Episode:98
『死者が出ていないのだから、構わんだろう。あとで相応の償いもする。だがその前に――』
竜の言葉が途切れて、魔法が発動した。回復系だ。
最初の竜の傷が、みるみる癒えてく。
また咆哮が轟いて、若い方の竜が俺らに炎でも吐こうってんだろう、口を開けて――豪快に尻尾でぶん殴られた。
子犬思わせる悲鳴あげて、若い竜がうなだれる。
『聞き分けの悪いやつだ。今痛い目に遭ったのに、まだ懲りんのか』
呆れたふうに言ったあと、竜がこっちへ顔を向けた。
『済まぬな。ただこんな出来の悪い子供でも、長く生きるぶん数の少ない我らには貴重だ。分かって欲しい』
人間にはちょっと分かりづらいこと言って、竜の頭が地面スレスレまで下がる。どうやら俺ら人間流に、謝ってるらしい。
「事情は分かるが、二度とないようにして欲しいものだな」
答えたのは殿下だ。
「こちらとて、命が二つあるわけではない。覚悟はしてきているが、契約違反は論外だろう。そちらがその気なら、こちらもこの山、人の手を入れるぞ?」
『済まぬ』
そいえばこの山、ふつうは立ち入り禁止だったの思い出す。
竜はアヴァンの王家に力を貸して、代わりに棲家を得る。昔そんな取引が昔されたんだろう。単純に王家が自分たちの箔付けで聖域にしたんだと思ってたけど、そうじゃなかったってことだ。
ホント世の中ってのは、何でも裏がありすぎる。
それにすかさず取引材料にしちまってる殿下、けっこういい王になるかもしんない。
『ところで、そなたがメルヒオルの血を継ぐものでよいのか?』
「そうだ」
竜の視線が、殿下に注がれた。
『確かに、髪と瞳の色などそっくりだな。他にもいろいろなところが、メルヒオルに似ている』
竜が感慨深げに言った。俺らにとっては本に書かれた歴史でも、千年以上生きる竜にとっては懐かしい思い出なんだろう。
『あのころは良かった。我ら一族はたしかに変わり者かもしれないが、人間と上手くやれていた』
大きな琥珀色の瞳が、どこか遠くを見る。
『人は信用ならんと言う者も多いが、我らはそうは思わない。少なくともメルヒオルは友人と呼ぶにふさわしかったし、お前たちメルヒオルの子らも、約束どおり谷と山とを守ってくれた』
「当たり前だ。信用を失っては王家は成り立たん」
間髪入れず答える殿下。