Episode:120
「まったく……せっかくやる気になったのに、水を差すようなことを言うな」
「これきしのことでやる気がなくなるなら、最初から、やらないほうがいいでしょう?」
毒舌の応酬。でもやってる当人たちは、なんだか楽しそうだ。
「とりあえず、ハニアの二の舞は踏まぬようにせねばな。テロリストのあぶりだし、報道の是正、国民の政治教育……やれやれ」
殿下がまたため息をついたけど、そんなに嫌そうには見えなかった。やっぱりこの国が、好きなんだろう。
と、ドアがノックされた。
「誰だ、入れ」
殿下の声に応えて、ドアが開く。
「あ、お漏らしおじさん!」
ナティエスに大きな声で言われて、入ってきた人がうなだれた。
「それは言わないでくれよ……」
ちょっと気の毒だ。
「へぇ、生きてたのかい。てっきり粛清されたかと思ったよ」
「……されるとこだったよ」
げんなりした顔で、お漏らしおじさん――名前なんだっけ――が言う。
「帰って報告したとこまでは、良かったんだ。信じてもらえたし」
「で、そのあとヘマしたと」
シーモアが突っ込んだ。
「何で分かる――っていうか、調べたんだよ。幹部がどこの誰で、どことどう繋がってるか。そしたら途中で怪しまれちゃって」
「そりゃふつう怪しまれるって」
会話だけ聞いてると、どっちが年上だか分からない。
「でもそれでも俺、早めに逃げ出したんだ。だから何とか助かったよ」
このおじさんも修羅場くぐって、少しは対処が上手くなったんだろう。
「それにしてもおじさん、何でここに?」
不思議そうにナティエスが聞く。
答えたのはおじさんじゃなくて、殿下だった。
「逃げ込んできたのでな、匿うのも兼ねて、この屋敷で臨時に雇った。いちばん安全だろうしな」
「たしかに」
いくらテロリストでも、この屋敷の中にまでは、なかなか手が出せないだろう。
「当分家族とは会えんが、我慢しろ。命には代えられん」
「はい、もちろんです! このご恩、一生忘れません!」
おじさん今日も、最敬礼しそうな勢いだ。
「まったく。その調子でやっていたら、持たんぞ? 大変なのは、これからだからな」
殿下にやんわり舞い上がりすぎを言われて、おじさんがまたうなだれた。
――ちょっと、可愛いかも。
なんだか子供みたいなところがあって、このおじさん、憎めない。