Episode:57
「書いてないって、ンなわけねーだろ。日記だぞ?」
「書いてなかったよ。なんかねー、どの人も『試練の詳細は伝えるわけにはいかない』って。竜と約束したんだって~」
「嘘言うんじゃねぇ」
信じないあたしたちに、ミルが頬を膨らませて――小さい子みたいだ――本を開いて見せる。
「ウソじゃないもん! ここにちゃんと、書いてあるんだから!」
「怒る気持ちは分からなくないが、みっともないぞ」
殿下がたしなめながら、ミルの指し示した辺りを読んだ。
「謀略王グスタヴスの物か。『ついに試練を乗り越え、私は竜を得た。が、何があったかここに書くわけにはいかない。旅の途中の記も、すべて破って捨てることにした。竜たちも同じように、子孫には伝えないと約束している。なぜならこれは、王としての資質に関わることだからだ』」
だいたいミルの言うとおりだ。
「ったく、いくらなんでも徹底しすぎだろ。ンなの無視して伝えろよ」
イマドがぼやく。
「あたしに言われてもー」
「言ってねぇよ」
イマドには悪いけど、軽快なやり取りに思わず笑いながら、ざっと考えた。
さっきも殿下が言ってた通り、アヴァンでは継承権を得るために、儀式が必須らしい。
ただその内容は、けっこういい加減だ。本式に竜を呼べるようにするものから、今やってる儀式の真似事まで、最初の頃からいろいろある。
そしてどれを選ぶのかは、周りと本人とで決めてるんだろう。ムリそうなら無茶をせずに、儀式の真似事で終わらせてしまってる。
要するに必要なのは「形」だと、アヴァンの王家は思ってたに違いない。
「それにしても、謀略王ってのはすごいね。他の竜騎士の王様も、なんか二つ名あったりするのかい?」
シーモアに訊かれて、殿下が少し考えながら答えた。
「初代は建国王だな。三代目が軍師王。五代目がこの謀略王で、九代目は虚弱王だ」
「なんかそれって、あんまり勇ましくなくない? 竜騎士って言うからあたしもっと、強そうな名前が出てくるかと思ったのに」
ナティエスの言葉に、みんながうなずく。
「言われてみればそうだな……。二代目の武王ガッドも八代目の無敵王ハーキュリーズも、非常に武に秀でた王だが、竜騎士ではない。なんでだ?」
誰にともなく殿下が言って、考え込んだ。
「だいいち九代目の虚弱王、よく考えたら何故竜を得ている? 病身で、剣技など全くダメだったはずだ」
「魔法が使えたとかは?」
シーモアが横から問いかけたけど、殿下は首を振った。
「ある程度は使えたと聞いている。だが心臓に問題があったせいか、少し大きい魔法にさえ耐えられなかったとの話だ。竜を倒すなど、とても無理だろう」
あまりにも状況が矛盾しすぎていて、みんなで首をひねる。