Episode:31
石化呪文は、なぜか妙に安定してる。たいていの魔法はじきに解けてしまうけど、これだけは外から何かの方法で解かない限り、ずっと石化したままだった。
他の手持ちの魔法も頭の中でさらって、幾つかのパターンを考える。
やれそうだ。
「ごめん、みんな、中へ戻って。結界張るから」
さっきと正反対の言葉に、みんな何か言うかと思ったけど、反論はなかった。状況が状況だから、思考停止してるのかもしれない。
みんなが中へ入ったのを確認して、あたしは全力で魔法を使った。
「地の礎にして万物の素なる物、うつろわぬ力をここに現せ――ピエトラ・フィアート!」
照準を合わせられた、ナティエス、シーモア、それに殿下が石化する。
「おまっ、何やってんだ!」
イマドの言葉には答えず、もう一度集中して呪文を唱えた。
彼は妙な力があるせいか、たまにこの手の呪文がかからないことがある。だからみんなと一緒じゃなくて、単独で全力でかけるしかない。
何かを言いかけたその姿勢で、イマドも石になる。なぜか涙があふれて、頬を伝った。
石になったみんなをそっと寝かせて、上に毛布や何かをかける。こうしておかないと天幕が焼けたあと、並ぶ石像が人目を引いて危険だ。
さいごに天幕の内側に、気休めの防御呪文をかけてから、ひざを抱えて座り込む。
――何かが壊れた気がした。
味方にさえ、この手の魔法をかけられる。自分がそういう人間なのだと、思い知る。
山火事が近づいてきたんだろう、何かのはぜる音や炎の渦巻く音が大きくなってきた。
その中で、ひたすら待つ。火が収まるまでにもかなりかかるだろうけど……それ以外にも、待つものがあった。
この山火事が予想通り敵が起こしたものなら、必ずあとで確認に来るはずだ。そのときに殿下がじつは無事なのを知られたら、まずい。相手の本陣に情報が伝わるのを、阻止する必要があった。
天幕に火が移って、温度が上がったんだろう。結界の中にあるはずの物も、燃えやすい物から順に炎を上げていく。
震えるほどに怖い――なのにとても綺麗な光景。ゆらゆらと移ろう炎に、見とれている自分がいた。
炎系の精霊が護ってくれるおかげで、熱かったりはない。それも手伝って、幻想の世界に居るような錯覚を覚える。
そんな自分が炎以上に怖くなって、ひざに顔をうずめて目を閉じた。
轟々という音だけが、辺りを覆う。
少し、眠ろうと思った。
ふつうなら炎の中で眠るなんて正気の沙汰じゃないけど……火が消えたら、今以上の修羅場だろう。それを考えると、いま休んでおくほうがいいはずだ。
ただそうは思っても、じっさいにはなかなか眠れなくて、いろんなことが頭をよぎるばかりだった。
思い出す。
前線で爆発に巻き込まれたこと、たまたま遭遇した爆弾テロ、市街戦……どれも炎にまつわることばかりだ。
――そして、アヴァンの火事でのこと。
不謹慎かもしれないけど、あれはあたしにとって、大切な思い出になっていた。