Episode:91
「僕は幼児じゃないぞ。そのくらい、必要ならする。そこまで気遣うな」
「あ、はい……」
なんだか殿下のプライド、傷つけたみたいだ。ただ幸い、怒り心頭ってほどじゃなかったらしい。すぐに違う話を始める。
「それにしても竜か。やれると思うか?」
「やらなければ死にます」
即座にそう答える。どんなに言葉を繕って濁しても解決にならないくらい、竜は危険な相手だ。
「ある程度定められた儀式みたいですから、先輩の言うとおり、危険は最小クラスだと思いますけど……それでもミスは、危険すぎます」
「そ、そうか」
焦る殿下を見て、言い過ぎたかな?と一瞬思う。けどこれだけは分かっておいてもらわないと、余計に危ないだろう。
「あと先輩も言ってましたけど、何かあったら……迷わず逃げてください。あたしは気にしなくていいです」
「出来るわけがないだろう!」
予想通りの答えが返ってきた。
殿下、横柄なところも傲慢なところもあるけど、基本的には責任感が強いタイプだ。進んで仲間を見捨てたりはしない。
だから、言う。
「前回の時も言ったかもしれませんけど……あたし一人なら逆に、全力が出せるのでどうにでもなります。ですから、先に逃げてください」
唖然とする殿下。
「た、倒せるのか?」
「分かりません。でもあたしだけなら、最悪でも逃げられます」
答えながら思う。もしかしたら、やれるかもしれないと。
根拠がないから過信はできないけど、周りを気にせず全力で行ったら、たぶん互角には戦えるんじゃないだろうか。
ただそれは……あたしが以前よりさらに、異常になったことを意味してる。
古代竜を倒そうと思ったら、最低でも手練の分隊は要る。数の優位を使いながら、策を練って罠を張って追い込んで、それでも失敗するときがあるくらいだ。
それを一人でなんて、もう人間って言わないだろう。
シュマーのグレイス。戦うために生まれる血の結晶。
そんなあたしに本当の居場所なんて、どこにもないのかもしれない。
「まぁ実際には、あのイオニアとやらも言っていたが……心配するだけ無駄かもしれないしな」
「はい」
気を遣ってくれたらしい殿下の言葉に、あたしも素直に同意した。
ないに越したことはないし、起こるにしても今悩んだって無駄だ。だったらとりあえず棚上げして、今出来ることを確実にやれるようにしたほうがいい。
そのまま何も言えなくて黙っていると、また殿下が口を開いた。




