Episode:104
「助かった~」
「まったく、何を考えているんだ。無謀にもほどがあるぞ」
だが少女は堪えた様子もなく、竜の背中に上がってくる。
「僕に掴まっておけ。落ちてはかなわん」
「はーい」
ローウェルの身体に細い腕が回された。
「いいよー」
「耳元で大きな声を出すな。いいぞ、行ってくれ」
再び竜の身体が舞い上がる。
目的地のシティは、そう遠くない。どのくらいの速度かは分からないが、車よりは早く着くはずだ。
「ねぇ、殿下?」
しばらくして、少女が話しかけてきた。
地上を見下ろすのも、少し飽きてきたのもあって、付き合う気になる。
「なんだ」
「んー、なんでもないかも?」
一瞬殺意が湧いた。
「そんなことばかり言っているなら、落とすが?」
「やーん、殿下乱暴~」
何を考えているのか、本当に分からない。
さすがに疲れを覚えてため息をつくと、また少女が話しかけてきた。
「ねぇ殿下、ルーフェ諦めたんだ?」
「そういうわけではないが……」
そんなふうに、綺麗に吹っ切ったわけではない。
ただ、自分というものを思い知ったのだ。
竜に襲われるというあの瞬間、ローウェルの脳裏をよぎったのは、国と公爵家のことだった。
自身の権力欲を満たすことしか考えていない、そういう連中に乗っ取られそうなアヴァン公国。
政治に興味などまったくなく、そういう連中が上に立つことがどれほど恐ろしいかも気づかず、聞こえのいいことだけに耳を貸す国民。
長い間斜陽の国を、それでも必死に支えてきた、潰えそうな公爵家。
亡国の濁流はずいぶん前から押し寄せていて、水漏れしそうな堤防で、かろうじて堰き止めている状態だ。
そこへ自分の死、あるいは継承権の喪失が加われば、一気に決壊するだろう。
これだけは避けたい。そう思った瞬間、自分はルーフェイアに命令を出していた。
――死に繋がる命令を。
間違いではない。自分と彼女の立場や能力、契約、それに起こる悲劇と被害をすべて考え合わせれば、いちばん妥当な行動だ。だがそうだとしても、彼女を死に近づけようとしたことには、変わりなかった。