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第三章:狼煙と怨嗟③

   ◆◆◆


「どうして、あの子を守ってくれなかったんだい!」

「あの人は、あなたたちが殺したも同然じゃない! この人殺し!」

 頭上から降り注ぐ数々の罵声にイェルンはびくりと身を震わせた。悄然と項垂れ、人々の罵倒に耐える彼の背に、レイシャは傷ついた手でそっと触れる。

「俺が……俺なんかが、《赤の聖剣》の使い手なんかに選ばれたから……。俺なんかじゃなく、もっと強い人が選ばれていたら、結果は違っていたかもしれないのに……!」

 イェルンの声からは悔しさと悲しみが滲み出ていて、レイシャは苦しくなった。

「イェルンは、充分立派に戦ったわ。アラドだってそう言っていたでしょう? だから、あなたは自分を恥じる必要なんてない」

 レイシャはイェルンへと言い聞かせる。それはレイシャ自身へも向けられた言葉で、それを口にした彼女自身が誰よりもそう思っていたいのかもしれなかった。

 ヒュウ、と石が空を舞うのがレイシャの視界に映った。それは死んだ人々のために、墓石代わりにと苦労してイェルンが近くの河原から運んできたものが無惨にも砕かれた成れの果てだった。

「こんなものがあったところで何にもなりゃしない! あんたたち偽善者は満足かも知れないけど、こんなことをしてもらったところで、死んだ奴らは戻って来ないんだよ!」

 この村における戦いが終わった後、イェルンは亡くなった人々その手で埋葬し、神官であるセリスが彼らの冥福を祈った。レイシャは自分の里に伝わるエルフの秘薬を用いて傷ついた人々の治療を、アラドは魔族たちによって破壊された建物の再建を手伝っては奔走した。リオーネは彼女の知る限りの歌で人々の心を慰めようとし、アリアはその巧みな弓の腕で獣を捕らえ、人々のために炊き出しを主導した。

 そうやって、レイシャたちは自分たちなりに人々の気持ちに寄り添ってきたつもりだった。しかし、レイシャたちに純粋に感謝を示す人々がいる一方で、こうやってレイシャたちへ行き場のない気持ちを荒んだ衝動としてぶつけてくる人々もいた。

 彼らの怒りはもっともだ。大切な人を失った記憶は、悲しみと苦しみとともにいつまでも残る。薄れることはあったとしても、完全に消えることはない。高位の聖職者であるセリスの力を持ってしても、死者を蘇らせることはできないのだから、彼らがレイシャたちの無力を責めるのは当然の感情ではある。

 仕方のないことだと理解していても、未熟だがまっすぐなイェルンにこんな現実を目の当たりにはさせたくなかったとレイシャは思った。自分たちのもたらした結果に優しく純粋な彼は傷つき、きっと無理をする。無辜の人々どころか、大切な仲間の心さえ守れない己の不甲斐なさがレイシャは悔しかった。

「大変申し訳ありませんでした。すべて、俺たちの責任です」

 誰かが放った石の軌道からイェルンを守るように立ち、アラドは深々と頭を下げる。しかし、収まりのつかない人々はアラドへと石と罵声を投げかけ続ける。

「アラドさん……!」

 イェルンは思わずアラドへ駆け寄ろうとするが、アリアがそれを押し留め、首を横に振る。

「やめておきな。それに今、アラドがどういう思いであの場に立っているか、それをよく考えろ」

 村から出ていけ、という人々の声がアラドを襲う。しかし、それに動じることもなく、アラドはただ黙って頭を下げ続けた。


   ◇◇◇


 劣勢の中を奮戦したレイシャたちは、日が傾き始めるまで、村人たちが閉じ込められていた教会の片隅で泥のように眠った。

 レイシャが目を覚ますと、そこにはヴェーゼの姿だけがなかった。彼の荷物は残されている以上、近くにはいるはずだと判断し、身を寄せ合うようにして眠っているナリアとシスルを起こさないように気をつけながら、レイシャはそっと体を起こした。

「どこに行くんだ?」

 気配を感じたのか、柱に背を預けて目を閉じていたロイスの低い声がレイシャを呼び止めた。まさか彼が起きているとは思っていなかったレイシャは驚いて足を止める。

「ロイス。起きていたの?」

「ああ。さっき、ヴェーゼが出て行ったときに目が覚めちまってな」

「ヴェーゼがどこに行ったか知らないかしら?」

 レイシャがそう問うと、ロイスは藍色の双眸に複雑そうな色を浮かべる。

「……ヴェーゼなら、村外れに行った」

「村外れですか?」

 どうしてそんなところへ、とレイシャは思う。ナリアによれば、村外れは何もない寂しい場所だったはずだ。

「あいつは、死んだ村人の墓を作ると言っていたアルヨ」

 窓辺で外を眺めながら、スキットルの中の酒をちびちびと舐めていたイーリンがふいに口を挟んだ。

「……そう。ヴェーゼはそんなことを……」

 レイシャの表情が曇る。時には人として正しい行為が、人々から歓迎されないこともあると彼女は過去の経験から知っていた。

「シスルやヴェーゼみたいな教会の人間には悪いケド、オネエサンは神も死後の世界も信じてないネ。ヴェーゼのやっていることはただの自己満足、くだらない感傷アルヨ」

 そうだな、とロイスはイーリンの言葉に同意を示す。その顔は苦々しげだ。

「こういう場合、身近な人間を亡くした奴らっていうのは、そっとしておいてもらいたいもんだ。そんなことをされたところで、相手の神経を逆撫でして傷つくのが関の山というやつなんだが……ああいう生真面目な奴は損だな。その志は立派だとは思うが、回り回ってそれが自分の首を絞める」

「そうだとしても……人って、何かでそうやって区切りをつけないと先へ進めないものなのよね。ヴェーゼにとっては、亡くなった人々を弔うことがきっとそれなんだわ」

 ふいにレイシャの脳裏に、初めてヴェーゼと出会ったときのことが過ぎった。あのとき、ヴェーゼが記念碑を訪れていたのは、殉死した兄と同じ運命を己が辿ることを受け入れるための彼なりの儀式だったに違いない。

 彼を一人にしておきたくないとレイシャは思った。今、きっと彼は己が守りきれずに、魔族の手にかかって殺された人々のことを思い、それでも前に進もうと一人で苦しんでいるに違いない。

「私、ヴェーゼのところに行ってくるわ」

 そう言うと、レイシャは出口へと向かって駆け出した。その背を見送りながら、イーリンはやれやれと肩をすくめ、

「レイシャもなかなかに難儀な性格してるネ」

「放っておけないんだろう。今朝のことといい、レイシャはたぶん、身近な誰かが傷つくことを極度に嫌っている」

「その通りだろうネ。それにレイシャにとって、それが他でもないヴェーゼのことだからっていうのもあるアルヨ」

「……どういう意味だ?」

 怪訝そうな顔でロイスは聞き返す。鈍感野郎はモテないアルヨ、とイーリンは口元を歪めると手に持ったままだったスキットルの中身を煽った。


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