Episode:105
これに加えてさっきちらりと竜が言ったことが本当なら、彼女は本来、裏の世界の人間だ。
要するに……立つ場所が違いすぎるのだ。なのにこちら側へ来いと言うのは、おそらく悲劇しか生まない。
それでもルーフェイアにその気があればいいが、残念ながらまったくなさそうだ。
要するに、未練がましく後ろ髪を引かれながらも、心変わりを待つしかなかった。
「殿下もたいへんだねー。やめちゃえば?」
「それが出来るなら、こんなことをするか」
同行したメンバーはもちろん、自分までもが命がけなのだ。やめる気なら、挑むほうがどうかしている。
「よーするに、公爵家に生まれたのが運のツキ、っと」
「まぁそうだな。だがそのぶん出来ることも多いし、いろいろ見られるからな。なんとも言えん」
どんな立場であろうとも、同じことは言えるはずだ。ただその中でも今の自分の立場は、制約が多い反面、恵まれてもいるだろう。
「そういうお前こそ、なぜこの国にここまでする?」
逆に訊いてみる。
この少女、父親はユリアスの著名人だが、母はやむを得ぬ事情でアヴァンを出たはずだ。それなのに手助けに来るのは、なんとも不思議だった。
「お前の母親を、追い出したようなものだろう。憎くはないのか?」
「あたしのママ、そういうの言わなかったしー」
間の抜けた答えと、くすくす笑いが返ってくる。
「おかしい?」
「分からん。だが不思議だな」
一般的な行動から外れている人間など、理解できようもない。
またくすくすと笑ったあと、後ろの少女が答えた。
「ママね、いっつも話してくれた。アヴァンがどんなに綺麗で素敵な国か。だからあたしまで、好きになっちゃった」
呆れるほど、単純すぎる理由。
「そんなことで、いいのか? お前の一生を決めるだろうに」
「んー、でもほら、ちゃんと見たことないし。嫌うなら、見て聞いて知ってからでもいいかなーって」
あっけらかんと言われたことに圧倒される。
どこまでも自由。そんな言葉が脳裏をよぎった。
「ま、そう簡単に抜けらんないかもだけど? でも、きっと何とかなるよ。だってママが、あんなに好きだった国だもん」
根拠というにはどうにも頼りないのに、揺るぎない自信。
「……礼は言おう。この国を嫌わなかったことに」
「じゃぁそのうち、返してもらうね」
また聞こえる、くすくす笑い。
過去は過去と割り切り、過去に押し付けられた犠牲も割り切り、この少女は前を向いている。