Episode:86
でもラッキーかな? 何か殿下が一回話しかけただけで、あとはどっちも無言。とりたててトラブルない感じ。
まぁ実際には内心、どっちも険悪なのかもしれないけど……。
そんなこと考えながら、時々休憩いれつつ、午後中歩いて。
「あそこかしらね」
先輩が立ち止まった。
後ろから覗いてみると、先がちょっとした広場になってて、石柱とか祭壇ぽいものとかあって。
「間違いなさそうだな。あそこに王家の紋章がある」
殿下が祭壇みたいなとこを、指差した。
「もしかしてアヴァンの紋章が竜なのって、この儀式のせい?」
「ん? あぁ、そうも言えるな。まぁ早い話が、建国王が竜騎士だからな。それを由来にして決めたものだ」
なるほど、って思ったり。いつもこういうの見過ごしてるけど、調べてみるとそれぞれ、けっこう面白いのかも。
「ここで野営ですか?」
「そうね。ただ、火は焚けないわよ。見張られてる以上、目立つマネは避けるしかないわ」
この先輩でも、任務ってなれば目立たないようにするんだ……とか、変なとこでちょっぴり感心。
それから急に先輩、真面目な顔になってあたしたちを見回したの。
「で、あなたたちにこれだけは、言っておくわ」
厳しい表情。
「いいこと。予想外の事態が起こったらあなたたち、さっさと逃げなさい」
「え……」
思わずみんなの手が止まる。
「子猫ちゃんと私で、時間は稼ぐわ。その間に逃げる、いいわね」
きっぱりした口調。でも納得が行かなくて、言ってみた。
「けど、それって先輩、かえって危ないんじゃ……」
「あなたたちが居るほうが、もっと危ないわ。そうでしょ、子猫ちゃん」
先輩の言葉に、ルーフェがうなずく。
――やっぱり悔しいな。
さっき納得したばっかりだけど、でもそう思う。だって、イザってときは足手まといだって、言われてるんだもの。
そんなあたしたちを、上から目線で先輩がまた見回して。
「異論は認めないわよ。悔しいというなら、上級隊レベルに届かなかった自分でも、責めておきなさい」
ある意味メチャクチャ。だってルーフェみたいな子ならともかく、普通の学院生がこの年で上級隊並みとか、あるわけないもの。
先輩が容赦ナシに続ける。
「食い止めている間に、殿下を連れて逃げる。各自、生き延びることだけを考えなさい。命令よ、いいわね」
「はい……」
賛成は出来ないけど、従うしかなかったり。
「万一の時には、倒せる実力でもつけてから復讐なさい。あぁでも、すぐでもいいわね。死体の山をむやみに増やすような馬鹿は、どうせ邪魔なだけだから」
なんだかものすごい言い方されたけど、怒る気にならないのが不思議。間違ってないからかな?
そして先輩が、不適に笑う。
「ま、どちらにしても私が仕留めるわけだけど」
根拠はきっと、ないはず。でもこの自信が事態を動かすかも、そう思っちゃう。
リーダーや指揮官で、同じ集団でも戦力が変わるって言うけど、こういうことなんだなって納得。
「とりあえず、今日のところは食べて寝るわよ。寝不足で失敗なんて、それこそ願い下げ。やらかしたら思いっきり減点するから、覚悟なさい」
「は、はい」
迫力満点の先輩の言葉に、思わず震え上がりながら、その日は終わりになったの。