Episode:103
◇Lowell side
『我らの鱗は硬い。好きなところに足をかけていいぞ』
言いながらも、竜など触ったことのないローウェルに気を使ったのだろう。老竜は首を下げ、乗りやすいようにしてくれた。
首の付け根のところに、またがる。自分で一行に言ったとおり、このままアヴァンシティへ向かうつもりだ。
竜が羽ばたき始める。この巨体がどうやってと思うが、意外にも簡単に浮き上がった。
「やぁん、待って待って、ミルちゃんもー!」
舞い上がろうというところで嬌声が聞こえた。
『どうする?』
「構わん、行ってくれ」
短く答えて真っ直ぐ前を見る。
後ろから何か騒ぐ声が聞こえたが、振り返らなかった。自分が見るべきは未来であって、過ぎ去った過去ではない。
竜はすぐに高さを増し、眼下に黄色く色づき始めた山脈が広がった。
雄大な景色。アヴァンの国が建つ遥か昔から、ほとんど変わっていないだろう。
「建国王も、これを見たのだろうな」
なんとなく呟く。
定かではないが、見えている範囲はおそらくほぼすべて、アヴァンの版図のはずだ。
その大きさと、いずれはそれを預かる自分の小ささ。
だが不思議と、怖いとは思わなかった。
かつて何人もの王が通った道だ。けして楽ではないだろうが、覚悟を持って死ぬ気でやれば、やれないことはないだろう。
竜が旋回したあと、水平飛行に移った。
びょうびょうと耳元で風が鳴る。
「やぁん、おーちーるー」
「……え?」
風の中にあらぬ声を聞いた気がして、思わず声が出た。
『どうした?』
「いや、今何か声が聞こえた気がしたが……まぁ空耳だろう」
この答えに、竜がぐるぐるという調子で笑った。
『お前の仲間が、尻尾にしがみついている。だからさっき、どうするときいたのだが』
「なんだそれは……」
呆れてものが言えないとは、こういうことを言うのだろう。
尻尾にしがみついているのは、おそらくあの破天荒な娘だ。何を思ったか知らないが、飛び立とうというところで飛びついたに違いない。
深いため息をひとつついてから、竜に頼む。
「さすがに落とすわけにはいかん。背中なりに乗せてやれないか?」
『よかろう』
速度と高度を落として、竜が一旦着陸した。