Episode:51
「ともかくその辺りから、“国を捨てようとした王女”という評価になってしまってな」
「なにそれ。いくらなんでもヒドくない?」
ナティエスが言うのももっともだ。自国の王女をそんなふうに言った国なんて、ちょっと聞いたことがない。
「まぁそうなんだが、まさか公爵家が、公然と国民を非難するわけにもいかんだろう?」
そのせいで、強く出られなかったという。
「こちらももちろん、意図や何かをずいぶん説明したというが……連日の報道で思い込んでしまった国民を、どうすることも出来なかったそうだ。結局伯母上が継承権を返上して国を出て、ようやくカタが着いた」
あまりな話に、みんな言葉が出ない。
殿下が静かな声で続けた。
「聞いた話では伯母上は庶民派で、平民とも親しくしていたとか。『国民一人一人の力で、よい国は作られる』というのが、持論だったと聞いてる」
「そんな人なのに、ホントに国を捨てちまったのかい?」
何か腑に落ちない、そんな表情のシーモアの問いに、殿下が答える。
「留学の話が出たとたん、それまでとても親しくしていた平民からまで、公爵家の義務だの何だの言われたらしい」
当時を知ってる殿下のお父さんが言うには、「理想の国を語り合った仲なのに、未来を守ることより過去の夢なのか」と、その王女さまは嘆いてたそうだ。
「あのころは大戦直後でわが国の国力も落ちていたし、国際情勢も何かと微妙でな。加えてロデスティオを囲い込むためにも、西の大国エバスか、その友好国と手を結ぶ必要があった。留学は、そのためのものだったんだが……」
殿下がため息をつく。
「伯母上は恐らく、幻滅したのだろうな。分かっていると思っていた友人たちまでが、その実、所詮は他人事だったことに」
本人に訊いたわけじゃないから分からないけど、殿下の言ってることはたぶん、正しいと思った。
いろんなものを信じてただけに、崖から突き落とされた気分だったんだろう。
「親友から言われたら、そりゃきっついねぇ……」
「って言うか、それホントに親友? あり得なくない?」
誰が見ても親友同士の、シーモアとナティエス。二人を見てると、その王女さまの友だちとやらは、やっぱり親友とは違ったんと思う。
少なくともこの二人は、相手が考え抜いてのことに対して、そんなことは言わない。黙ってたことを怒ったあと、一緒に悩みながら乗り切るはずだ。
「いずれにせよ、友人からまで棄国の姫と言われて、国を出る気になったらしい。当時の世論もひどいもので、本当に革命寸前だったしな」
そして彼女はある夜、継承権放棄の誓約書を置いて、消えてしまったそうだ。あとは国のいいように、適当に理由をつけて発表して欲しい、と。
「それじゃまるっきり、国の犠牲じゃないか」
「まぁそうだな。だがそのおかげで、世論があっという間に静まったのも事実だ」
いちばん怖いのは人だというけど、本当にそうだと思う。
結局は目先のことしか見ていなかった人たちに、王女さまはどれほど失望しただろう?