。イーリンのことは警戒しているように見えるし、ヴェーゼのことは出会ったときのやりとりのせいか良い印象を持っていないようだった。

 男性陣二人も時折上っ面だけの世間話をしているところは見かけるが、ロイスがどちらかといえば無口なためか会話が長続きしていた試しがない。ヴェーゼは相変わらず見下したような態度でレイシャへ嫌味を浴びせかけてくることはあるが、レイシャはこの二週間、必要最低限以上のやりとりをロイスとしたことがなかった。

 一体何が入っているのかわからない巨大な荷物を背負って最後尾を歩くイーリンは何を考えているのか全く思考が読めない。用事があってレイシャが話しかけても、あの独特な口調で適当に煙に巻かれてしまい、会話が成り立たない。命懸けのレイシャたちのこの旅を彼女はどうやら面白がっている節があるし、一向に素性を明かしてくれる様子もなければ、この旅に同行する理由や目的もわからない彼女のことをレイシャはどうにも信用する気になれなかった。

 信用しきれないのは他の面々にしても同じだ。二百年前はこうではなかったのにと思うと現状がひどく嘆かわしい。結局は、頼れるものは自分自身しかいないのだとレイシャは感じていた。

「煙……?」

 道の先で黒い煙が上がっているのが見えた。後ろからレイシャに追いついてきたヴェーゼは足を止めると、

「穏やかではないですね。魔族の襲撃でしょうか」

「魔族って、こんなところで……! まだ魔族領までは距離があるはずでしょう!? 魔族の襲撃に遭っているのはもっと国境に近い場所だって話じゃない……!」

 レイシャの顔が険しくなる。この先にはルテルナという小さな村がある。徒歩の旅ではルテルナから国境まではまだ何週間かかかるはずだ。

「あたし、様子見てくる」

 シスルと他愛もない雑談をしていたナリアは真顔になると走り出そうとする。その腕をロイスは掴んで引き止めると、

「ナリア、危ないぞ。勝手なことをするな」

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。もう少しだけ村に近づくだけだから。それにあたし一人なら身軽だもん、何かあっても逃げられる」

 そう言いながら、ナリアは彼女を案じるロイスの手を振り解く。不安なのか、ロイスは眉間に皺を寄せている。心配性だなあとナリアは苦笑した。シスルも心配そうな顔をして、

「ナリア。気をつけてくださいね」

「うん。シスル、ありがと」

 それじゃ行ってくるね、と軽く手を振ると、さして気負った様子もなく、ナリアは駆け出した。「あっ……ナリア、そんな勝手に……!」レイシャは呼び止めたが、ナリアは聞いていない。その足は早く、彼女の小柄な背中はすぐに遠ざかっていった。

「ふむ……西部はもう駄目、情報通りネ」

 目深にフードを被った人影――イーリンはぼそりと呟いた。長く尖った耳がその言葉を捉え、レイシャはイーリンを問いただす。

「イーリン。それは一体どういう意味なの?」

「何って、言葉通りの意味だネ。魔族の西部への侵略はこの通りかなり進んでしまっているネ。なら、もう西部は切り捨てて、王国軍や教会騎士団は魔族を迎え討つ用意をした方が賢明アルヨ」

「西部の人々を見捨てるなんて、そんなことできるわけがないでしょう!? それにイーリン、なぜあなたはこのことを黙っていたの!?」

「レイシャ。それはあなたにその価値がないと彼女が判断したからでしょう。そんなこともわかりませんか?」

 ヴェーゼが口を挟む。美形に分類される整った横顔は冷ややかで、向けられた紫色の視線からは温度が感じられない。レイシャは彼をきっと睨むと、

「ヴェーゼ、あなたは黙っていてください!」

 イーリンは面白そうに口元を歪めると、

「これが俗に言う喧嘩するほど……というやつネ」

 違います、とレイシャとヴェーゼはうんざりとした顔で言う。うっかりヴェーゼとハモってしまったことをレイシャは不覚に思いながら、そんなことより、と逸れてしまった話題を引き戻す。

「イーリン、なぜあなたは話してくれなかったのですか。西部の魔族の話をあなたは知っていたのですよね?」

「情報は切り札も同じネ。なればこそ、情報を渡す相手は選ぶべきネ」

「なら、何で……! 私たちは共に戦う仲間じゃないんですか!」

 レイシャは鼻白む。面白い冗談ネ、とイーリンは薄い笑みを浮かべると、

「仲間なんて、レイシャが一番そんなこと思ってないネ」

「そんな……こと……」

 レイシャは言葉に詰まった。言い返したいけれど、言い返すべき言葉が見つからない。彼らをかつての聖戦を共にした仲間たちほど信用できていないのは確かだった。

 ルテルナの近くまで偵察に行っていたナリアが戻ってきた。「ただいま」「おう」「おかえりなさい」幸いにも何事もなかったようで、無傷でぴんぴんしている様子の彼女にロイスとシスルは安堵した表情を見せている。ナリアはレイシャとイーリンの間に何とも言えない空気が流れているのを見、またかとでも言いたげな顔をする。この旅が始まってから幾度となく味わってきた空気の悪さにはもう慣れてしまったのか、彼女は特に意に介したふうもなく、話を切り出した。

「村の様子を見てきたけど、やっぱり魔族の侵略に遭っているみたいだった。魔族の軍隊が……ざっと見た感じ、百人くらいはいて、村の人たちを襲ってて……。あと、村の中にいくつか魔法陣みたいなものがあったよ」

 ナリアは村のかなり近くまで様子を見に行ってくれたようだった。「お前な……」ナリアの無茶にロイスの眉間の皺がより一層深くなる。

「百人ということは、一個中隊程度ということですか。この人数でそれはなかなかに厄介ですね」

 どうするか考えるのはお前の役割だとでも言わんばかりにヴェーゼはレイシャを見る。

「それもそうだけれど……村の中の魔法陣が私は気になるわ。いくつかの魔法陣を介して、大規模な魔法を発動しようとしているのかもしれない。たとえば……それこそ、村一つを吹き飛ばすような魔法とか」

 レイシャの言葉に、シスルは金色の瞳を大きく見開く。ふうむ、とイーリンは顎に手をやると、

「レイシャの考えは強ち的外れでもないネ。何日か前にもう少し西のシニクスが町一個まるまる魔族に消し飛ばされたって聞いたネ」

 そういう情報を共有してほしいんだけど、とレイシャは思う。途中で街や村に立ち寄った際に、勝手に姿を消していることが度々あったが、イーリンは恐らくそういった情報を集めて回っていたのだろう。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではなく、魔族に襲われているルテルナを一刻も早くどうにかしないといけない。レイシャは皆の顔に順に視線を巡らせると、

「とにかくルテルナに急ぎましょう。魔族から人々を守らないといけないわ」

 レイシャはそう宣言すると、踵を返し、ルテルナへと続く道を急ぎ始めた。


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