Episode:92
「お前は……ずっとこんなことを、続けるのか?」
以前もされた気がする質問。
答えるべきなんだろうけど、言葉が見つからなかった。あたしがシュマーでグレイスで、神殺しと目される殺戮のためのものなんて、まさか言うわけにいかない。
「あたしは他に、行き場所はありません……」
結局言えたのはそれだけだ。ただこの答えで、殿下が納得するわけもなかった。
「行き場所なら、幾らでもあるだろう。ないなら用意してやってもいい。そのくらいなら、僕は出来るぞ」
殿下に悪気はない。それどころか、あたしをとても気遣ってくれている。
でも、永遠の平行線だ。
「すみません……本当に、ごめんなさい……」
涙がこぼれてくる。
殿下には伝わらないだろう。それどころか、この世界の誰にも伝わらないだろう。
人の姿をした竜。例えて言うならあたしは、そんなようなものだ。
それが人の中でふつうにやれるとは、とても思えなかった。どこか世界の隅のほうで人のフリをして、こっそり生きていくのが関の山だろう。
いろいろなところで異質すぎて……一緒にやろうと近づけば近づくほど、両方が辛くなるだけだ。
「いやその……すまん。お前にとってこれが、そんなに聞かれたくないこととは知らなかった」
「あ、いえ、それはあたしが……」
どう考えても、殿下は悪くない。
「ともかく、僕で出来ることなら何でもやってやる。いつでも気にせず、頼って来い。これでもアヴァンの公爵家で、継承権第2位だからな。大抵のことなら出来るぞ」
それからいたずらっぽく笑って、殿下が付け加えた。
「もっとも近いうちに継承権は、なくなるかもしれんが。だがそれでも、権威とコネは使えるからな」
きっと殿下は覚悟してるんだろう。
この儀式が失敗すればもちろん、成功して殿下が竜を得たとしても、公爵家の立場がどうなるかは分からない。上手く釈明できなくて世論がそのままなら……恐らく王室は廃止だ。
そして報道が全て敵に回っている以上、その可能性はかなりある。
「国民が予想以上に愚かで、目先の話に気をとられてくれればいいんだが――こんなことを望まねばならんとは、少々情けないな」
殿下が嘆いているのはアヴァンの国民のことなのか、それとも公爵家のことなのか、よく分からなかった。もしかすると、両方かもしれない。
「いずれにせよ、まずは儀式だな。これが成功すれば、だいぶ道が拓ける」
「はい」
未来は待つものじゃなく、掴むものだ。これだけは間違いがない。
「配置は、まだなのか?」
「えっと、もうすぐかと」
通話石からは、さっきミルが配置についたと連絡があった。だからもうすぐ先輩がついて、本格的に開始になるはずだ。