Episode:89
「あとは昨日言ったとおり、不測の事態が起こったら、ともかく逃げる。いいわね?」
「了解」
みんなの答えに先輩、満足そうだ。
「以上よ。何か質問は?」
「……先輩、ひとつだけ。つか作戦前にこういうの、ヤバいかもしんないですけど」
言いにくそうにイマドが言った。彼にしては珍しい。
「言いなさい。分からないままにしておくほうが、問題が多いわ」
意外にも先輩、怒らずに質問を受ける。
「んじゃ聞いときます」
それでもまだ少し躊躇ってから、イマドはやっと口にした。
「向こうが不意打ちとか、ありません?」
「だからさっきも言ったでしょう、万一の時には逃げなさい、って」
先輩の答えに、みんなが意味を悟って息を呑む。
「そしたら、かなりヤバいんじゃ……」
「どうかしらね。いちおうこの儀式、竜たちとも協定が結ばれてるみたいだから」
さらりと先輩が言う。
「協定だと? 僕は聞いてないぞ」
「本家本元が知らないなんて、ちょっと勉強不足では?」
殿下をやりこめる先輩、とっても楽しそうだ。
「屋敷から出てきた文献に、載ってましたからね。資料を出してもらっただけの私より、よほど手に触れる機会はあるはずですけど」
先輩の言ってることは間違いじゃないけど……実質ムリじゃないかな、と思う。あたしも入ったことがあるけど、公爵家の図書室はけっこうな数の蔵書があって、全部読むのは大変だ。
「それ、見つけたのミルちゃんだからー! 先輩じゃないよ?」
ミルがすかさずアピールする。
「よく見つけたな……。資料を見たのは、こっちへ来てからじゃないのか?」
「うん」
にこにこしながらミルが続けた。
「ホントいうとね、どれもちゃんとは書いてないんだよ。でもね、ぜーんぶ読んであっちこっち繋ぎ合わせると、出てくるんだー」
嘘は言ってなさそうだけど、何しろミルだ。みんなが訝しげな顔で先輩を見る。
「あぁ、この子が言ってるのはホントよ。私も指摘された箇所は、全部目を通したわ」
何でも先輩、アヴァンシティを観光する気で屋敷に戻ったら、ミルが居たんだって言う。
「まったく、おかげで資料整理に付き合わされて、観光できなかったじゃない」
「えーでも、二人っきりになれたしー」
ミルは嬉しそうに言うけど、やっぱり何かがおかしいと思う。
「ともかく、読んだ限りじゃ不意打ちはなさそうだったわね。この儀式は建国王に倣ったものと言われてるけど、実際は少し違うわ」
なんだかこのところ、「真実の」歴史が見られて面白い。こういうのは、公爵家に関わった特典だろう。