Episode:30
「ど、どうしよう! 逃げなきゃ!」
「分かってる」
天幕へと走り出す。みんなはまだ、気づいてないはずだ。
「みんな、外へっ!」
「え?」
飲み込めなかったんだろう、夕食を並べてたみんなの手が止まった。
すぐあとから駆け込んできたナティエスが、その先を言う。
「火事なのっ! 逃げないと!」
みんなの顔が青ざめた。
「荷物、いいから。ともかく外へ出て」
迂闊だったと自分を責めながら、みんなを急かす。
よく考えてみれば、殿下を暗殺するのにこんなにいい方法はない。丸ごと山火事に巻き込んでしまえば、「不幸な事故」で済んでしまうのだから。
なのにそれを予想しなかったのは……どこかで甘く考えていたのだろう。
「どこ逃げる?」
「てか、こういう場合川じゃ……あ……」
シーモアが言いかけて、言葉が途中で止まる。もうそっちのほうは、燃え盛る火炎の中だ。
川はそんなに遠くないけど、炎の中を歩いていけるような距離でもない。防御呪文をかけたとしても、火勢と距離から見て途中で切れるだろうから、かなりの火傷を負うだろう。
なにより、あたし自身は川へ向かうのは反対だった。逃げるなら、他の方向へ行くべきだ。
「やだ、ほかも行けないじゃない!」
「火に囲まれたってか?」
周りを見回してみると、暗くなりかけた周囲は、どこもちらちらと炎が踊っていた。
「さすがにこりゃヤバいね……」
立ち尽くすみんなを見ながら、必死に考える。あたしは炎系の精霊を持ってるからなんとかなるけど、みんなは確実に焼死だ。
「結界とか、ダメなのか?」
「ごめん、ムリ」
一見良さそうに見えるその手の防御呪文は、どれも無効化できるダメージに限界があるうえ、効果が大きいほど継続時間が短い。だから完全に防げるものだと火が収まる前に切れるし、長時間持つものなら結局中で蒸し焼きだ。
「ここで考えていても、焼け死ぬのだろう? なら、川まで駆けたほうが助かると思うが」
殿下の言葉に、少しだけ迷う。たとえ途中で火傷をしても、ある程度までなら魔法で治せる。
ただ問題は、実際に川までたどり着けるかどうかだった。
この火事はどう考えても、敵側が起こしたもので……だとすればあたしたちが川へ逃げることくらい、予想してるだろう。だから罠が仕掛けられていたり、待ち伏せされる可能性が高い。
そうなったらこの炎の中、殿下を守りきるのはムリだ。刺客にやられるか、炎にまかれるか、罠にかかるか、ともかく助かる確率が低すぎる。
炎だけでもなんとか出来れば、また違うのだけど……。
そう思いながら辺りを見回したとき、思いもかけない物が目に入った。
――起きっぱなしにしていた、石化した魚。
見た瞬間、炎から逃れる方法を思いついて、頭の中で実際に可能か計算する。