Episode:36
「俺、試験に受かりました。でもおふくろが病気になって、誰かが働かなきゃいけなくなって。それで進学諦めて、働きに出ました。
けど、やっぱり学校行きたくて。そのとき『行けばお金をくれる』学校があるって聞いたんです」
「……え?」
そんな学校、聞いたことがない。
あたしたちが行ってるシエラの本校は、数少ない「そういう学校」かもしれないけど、それだって引き換えに働かされる。ましてや普通の学校で、そんなムシのいい話があるとは思えない。
「で、そこへ行ったのか?」
「はい」
捕虜の人がうなずく。
「どこの、どんな学校だそれは」
「それが……学校って言うのは名ばかりで。
いえ、最初はちゃんとお金もくれたし、勉強もさせてくれました。けど卒業する頃から、急に話が変わってきて」
「あったりまえ。うまい話にゃ裏があるって、アンタ教わらなかったのかい」
世間慣れしてるシーモア、呆れ顔だ。
「いや、まぁ、冷静に考えればそうなんだけど……。
ともかく『これだけの額援助したんだから、手足となって革命のために働け』って。出来ないなら金を返せ、踏み倒すなら家族も容赦しない、って言われて」
「だから、それふつう。タダで何かしてもらえるわけ、ないじゃない。考えなかったの? ばっかみたい」
ナティエス――彼女もけっこう苦労してる――にまで言われて、捕虜の人がうなだれる。
さすがに見かねたのか、殿下が間に入った。
「大人を相手に立ち回ってきた、お前たちと一緒にするな。
――ユーベルとやら。要するに金で釣って人を集め、それを盾に強制的にこの手の活動に参加させている、ということだな?」
「はい。いえ、中には自分から、進んで参加してる人もいますけど……先生も授業も、そういうのが多いですから」
なんだかよく分からないけど、学校時代から一貫して、革命要員を育ててるらしい。
殿下が腕を組んで考え込んだ。
「左派の件は聞いてはいるが、予想以上だな……少し急がんと」
「じゃぁ、これから言いに行く?」
ナティエスの問いに、殿下は首を振った。
「こんな騒ぎにはなったが、いちおう儀式の最中だ。だが幸い、日付が変われば完了と看做せる。戻って告げるのはそれからでいいだろう」
「そっか」
納得したようにナティエスが言う。
「だとしたら殿下、今から谷の入り口へ向かうかい? この火事じゃ、お付きの人なんかも心配してるだろうし。谷からは出ないにしても、顔くらい見せてやれるんじゃないか?」
「そうだな。基本は見えない距離に居ることになっているが、時間ぎりぎりくらいなら、まぁ問題ないだろう」
それならと、みんなが戻る用意を始めた。だいいちここに居ても、ぜんぶ燃えてしまってるから、どうにもならない。