Episode:62
「じゃぁやっぱり、これ持って行けばいいんじゃない?」
「死にたいなら、行ってらっしゃい」
平然と放たれた先輩の言葉に、ナティエスが困ったような顔になる。
「でも先輩、いまそういうふうに……」
「続きまでちゃんと聞かないと、命がいくつあっても足りないわよ。まぁ、死ぬのが趣味なら構わないけど」
先輩そんなこと言ってるけど、死ぬのが趣味の人は、居ないんじゃないだろうか? だいいち人間、そう何度も死んだり出来ない。
「いいこと、作戦ってのはこれだけじゃダメなのよ。まず、その竜岩とやらはどこ? 行く手段は? 周辺のこの時期の気温や天気は? 何より、そこへ行ったとして本当に竜が居るの?」
矢継ぎ早の質問。
「えっと、えっと……」
とっさに答えられなくて、みんなうろたえるばかりだ。
「分かった? 作戦というのは最低でも、こういうことまで詰めるものよ。まぁ自己責任だから、適当に言って死ぬのは構わないけど。ただそのときは、必ず独りで死になさいね」
かなりヒドい言い方だけど、間違ってない。
無能な指揮官の作戦で、大惨事になることはよくある話だ。正直そのときは、指揮官だけ犠牲になってくれたほうが、みんな助かる。
先輩があたしたちを見回して、うなずいた。
「分かったみたいね。じゃぁひとつづつ行きましょうか。谷の地図はある?」
言われて慌てて、地図を広げる。かなり細かく描かれた現代地図――でも谷の部分はけっこう大雑把――と、公爵家に伝えられてた誰かが描いた地図、計二枚がテーブルの上に広げられた。
「竜岩はどこかしら?」
「……こちらの地図だと、ここだな。だから今の地図で言うと、このあたりのはずだ」
殿下が地図を指差す。あたしとイマドが行った洞窟の、さらに先だ。
「なるほどね。で、そこまで行ったとして。さっきも言ったけど、肝心の竜は居るとは限らないわよね」
「記憶違いでなければ、竜はこの竜玉で呼べるはずだ。どこかに記述が、あったはずなんだが……」
「はいはーい、ミルちゃん読んだー」
後ろから甲高い声が上がる。
「えーとね、ここここ。ほら、召喚の呪文書いてある」
誰も頼まないうちに、ミルが出してくれた本のページには、確かに呪文が書いてあった。
それにしてもミル、ホントに全部、読んだこと覚えてるみたいだ。ものすごい記憶力としか言いようがない。
――これを普段にも、使って欲しいかも。
このごく一部でいいから日常的なことに使ったら、ずいぶんトラブルが減るんじゃないだろうか?




