Episode:65
「……シュヴェア=ブロカード!」
けど、何も起こらない。
「あれ、呪文違ったかな……」
1回見ただけだから、ホントにうろ覚えだ。
「発動させられないんじゃダメね。違う手を考えましょ」
「あ、先輩待って待って、その呪文ならね、たぶんこれー」
耳に突き刺さるような声で、ミルがまた本を差し出した。あまりよく知らない言葉だけど、表紙に「魔法」の文字がある。
「ここの、ほら、このページ!」
「うそ……」
開かれたページには確かに、その呪文が完全な形で書かれていた。
――ミルの頭の中、どうなってるんだろう?
一度読んだだけでページ数まで覚えてるなんて、常識はずれにもホドがある。
半分呆れながらそこを読んでみると、真音がひとつ間違っていた。似た発音だから、勘違いしてたらしい。
「万物に宿りし力よ、すべてここに集いて形無きくびきとなれ――」
範囲を絞って、みんなが巻き込まれないようにかけてみる。
「シュヴェア=ブロカーデ!」
「っと、危ねぇ」
範囲内に入ってたテーブルが傾いて、慌ててイマドが避けた。
魔法が切れるのを待ってよく見てみると、脚が折れてる。割と細い脚だったこと、思ったより魔法の威力があったこと、それに上に本や何かが乗ってたのとで、重みに耐えかねたらしい。
「驚いたな、この木が折れるとは。けっこう硬い素材なんだが」
「すみません……」
慌てて謝る。あとで弁償しないといけないだろうけど、けっこう時代がありそうなテーブルだから、同じものが用意できないかもしれない。
「いや、気にするな。反対の脚を小さい頃、僕が折って継いである」
「……こんなん折るとか、殿下、アンタ何やったんだい」
答えはなかったけど、上に乗って飛び跳ねるとか、傍で重いものを振り回すとか、何か相当のことをしたんだろう。
こういう上流階級の人は、もっと品行方正かと思ってたけど、ちょっと違うみたいだった。
「とりあえずこれで、使えんのは間違いないね。だとしたらルーフェ、アンタが召喚後にこれ掛けりゃ、全部終わるんじゃないのかい?」
「えっと、どうだろ……」
テーブルの脚は確かに折れたけど、相手は竜だ。動くし、何より力がある。
「威力は上げる必要があるでしょうね。外で試すとして、物じゃ喋らないし……誰か1人犠牲になってくれる?」
「先輩!」
さすがに驚いてみんなが抗議の声を上げると、先輩が面白そうに笑った。
「あら冗談よ。まぁこれに乗って誰かやってくれるなら、それに越したことはないけど。そういう勇者は居ないの?」
居るわけがない。あたしだって願い下げだ。
「仕方ないわね」
残念そうに――期待してたんだろか――ため息をついて、先輩が続ける。
「体格のいい大人が3人乗ったら、さすがにこのテーブルでも壊れるでしょうね。だとすると、載ってた本の重さから考えて、ざっと10倍そこらかしら?」
大雑把だけど、そんなには間違ってないだろうと思う。ミルが持ってきて机の上に載せたたくさんの本、たぶんあたしくらいの重さはあるはずだ。