Episode:37
「あの……」
すぐ発とうかというあたしたちに、捕虜の人が遠慮がちに声をかけてきた。
「なんだ? 縄でも解いてほしいのか?」
殿下が尊大に言う。
「いえその、そうしていただければ、ありがたいですけど……でも、そうじゃなくて」
「はっきりしないヤツだな。物事は簡潔に言え」
そんな状況じゃないはずなのに、なんだか笑ってしまうやり取りだ。
でも捕虜の人が居住まいを正したのを見て、みんなもちょっと真剣になる。
「その、たぶんもう、谷の外じゃ騒ぎになってると思います」
「――どういうことだ?」
あまりにも言ってることが抽象的過ぎて、あたしもよく分からない。
捕虜の人も自分でそう思ったみたいで、ぽつぽつと、思い出すみたいに説明を始めた。
「演説聴いただけなんで、アレですけど……襲撃作戦だけじゃなくって、世論も動かしてやるって、幹部の人が言ってたんです。絶好のチャンスだから、そうやって王室廃止するって」
首をかしげる。世論を有利に動かすのは常套手段だけど、今回に限っては、どうやるのか見当もつかなかった。
なにしろこのアヴァン、歴史の古い国だ。しかも他国が次々と王室を廃止している中で、頑なに守り続けてるくらい、古いものを大切にする。
そんな国の人たちが、ちょっとやそっとで考え方を変えるとは思えなかった。
「よく分からんな。革命派が居るのは承知しているが、彼らは国内で毛嫌いされているぞ。なのにどうやったら、正反対の方向へいきなり世論が向く?」
「俺もよく分からないんですけど、王室の継承の儀式を暴露するって――」
殿下の顔色が変わった。
みんなも意味が分かったみたいで、厳しい表情になる。
「儀式の現状を、暴露するってワケ?」
「だろな。けどそれやられちまったら、王家持たねぇぞ」
口々に言いながら、みんなが殿下を見た。
「どうなんだい、殿下」
「お前たちの言うとおり、持たぬな。
この儀式は王位の根幹に関わる。実情については理解を示す者も多いだろうが、形式のところを崩されて突っ込まれたら、防ぎようがない」
アヴァンの人間じゃないあたしには、いまひとつピンと来ないけど、いちばんの急所らしい。
「おい、もうそれ始まってんのか?」
イマドが捕虜に問いかけた。琥珀色の瞳にふしぎな光が宿ってて、凄みがある。
「え、あ、いえ、はい、襲撃の前からです!」
見下すような目で捕虜を見てから、彼が振り向いた。
「殿下、マジですよこれ。もう報道使って流してやがる。こいつ、ここ来る前にそれ見てますし」
「なんだと……」
どうやら、かなり切羽詰った状況らしい。「見てる」って言うからには、もう魔視鏡網で、情報が流されたんだろう。