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プロローグ:聖戦の終焉

「イェルン!」

 黒髪の青年が深々と剣で胸を差し貫かれるのを視界に捉え、レイシャはその名を叫んだ。血を流しながら頽れるその体をレイシャは細い腕で抱き留める。腕の中の彼の紫の瞳は瞳孔が開いており、きっともう助からないだろうということをレイシャは予感した。

「セリス……! イェルンを、イェルンを助けて……! まだ生きてる、まだ生きてるの……!」

 それでも彼をどうにか助けたいという思いを押さえきれず、レイシャは仲間の神官の名を呼び、イェルンの手当てを請うた。しかし、元々は白色をしていたぼろぼろになった神官の衣に身を包んだ金髪の青年は、優しい緑色の目を伏せ、首を横に振った。

「レイシャ。イェルンはもう助からないと思います。せめて、安らかに眠らせてあげましょう」

「そんな……!」

 レイシャは少しずつ温かさが失われていっているイェルンの体を抱きしめた。彼女の滑らかな頬を塩辛い雫が伝い落ちていく。こうしている間だけは、まだイェルンの生をこの世に繋ぎ止めていられるような気がしていた。

「レイシャ……すまない」

 がっしりとした体格の男はレイシャの側に近寄ってくると膝を折り、項垂れた。盾役の彼は、イェルンを守ろうとしたものの間に合わず、壁際まで吹っ飛ばされていた。レイシャは長い銀の髪を振り乱して、ぶんぶんと首を横に振る。イェルンのことは彼のせいではないと、頭では理解してはいた。

「アラドのせいじゃ……ないっ……わ……」

 レイシャはそう呟いたが、その言葉尻は涙に紛れて消えていった。背後から燃えるように赤い髪を結い上げた娘が近づいてきて、涙で濡れた彼女の頬を容赦なく平手で打った。レイシャは赤毛の娘を呆けたように見上げ、

「アリア……?」

「レイシャ。ショックなのはわかるけど、今あんたがすべきことは何なの?」

「それは……」

 アリアの射抜くように鋭い言葉と銀色の視線にレイシャは口籠る。叩かれた頬がひりひりとした痛みを訴えていた。

 くすりと少女の声が笑い声を漏らしたのがレイシャの耳に届いた。弦が何本か外れて壊れかけた楽器を抱えた金髪の少女がぼろぼろの姿で座り込んだまま呆れたような顔でこちらを見ていた。

「アリアは本当に不器用ね。だけどレイシャ、アリアの言う通りよ。私たちの目的は何だった? イェルンと違ってまだ私たちは動ける――私たちにはこの戦いを終わらせるためにまだできることがあるはずよ」

「リオーネ……」

 仲間内で一番年若いはずの吟遊詩人の少女にそう諭され、レイシャは薄く形の良い唇を噛む。そのとき、レイシャの腕の中でイェルンの弛緩した体が僅かに動き、苦笑いと血の塊がその口元から漏れた。

「イェルン……!」

「レイシャ……、俺のことはいいから……あいつに、魔王にとどめを刺してくれ……。このまま放っておけば、いずれまた……、あいつはこの世界の脅威に、なる……。この戦いを、終わらせるために……どうか、あいつの……、息の根を止めてくれ……」

「……っ、わかった、わ……」

 レイシャはイェルンの体を地面に横たえると、涙を手の甲で乱暴に拭う。

「みんな……どうか、世界を……そして、レイシャのことを頼む……」

 そう言うと、イェルンは満足したように瞼を閉じた。彼の唇はもう次の言葉を紡ぐことはなく、呼吸をすることもなかった。

「……っ!」

 レイシャは血で汚れたイェルンの冷たい唇に己のそれを重ねる。自分の外套を脱いでもう動かない彼の身体へとかけると、レイシャは立ち上がる。視線の先では、イェルンと相討ちになったはずの魔王が赤黒い刀身の大剣を支えにしながら、よろよろと立ち上がろうとしていた。彼女は折れてしまった愛用の杖を掲げると、声を張る。たとえ最愛の人を失えど、ここで引き下がるわけにはいかなかった。

「みんな! あと少しだけ、力を貸して! イェルンのために、この世界の明日のために――この戦いを終わらせるために!」

 応、と仲間たちが口々にレイシャの言葉にこたえて、ぼろぼろに傷ついた体でそれぞれの武器を構え直す。

 こうして、世界の趨勢を変える戦いの最終幕は始まった。


 聖暦四〇〇年。対立する魔族により、人々は生活を脅かされていた。

 ヴィリア王国には建国時から王家に伝わる六つの聖具が存在する。あるとき、六つの聖具が六人の若者をそれぞれの主として指し示した。時の王ローゼル・ヴェラ・ロヴァーグスはその名において彼らを王城に集めた。ローゼルは彼らに聖具を下賜するとともに、魔族の王ゼルーガ・ジュグ・ガヴィーニアの討伐を命じた。

 《金剛石の守護者》――《白の堅盾》と共にあらゆる敵の前に立ち塞がった当時の王国軍において既に大隊長の一人であった重戦士アラド・メイガス。

 《黒瑪瑙の射手》――《黒の鷹弓》の使い手として選ばれ、射抜けないものは存在しなかったという国内屈指の狩人の一族の長の孫娘アリア・セルナンド。

 《翠玉の歌姫》――《緑の風弦》の主となりその調べとともに数々の奇跡を起こした名高き流浪の吟遊詩人リオーネ・フェルディアス。

 《黄玉の聖人》――《黄の神槌》を携え、神の力を振るった王国中興の祖たるウィオーレ聖教会に連なる前途有望な若き神官セリス・ユーリエ。

 《藍玉の賢者》――《青の魔杖》をその手に大いなる力で敵を圧倒したエルフのレイシャ・セ・リクア・ウィニングス。

 《紅玉の勇者》――《赤の聖剣》に選ばれはしたものの、当時まだ駆け出しの剣士に過ぎなかったイェルン・アルニスト。

 ローゼルによって集められた彼らは衝突や反発を繰り返しながらも、魔王を倒すという目的のために仲間としてだんだんと絆を強めていく。魔族によって虐げられた人々や町を解放しながら彼らは旅を続けていき、いつしか魔王の居城へとたどり着いた。

 魔王へと最後の戦いを挑んだ彼らは、血戦の末、《紅玉の勇者》の死と引き換えに世界の安寧を取り戻すことに成功した。


 それから二百年近い時が過ぎ――聖暦五九八年、かつて彼らが倒したはずの魔王がこの世に復活していた。


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