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第三章:狼煙と怨嗟①

 村外れが森を燃やす炎で赤々と照らされていた。

 朝日が昇るには少し早い、本来ならばまだ一日が始まるのを待つ刻限であるにもかかわらず、喧騒と戸惑いが村の中を包んでいた。

 ナリアの暗躍により、無事に村の中へと侵入することができたレイシャたちは、なるべく魔族と接触しないように気を配りながら、まだ薄暗く、近くの森から流れ込んできた煙の匂いが薄く満ちる村の中を進んでいた。

「ナリア、昼間この村を偵察してきたって言ってたわよね? 大勢の人を監禁しておけるような場所に心当たりはある?」

 レイシャは背後の赤毛の少女を振り返ると、小声で尋ねた。そうだなあ、とナリアは思案げな表情を浮かべると、

「教会くらいじゃないかなあ。ざっと見た感じ、この村あんまり大きな建物ってなさそうだったから」

「わかったわ」

 ありがとう、とレイシャはナリアへと礼を述べた。ヴェーゼは油断なく辺りに目を光らせながら、

「それではまず、教会を制圧し、人々を解放しましょう。人質がいなくなれば、私たちも戦いやすくなりますから」

「そうね」

 教会の建物があるのは村の中心部だ。教会の周囲は広場となっており、遮蔽物が存在しない。森の火事に気を取られているのか、レイシャたちの狙い通り、魔族の数が少なくなっているとはいえ、教会の前には見張りらしき魔族の姿がある。彼らに気づかれることなく教会に近づくのは難しそうだった。

(なるべく騒ぎにならないように、彼らを倒すには奇襲が一番だけれど……私の魔法で狙うには少し距離がありすぎるわね)

 ライフルを携え、最後尾を歩く狙撃手の青年へとレイシャは目配せをする。

「ロイス、ここから教会の前にいる魔族を狙えないかしら?」

 ん、と返事をするとロイスはその場に右膝を付き、ライフルを構える。ストックを右肩に当て、スコープを覗き込むと、ロイスは引き金を引いた。

「行け!」

 バン、という銃声と共にロイスが合図すると、レイシャたちはロイスとシスルをその場に残し、民家の陰から飛び出していく。ロイスが放った銃弾が教会の前に立っていた魔族の額を貫通する。魔族の体が傾いでいき、バタンという音を立てて倒れる。広場を突っ切り、あともう少しで教会の入り口といったときに鐘楼から割れんばかりの鐘の音が響く。

「気づかれましたか……まずいですね」

 鞘から双剣を抜き放って構えながら、ヴェーゼが歯噛みする。魔族たちにこちらの動きが気づかれてしまったらしい以上、早急に人質を連れてこの場を離脱しないとならない。

「もたもたするんじゃないネ! そこをどくアルヨ!」

 イーリンは銃剣が取り付けられた小銃の銃口を教会の扉に向けると、蝶番を器用に撃ち抜き、分厚い樫の扉を乱暴に蹴破る。イーリンの蹴りの衝撃で重い扉が建物の内側へと倒れていく。扉が戸口から姿を消したことで、乱暴に押し込められ、怯えきった村人たちの姿が露わになる。

「あなたたち、国王陛下から遣わされたっていう……」

 ええ、とレイシャは頷くと、

「皆さん、助けにきました! 早く逃げてください!」

 ナリアとイーリンが協力して、村人たちを縛めている縄を切っていく。村人たちは憔悴こそしていたが、大きな怪我はなさそうだった。

 教会の外で足音が聞こえた。数が多い。「囲まれたようですね……」後に気づいたらしいヴェーゼが顔を顰める。

 外から響く銃声はロイスによるものだろうか。レイシャたちの退路を切り拓くべく奮闘してくれているようだが、焼け石に水でしかなさそうだ。

「レイシャ。私とあなたで突破口を作りましょう。周囲の魔族たちを魔法でまとめて退けることはできますか?」

「ええ」

「私はあなたの魔法の範囲から外れた魔族たちを掃討します。レイシャ、頼みましたよ。私の背中をあなたに預けます」

 わかったわ、とレイシャは首を縦に振った。そして、レイシャはナリアとイーリンへ向き直ると、

「二人とも。私の魔法と同時に村の人たちを守りながら教会の外へ逃げてほしいの。お願いできる?」

「お安い御用ネ」

「任せてよ」

 二人が快諾してくれたことを頼もしく思いながら、レイシャは杖を掲げ、魔法を詠唱し始める。何よりも背中に感じるヴェーゼの体温が心強く、この局面を乗り越えるための力を自分に与えてくれているような気がした。

「春招く豊穣の風よ、悪きを祓う烈しき嵐となれ! エアリアル・デトネーション!」

 刹那、烈風が弾丸のように教会の外へと吹き抜けていった。レイシャの長い銀髪と外套の下のローブの裾が風に舞い上がり、彼女の長い笹耳と白いしなやかな脚の全貌が露わになる。教会の外で大きな竜巻が意思を持った生き物のように、砂埃を巻き上げながら魔族たちを蹂躙している。

「ナリア、イーリン、行くわよ! 走って!」

 そう叫ぶが早いか、レイシャは次の魔法の詠唱に入りながら、人々を先導するように走り出す。

「闇を切り裂く一条の光、煌めく刃となり、彼の者を貫け」

 レイシャの背後に村の人々やナリア、イーリンが続く。レイシャの横では、目にも止まらないような速度で双剣を宙に走らせ、ヴェーゼが襲いくる魔族たちに応戦している。

 カーン、という高い剣戟の音ともにヴェーゼは魔族の攻撃を受け流し続ける。しかし、魔力を帯びた魔族たちの攻撃は重く鋭く、防戦一方となり、なかなか攻撃に転じきれない。

「レディアント・ストライク!」

 レイシャはヴェーゼへと襲いかかる魔族へと魔法を放った。閃光が宙を裂き、ヴェーゼへと斧を振り下ろそうとしていた魔族を貫いていく。

「レイシャ、私のことは構わず、先に行ってください。魔法で村の外壁を破壊し、村の人々を逃すんです。あなたならできるでしょう?」

 そう言ったヴェーゼの額には汗が滲んでいる。受け流しきれなかった魔族たちの攻撃で彼の全身には細かな傷が血の筋となって無数に走っている。

「だけど、ヴェーゼ、怪我してるでしょう……! あなたにばかり無理させられません……!」

「このくらいの傷、怪我のうちには入りませんよ。あとでシスルに治療してもらえば済む話ですから。

 それに人には適材適所というものがあります。だから、あなたは行ってください」

 レイシャは唇を噛む。けれど、ヴェーゼの言葉は真剣で、嫌だとは言えなかった。

「ヴェーゼ、絶対に……絶対に死なないでくださいね。私はもう、仲間を失いたくはありません」

 ヴェーゼは魔族の斬撃を剣で跳ね上げていなしながら、

「大丈夫ですよ。私たちの旅はまだ始まったばかり……こんなところで死ぬつもりはありません。だから、レイシャ。私を信じてください」

 わかったわ、と頷くと、レイシャはヴェーゼのために呪文を紡いでいく。気休め程度とはいえ、この魔法が彼の身を守ってくれることを祈りたかった。

「大いなる大地の母よ、我らに慈悲を、守護を与えよ! ガイア・ベネディクトゥス!」

 柔らかな光が、ヴェーゼの体を膜のように覆っていく。

「ヴェーゼ! 必ず……必ず、また後で会いましょう!」

 そう告げると、レイシャは村外れへの道を全速力で駆けていく。

 朱色に染まった朝焼けが、去り行く夜を西の地平線へと追いやろうとしている。東の空ではこれから始まろうとする新しい一日に抗うように、一つの星が命を燃やしながら力強い輝きを放っていた。

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