Episode:43
「いっそ、儀式なんてやめちまえばいいのにさ」
「んー、でもああいう世界って、いろいろ決まり多いから……」
「そんなもんかね」
答えるあたしに、向こうを見ながらぽつりとナティが言った。
「殿下、可哀想だよね」
「そうかもね」
ああいう貴族とかってのは、お高くとまってていけ好かない連中ばっかだと思ってたけど、ちょっとだけ違うらしい。少なくとも、今の殿下はそうだ。
ただその殿下も、去年はああだったわけで。
「あたしらさ、何に振り回されてんだろね」
「え?」
ナティの疑問の声に、考えながら答える。
「なんてのかな……。ほら、殿下もあたしらも正直、そんなに変わらないじゃないか」
「あー、言いたいことなんか分かったかも」
全部言わないうちに、ナティがうなずいた。
「身分とか、見せてって言っても、誰も取って出せないもんね」
「ああ。なのにみんなでそれに頭下げてたり、どうなってんだか」
ナティが膝を抱え込んだ。
「――あたしね、お父さんもお母さんも居なくなっちゃったでしょ?」
「ああ」
この話は知ってる。てか、ナティがスラムへ来ることになった原因だ。知らないワケない。
ぽつぽつと、ナティが続ける。
「何でかはいまでも分かんないけど……ともかく、とたんに全部変わっちゃって。そのあともなんかね、呼ばれ方変わるたびに、みんな違うの。ワケわかんなかった」
ナティはあたしらと少し違って、大人の都合ってやつに、振り回されっぱなしだった。
親が居なくなって、残されたはずの財産横取りされて。親戚の家で冷遇されて乱暴されかかって、飛び出して居ついたのがあたしらんとこだ。
「ホントにね、昨日と今日で全く違うの。昨日まであたしにペコペコしてた人が、いきなり威張りだしたり」
暗がりに浮かぶ横顔からは、何も覗えない。
「ひとりになってから、ふつうに話してくれたの……シーモアたちだけだったかな」
「そんなもんかね」
そう言ってから、白状する。
「けどナティが“お嬢さん”のままだったら、ゴメン、すれ違っても口もきかなかっただろうね」
「あ、そうかも」
互いに顔を見合わせて、思わず笑った。
本当なら交わることなんてなかったろうに、ひょんなことで知り合って、意気投合して。世の中なんてずいぶんといい加減だ。
「もしかして、みんな自分が知ってる基準で、テキトーに判断してるだけなのかもね」
言ってナティが、どっか悪意含んだ声で、くつくつと笑う。