Episode:106
そんな思いを読んだのか、彼女が言った。
「犠牲とか殿下、別にいいよ? うちのママだって、ぜんぜん思ってなかったし。分かってもらえなかったのは、寂しかったみたいだけど」
「そうか」
どう答えていいか分からず、そんな言葉になる。
後ろからは変わらず、くすくす笑い。
この少女は、本当に自由で強いと思った。本来ならひねくれて恨んでもいいことを笑い飛ばし、「今」に対して現実的な判断を下している。なかなか出来ることではない。
「また犠牲に、ならなければいいのだがな」
「だからいいって。それにそんなの、当人が納得しちゃったら犠牲って言わないかもだし」
また前向きな言葉が返ってくる。
破天荒で常識無視で傍若無人で捉えどころがないが、この常勝思考は本物だ。
「犠牲に泣け、しかし犠牲に怯えるな、か」
竜から伝えられた、建国王の言葉が口をついた。
上手く言い表した言葉だと思う。
あの少年はこの儀式を、駆け引きや腹黒さを測り教えるためのものと見たようだが、実際には違う。主眼は「人の上に立つという意味」を教えるものだ。
「ここに詳細は書かない」。謀略王が何故そう書いたか、今なら分かる。
僅かな手勢で策を凝らして竜を迎え撃ったとしても、危険はつきものだ。そのときどんな命令を出すかが、試されているのだろう。
だからこそ、気心知れた少数の仲間だけで挑むように仕組まれている。
――今回は何か違う方向へ転がったが。
だが結果として、同じことをした。
ありとあらゆる人がハッピーエンドとはいかない。ならば全体をハッピーエンドとするために、どこをどうして誰をどう切るか。
多数の安穏とした人生のために、「自ら犠牲になる者」が必要になることはあり、その命令を涙を飲んで下す。
竜という絶大な力を得る代わりに、必ずそれを知るようにしたのだろう。
そうでなければ、ただの暴君になってしまう。
「どこへ降りるのー?」
背中から声が聞こえてきた。
「人の目を惹くのが目的だからな。公宮前の広場がいいだろう」
あそこは常に人で賑わっているから、報道が黙認することは不可能だ。それどころか、運がよければリアルタイムで流される。
「ふふ、楽しそ」
「お前も物好きだな。……とりあえず、父上に連絡しておくか」
巨鳥でも、無許可で首都を飛び回れば撃墜対象だ。ましてや竜では、それこそ巨鳥部隊に出迎えを受けかねない。