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第五章:想いと決意②

 傾いて崩れかけた時計塔のそばでロイスが見つけた、薄暗くじめじめとした通路をレイシャたちは進んでいた。地下水道を兼ねたこの場所は、苔がびっしりと生えており、最近誰かが足を踏み入れた様子はない。

「本当にここが魔王城に繋がっているんですか?」

 シスルはきょろきょろと物珍しそうに辺りを見回しながら、疑問を口にした。

「魔王城の方角には向かっていますから大丈夫だと思いますよ。それより、シスル。まっすぐ前を見て歩かないと足を取られますよ。危ないです」

 ヴェーゼはあちこちへと忙しく金色の視線を巡らせながら歩いているシスルを嗜める。ナリアはけらけらと笑いながら、

「ヴェーゼは過保護だよねえ。大丈夫だよ、シスルはあたしなんかよりよっぽどしっかりしてるもん」

「ナリア、俺はお前にもうちょっと思慮深さや慎重さを身につけて欲しいけどな……。お前すぐ突っ走るから俺としては見てて気が気じゃねえよ」

「ロイス、心中お察ししますよ……」

 男二人は顔を見合わせて何だかなあと言わんばかりの表情を浮かべた。何よもう、とナリアは不満げに頬を膨らませている。

「アンタたち、こんなときでも騒がしいアルネ。旅を始めたころのぎすぎすした感じが嘘みたいネ」

 そうね、と言いながらレイシャは顔を引き攣らせた。何だか思いもよらない流れ弾を喰らった気分だった。確かにイーリンの言う通り、王都ウェイラを発ったころのことが嘘のように、今ではレイシャたちは打ち解けていた。あのころの自分たちはこのような気さくな会話を交わし合える間柄ではなかったし、その原因になっていたものの一つがレイシャであったことは否めない。

 通路の先に闇に紛れるようにして階段が見えた。おそらくあそこを登れば、魔王城内のどこかに出るに違いない。

「そろそろ気を引き締めましょう」

 レイシャは仲間たちに向けて雑談を切り上げるように促した。仲間たちは視線を交わし合うと頷き合う。

 ヴェーゼは先行して階段を上がると、天井を塞ぐ鉄の板へと手を充てがう。彼は紫の瞳をレイシャへと向けると、

「レイシャ。この先には何が待っていてもおかしくありません。念のためにいつでも魔法を打てるように準備してしておいてもらってもいいですか?」

 わかったわ、とレイシャは花の意匠の杖を抜くと口の中で小さく魔法を詠唱し始める。

「天を巡る神の吐息、我の元に集い、大気を震わす疾風となれ」

 レイシャは精神を集中させて魔力を練り上げると、風の魔法を発動直前のところでキープさせる。レイシャがヴェーゼへと目で合図を送ると、彼はぐっと頭上の重い鉄の板を押し上げた。

 通路の上にはギャラリーらしき廊下が広がっていた。壁に飾られた歴代魔王の肖像画がレイシャたち招かれざる客に険しい視線を投げかけてきていたが、近辺に魔族の気配はない。

「大丈夫そうね」

 レイシャは発動しかかっていた魔法を解除すると、床に手をつき、ローブの中の素足が見えないように気をつけながら下の通路から這い上がる。他の仲間たちもレイシャの後に続いて通路から上がってくる。レイシャがちらりと後ろを見ると、ヴェーゼがシスルに手を貸していた。

 ロイスは肖像画や胸像などが並ぶと廊下を見回しながら、

「魔王の居場所を探さないといけないな」

「探すも何も、そういう偉いやつがいるのは上の方の階だと相場が決まっているアルネ」

 イーリンが茶々を入れると、確かにとシスルは同意を示し、

「物語の本でも大体そんな感じですよね。それに教会でも教皇聖下や私のお部屋は上のほうにありましたし」

「そういえばシスルって教会の偉い神子様だったね。忘れてた」

「緊張感のない……」

 脱線し始めた少女二人の会話にヴェーゼは肩をすくめる。彼女たちはここが敵の本拠地だということを本当に理解しているのだろうか。

「それで、実際のところ、どうなんですか? 《翠玉の歌姫》が残した歌物語の内容が事実なら、レイシャは二百年前にもこの城に来ているはずですよね?」

 ヴェーゼに水を向けられたレイシャは、役に立てなくて申し訳ないんだけどと前置きすると、

「このオールヴ城は聖戦の後――見た感じ、恐らくここ二十年くらいの間に再建されたものよ。二百年前の戦いで、私たちが大部分を壊してしまったから。

 だから、昔とは造りも変わってしまっているでしょうし、私の記憶は当てにならないと思うわ。現に、地下水道がこの城への隠し通路になってることも知らなかったでしょう?」

「言われてみればそうアルネ。なら、城内の魔族どもになるべく見つからないように気をつけながら、魔王の野郎を探すとするアルヨ」

「ああ、この人数だからな。なるべく無駄な交戦は避けたい」

 それじゃあ行きましょうか、とレイシャは仲間たちに声をかけると歩き出した。ひたひた、と人気のない廊下に靴音が小さく響いていた。


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