Episode:10
◇Rufeir
予定通り2日後の早朝、あたしたちは出発した。
「あなたたち、しくじったらただじゃおかないわよ」
「はい……」
とても激励とは思えない、イオニア先輩の言葉に送られる。
ちなみに先輩の任務は、あたしたちの移送の付き添い、なんだそうだ。だから今回はあたしたちが戻るまで、アヴァンシティを観光すると張り切ってた。
あたしたちの行き先は、アヴァンシティから北西へ行ったところの、ベルヒ山系。この国の人たちには、聖なる山々としてあがめられているのだと言う。
「でもそこ、観光地なんでしょ?」
「一部だけだな」
ナティエスの質問に、殿下が答える。
「ベルヒ山系は幾つもの山からなるが、オロス山周辺と手前の谷は、一般は立ち入り禁止だ」
「で、あたしら堂々とそこへ行くわけか。役得かね?」
シーモアが笑った。
予定では公爵家の持ち物であるその谷に入って、数日間逗留。その後持参した竜の骨を片手に、谷を出ることになっていた。
どう見ても聖なる儀式というよりは、儀式「ごっこ」だ。
ただ殿下の言うとおり、生きている竜を相手になんて、プロでも死と隣り合わせだ。だから代々の王位継承者は、妥協案としてこれを考え出したんだろう。
意外と世の中は、あたしなんかが知らないところで、いい加減な妥協だけで回ってるのかもしれない。
しばらく走るうち、窓の外は深い森に変わっていた。たしかにここなら竜が居ても、おかしくはない。
――居ないだろうけど。
竜はその知能が高くなるほど、人間を嫌う。だからシティまで、竜の翼ならひと飛びで行けそうな場所じゃ、昔はともかく今は居ないだろう。
「でもなんで、こんなややこしい儀式、することになったの?」
ナティエスが不思議そうに訊いた。
「わざわざ詐欺まがいのことするくらいなら、やめちゃったっていいと思うんだけど」
「この儀式は建国の祖、メルヒオル公にまつわるものだ。
他国の人間には分からんかもしれんが、これを無視しては、アヴァン国と公爵家は立ち行かん。それこそ革命騒ぎになる」
そういって殿下が、説明を始める。
「現アヴァン国が、かつて神聖アヴァンとして広大な版図を誇っていたのは、お前たち知っているか?」
「あ、うん、習った」
この間テストで出たところだ。
「なら、その国がどうやって出来たかは知っているか?」
「え……?」
ナティエスが答えに詰まる。
答えたのは、イマドだった。
「お告げもらったメルヒオル公が立ち上がって、そこにあった前の国を滅ぼして作った、ってやつですよね。
ついでに親に監禁されてた、前の国の姫さん助け出して妃にして」
「ほう、よく知ってるな」
殿下の声に、驚きが混ざる。
「俺、アヴァンに親戚いるんで」
「なるほど、いちおう我が国の者だったのか」
殿下のイマドへの視線が、目に見えて変わった。
同じ国の人間っていうのは、かなり大事なことらしい。シュマーにはない感覚だ。
「お告げで国作ったり滅ぼしたりって、どうかと思うけどなぁ」
ナティエスの歯に衣着せぬ感想に、殿下が苦笑する。
「まぁその辺の是非はさておいて、その開祖のメルヒオル公だが、竜を従えていたことで有名でな」
「あ、それで……」
やっと儀式の意味が分かる。アヴァンの建国王がそうだったから、子孫も継承権を主張するために、それに倣ったんだろう。




