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第一章:王命④

「おや、ロイス、お久しぶりネ! 面白そうな話してるじゃないカ、オネエサンも混ぜて欲しいネ!」

 薄汚れたダークグレーの外套のフードを被った怪しげな人影がレイシャたちの背後から近づいてきて、声をかけた。一人称と声、外套の上からでもわかる凹凸のはっきりとした体つきからして、恐らく女だ。目深に被ったフードの下からちらりと覗く髪は白く、紅の双眸は何を考えているかわからない底知れなさがある。ヴェーゼはいつでも剣を抜けるように身構えている。誰、とナリアも胡散臭いと言わんばかりの視線を闖入者の女へと向けると、

「この人、お兄ちゃんの知り合い? どういう関係?」

 女はぐふふ、と口元に含み笑いを浮かべると、ロイスの腕に自分の腕を絡ませる。女がさりげなさを装いながら、ロイスに豊満な胸を押し当てているのをシスルが興味深そうにまじまじと凝視しているのを見て、「シスル。あまり妙なものを見ないでください」ヴェーゼはため息混じりに背後からシスルの目を手でそっと覆い、教育に悪い目の前の光景を彼女の視界からシャットアウトした。

「あらァ、アナタがロイスの妹ちゃんネ! オネエサン、ロイスのイイ人ネ! どうぞよろしくネ!」

「ほほう……お兄ちゃんはこういうミステリアスな人が好みなのか……」

 興味深そうにナリアはロイスにしなだれかかる女を眺める。酒のせいか、はたまた女に密着されたせいか、ロイスの耳は赤く染まっている。ロイスはげんなりした顔で女を振り解くと、

「ちげぇよ……。こいつとは傭兵の仕事でたまにやりとりがあるだけだ。つーか、いい人って、お前何のつもりだ、イーリン」

「お前とは随分とご挨拶ネ!」

 それで何の用だ、とロイスは無愛想に問うた。すげない態度を取られたにもかかわらず、イーリンはさして気にしたふうもなく、にんまりと口元に弧を描く。

「ロイス、アンタ、魔族がどうとか魔王がどうとかって話してなかったアルカ?」

「ああ。そこの人たちが魔族領に向かうとかどうとか言っていたから、少し話を聞いていただけだ。お前には関係ない」

 そっけなくロイスはそう言った。フードの奥のイーリンの紅の双眸が意味深な光を放つ。

「ふむ……近いうちに国が魔王討伐隊を出すらしいという噂を聞いたことがあるネ。オネエサンが思うに、そこのエルフ、アンタたちがその討伐隊だネ?」

「な……どうしてそれを……」

 レイシャは絶句した。どうしてこの女がそんなことを知っているのだろう。今はまだ魔王のことなど知らない国民の方が多い。魔王討伐の情報などまだ極秘であるはずなのに、この女はどこでそんな話を聞きつけてきたのだろうか。レイシャがイーリンへの警戒を強めていると、イーリンはひらひらと手を振ってみせ、

「それは秘密ってやつネ。それはそうと、アンタ、オネエサンを一緒に連れて行く気はないアルカ? 教会騎士とエルフと回復役っぽいお嬢ちゃんじゃあ、余りにも心許なく見えるネ。その点、オネエサンは重戦士、間違いなくアンタたちの役に立つネ!」

 重戦士。それはすなわち盾役ということだ。レイシャ自身は魔法である程度は防御できるとはいえ、自分自身の身を守るのが限界だ。攻撃の要になるであろうヴェーゼに自分たちの生命線であるシスルを守りながら戦ってもらうとなると、彼にかかる負担は計り知れない。彼が十全にその実力を発揮できるようにするためにも、防御を一手に担う盾役は必要だった。

 しかし、目の前にいるイーリンという女は重戦士にしては些か線が細いように見える。それに何よりも彼女から醸し出される胡散臭さが自分たちの命を預けるには不安に思えた。

「このイーリンだけで不足ならば、今ならロイスもセットでついてくるけどどうヨ? ロイスの銃の腕はなかなかのモンだし、コイツに後方支援を任せておけば安心ネ! どーんと、大船に乗った気でいるといいネ!」

「おい、イーリン。俺を巻き込むな」

 ロイスは迷惑そうに顔を顰める。しかし、にひひとイーリンは怪しげな笑い声を上げると、

「ロイス、魔族に復讐したいって言ってたネ。これは千載一遇の機会というもの、違うアルカ?」

 そうだよ、とイーリンの言葉に同意を示したのは意外にもナリアだった。

「お兄ちゃん、イーリンさんのいう通りだよ。あたしとお兄ちゃんが今ここにいるのは何でだった? あたしとお兄ちゃんは、いつかお父さんとお母さんを殺した魔族に復讐してやりたくて、傭兵をやったり、あたしが踊り子をしたりしながらここまで逃げてきたんでしょ。

 ねえ、お兄ちゃん、これはチャンスだよ。今行かないでどうするの? あたしたちの悲願はどうなるの?

 村から逃げたあのときはお兄ちゃんに守ってもらったけど、王都まで来るこの旅の間にあたしだって戦えるようになった。だから、お兄ちゃん。あたしと一緒に戦ってよ」

「ナリア……」

 ロイスの藍色の双眸が揺れた。同時に彼の顔には苦悩の色が浮かぶ。魔族やその指導者たる魔王への憤怒と唯一の肉親を危険な目に遭わせたくないという想いでロイスは葛藤していた。

「そういうわけだ、オネエサンたちをアンタたちの旅に連れていくといいネ。アンタたちにとっても、そう悪い話じゃないと思うアルヨ」

 イーリンは自分たちを連れていくようにレイシャたちを説得しようとしてくる。今度はロイスも否やを唱えることはなかった。どうしたものかとレイシャが考えていると、ヴェーゼが口を挟んだ。

「いいでしょう、私はあなたたちを歓迎します。戦力が増強されるというのは、私たちにとっても喜ばしいことですから。そうでしょう、レイシャ。それともあなたはその程度のことも判断できませんか?」

「いえ……」

 レイシャは首を横に振る。煽るような物言いはいちいち癇に障るが、言っていることは妥当ではある。

「イーリン、ロイス、ナリア。厳しく険しい旅になるとは思いますが、どうかよろしくお願いします。

 私たちは明朝、この王都を発ちます。ですので、明日の朝八時にこの店の前に集合をお願いしますね」

 はあい、とナリアの明るい声が響く。歳の近い少女が仲間になったことが嬉しいのか、シスルは肩の辺りで切り揃えられた金の髪を揺らしながら、ぱたぱたとナリアへと駆け寄っていく。何事か話し始める少女たちを横目に、ヴェーゼは再び酒を傾け始めた。にやにやとフードの奥の目を細めながらイーリンは何やらロイスへと絡んでいる。ロイスは害虫か何かを見るような嫌そうな顔でイーリンを追い払おうとしていた。

 情報も仲間も集まりはしたものの、こんな調子で本当に大丈夫だろうか。不安に駆られながら、レイシャは独特な香りの酒が入ったグラスをぐいっと煽った。

 各々の夜の時間が同じ空間でばらばらに過ぎていく。更けていく夜の闇はこの先の道行きの暗さを示唆しているようで、何だか不吉な気がするとレイシャは思った。

 はぁ、とレイシャの口をついて出た、この先を憂う吐息は喧騒の中に消えていった。


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