Episode:18
◇Lowell side
闇の中、夜鳥の声だけが響く。
ローウェルは、寝付けずにいた。天幕の中、寝床は板の上に敷いたマットなので、不快なことこの上ない。
だが学院が送り込んできた面々は、気にする様子もなく寝てしまった。このくらいのことは、なんでもないらしい。
話には聞いていたが、予想を遥かに上回るタフさだった。この年齢でこれでは、長じてはどうなるのかと、つい思ってしまう。
だが一方で、彼らはそう自分と変わらない。同じようなことを喜び、同じようなことで笑う。それがなんとも不思議だった。
どうにも堅くて寝づらく、何度も体勢を変えては楽な場所を探す。
ここでこうしている自分が、うしろめたかった。
学院生と言うのに加え孤児である彼らは、じつにたくましい。食事の支度から天幕の設営、果ては見張りまでこなしてしまう。いまも交代で、夜通しの見張りをしているくらいだ。
なのに自分は、何もしていないし出来もしなかった。
もちろんこちらがクライアントなので、何かする必要はない。さまざまなことを「させる」ために雇っているのだ。
けれどそう頭では分かっていても、自分が情けなくなってくる。これではただの飾りだ。
時と場所によっては、有能な飾りは必要だ。そして自分はゆくゆくは、そういう役割も担うだろう。
しかしいまは、そういう「場面」ではない。
それから急に、自分の考えていることに気づいて可笑しくなる。去年彼らに出会うまでは、こんなことを思ったりしなかった。
自分はこの国を預かる者で、他者とは違う。だから扱いも違う。あの頃は、真剣にそう思っていた。
間違いではない。だが、真実でもない。
例えば仮に、どこかの誰かが赤ん坊の頃自分と間違われて、この座に居たとしたら……同じように帝王教育を受け、国を預かるものとして育てられ、そういう意識でいるだろう。
そう考えると、血筋で保障されたものがどれほどなのか、分からなくなってくる。
要するに彼女があのとき言ったように、この権力は「借り物」ということだ。その証拠に、何も持たず自力で生きてきた学院の子どもたちは、本当に生きる力が強い。
考えれば考えるほど、情けなくなってくる。
こんな考え方をするようになったせいか、父親とは少しだけ、溝が出来ていた。あの辺に言わせると、「下々と必要以上に関わりすぎる」ということらしい。
いまの公爵家は、そういうことに対して神経質だった。父親の姉、元々女王になるはずだった伯母がたいそうな庶民派で、貴族社会を嫌って出て行ってしまったためだ。
おそらく自分がその二の舞になることを、恐れているのだろう。だから庶民と関わらせず、限られた人間の中で必要なことだけ学び、決められた道を行かせようとしている。
(――愚かだな)
目上の者を見下したくはないが、視野が狭すぎる。
ただ自分は伯母のように、この地位を捨てる気はない。いろいろと煩わしいことも多いが、その代わり出来ることも多いのだ。
もっともこんなふうに思えるようになったのは、自分とてごく最近のことで……その意味では、あまり言えた話ではない。
ともかくそんな、ひそかな礼の意味も兼ねて、ルーフェイアを指名したのだ。しぶる重鎮たちも、去年の誘拐騒ぎを引き合いに出して、万一ということで押し切った。
――まさか、あんなオマケがついてくるとは思わなかったが。
とはいえ、騒ぐほどの話ではない。それに国も違う彼らには、いろいろと気を回さなくて済む。
何より、煩わしい礼儀作法や儀式を、気にする必要もない。
こんな日々は、もう二度とないだろう。ならばせめて羽を伸ばそうと、静かな闇のなかでローウェルは思った。