Scene2
憎い憎い ニクイニクイ ニクい にクイ ニクイニクいニクイ ニクイニクいニクイ ニクイニクいニクイ ニクイニクいニクイ
私はどこにでもいる幸せな家族の一員だった。
可愛い子供2人と、愛する人と父母に囲まれて何不自由せず、暮らしていた。
しかし、そんな日常は一瞬のうちに崩れ去った。
戦争が始まったのだ。
どっかの馬鹿な貴族たちのせいで。
一度目の戦争で私は父母を失った。
悲しかったけどこれで終わると信じてた。しかし、予想に反して二度目の戦争が始まった。
二度目の戦争では私の可愛い男の子を一人亡くした。
悔しかった。何も出来ない自分が嫌だった。まるで自分の手で殺ったようにおぞましかった。
三度目の戦争が始まった。
愛する人が消えた。どこを探してもいなかった。
「お願いだから、私を置いて行かないでね」
そう、もう1人の女の子に言った。彼女は泣きそうな顔をしていた。
四度目。
私の周りには誰もいなかった。私の中で何かが外れる音がした。
私は今までやっていた仕事を辞めた。
思えば一度目の戦争の時にやめておけばよかったのだ。
自分の仕事は給料は高かった。しかもやりがいもあった。
家族のために辞めることなどできなかった。
仕事を辞めた後、私は計画のために動き出した。
何度も下見をして入念に計画を立てた。そしてついに見つけた。理想の玩具を。
彼はあどけない顔立ちで、ニコニコしていた。
そして、お付きの人を引き連れて、野原を散歩していた。
そして何より幸せそうだった。
計画を立ててから5年が経過した頃、ついに実行に移した。
玩具は5歳だった。そして馬鹿な国はまだ戦争をしていた。
私は優秀な技術者であり、精神科医でもあった。
だから玩具を手に入れるのはさほど難しくはなかった。
_____________
「さあ、実験の時間だ」
今日の毒は一段と美しい。わたしは会心の笑みを浮かべた。
ウキウキな気分で『箱』の中に入り込むと、私の愛しい玩具がガラスのような目で私を見つめた。ゾクゾクするような快感が体の中を走り抜ける。
「さぁ、実験の時間だよー!」
玩具は絶望的な目で遠くを見上げていた。
「誰か助けてよ…」
何を言っているのだろう。
私の渾身の作品である『箱』に響く、彼の声。
美しい毒の入った注射器。
左手の向こうにある愛くるしい肌。
今日も狂おしいほど愛しい。
私の大切な玩具。私の美しい毒を入れるのにふさわしい器。
嗚呼、オモチャなんて使い捨てなのに。
今日は注射の日だ。実はこっそりパンにも毒を仕込んである。
発癌性の毒だ。どうなるかがとても楽しみだ。
真新しいシャツとズボンに身を包んだ玩具。
透き通るような白い肌。
死の使いのような表情。
本当に美しい。
さて、次はどんな贈り物がいいかな。
「やめ、て……」
「はえー、まだ抵抗できたんだなー」
幻影の中の私に向かって手足を振り回す彼は側から見て、とても滑稽だった。
昔はもっとイキが良かったはず。
顔面を蹴飛ばされたり、引っ掻いたりされてたな。
彼の精神の中での私が。
私は優秀な精神科医だった。精神の病を治すことも起こすことも簡単だ。
私には幻影の私の姿を操ることができる。彼に一言囁けばいいのだから。
「いや、だ……」
「大丈夫。暴れなかったらこれで済むからね」
「や……」
、、
さてそろそろ本体が動きますか。
玩具の口に左手を添え、黙らせる。
思いのほか強く押してしまったようで後ろの壁に頭を打っていた。
私は注射器を一旦床に置き、黒衣の裏地にある無数のポケットのうちの一つから特殊なメスを取り出し、玩具に向き直った。
このメスは肉体には全く傷をつけない。
その代わり精神疾患を抱えている患者にはとても苦痛となる。
彼にとっては自分の体に無数の傷があるように見えるのだろう。
残念ながら実はすごく綺麗な肌のままだ。
本日はあまり抵抗しなかったため、精神的な傷は一桁で済ました。
「全く、抵抗するんじゃないよ」
玩具は諦めたかのように首を突き出した。
素直な玩具に感心しつつ、自信作を彼の首に入れた。
さて、どんな反応をするかな。
「……゛うっ、゛おえ…」
やはり、思い通りに造られたようだ。
うっとりしながら玩具を見つめた。
今日は特に吐き気が強い毒と、息苦しさを感じる毒をブレンドした。
暫くは呼吸もままならないなだろう。
もちろん吐くことも。
「おぉ〜、こんな早く効くのかぁ……」
予想よりも早い。もっとよく観察しないとな。
私の玩具はうつ伏せになりながら過呼吸に陥ってた。
「゛ゔえっ…、がっ…」
玩具は口に指を入れ無理矢理でも吐こうとした。
多分さっき食べさせたパンとミルクが出てくるのであろう。
掃除はめんどくさいので、『箱』についてるボタンを置いておいた。
これで吐瀉物は片付けられる。
愛しい私の玩具。
__________________________
私は『箱』の外に出ると大きく伸びをした。
『箱』は私の過去最高の発明品だ。
私は優秀な技術者でもあった。
その全技術を注ぎ、『箱』を創り上げた。
『箱』は簡単に言うと、空間の認識能力を意のままにする部屋というか建物だ。
『箱』自体は実はそんなに大きくない。
小さめのガレージくらいの大きさだ。
今は何もアレンジをしていないが、『箱』の中を装飾することもできる。
これを使えば、狭い部屋でも広く感じることが可能だ。
私は『箱』を玩具箱として使っている。
『箱』を気に入ってもらえたかな。
『箱』から出たその足で私は母屋の方へ向かった。
ここら辺はまだ戦火が回っていない地帯だ。
まぁ私と玩具以外に人なんて住んでいないけれど。
母屋はとても大きい。なんでも昔は豊かな土地を収める貴族様が住んでいたようだ。
その中の一室である、応接間に向かう。
応接間には私の愛する人が集まっていた。
みんな機械油をささなければ動かなくなってしまうけれど、私は満足していた。
応接間の隣には実験室がある。その隣にはキッチンと、遊戯室がある。
いつかは玩具と遊戯室で遊びたいな、そんなことを考えながら執事の形をしたものが注いだお茶を楽しんだ。
明日はどんなものを贈ろうかな。
もう夜だったのでお風呂に入って、豪華なベッドの上で愛する人に囲まれて寝た。
__________________________
私の玩具はだんだん抵抗しなくなってきた。
つまらない。
むしろ積極的に毒を欲しがっているように思えた。
「さぁ、実験の時間だよー!」
声をかけると玩具は目を輝かせた。
今日はなんの日か知っているかな。
そう私の可愛い男の子の二十回目の命日だ。
だから特別なものでお祝いしようと思う。
「さーて、今日は…」
「早く頂ダイ」
玩具は食い気味で言った。本当に今日をお祝いする気があるのかなぁ。
私は少し苛立ちを感じた。
しかし、まぁ今日は特別だしと思い直して彼に向き直った。
昨日とは桁違いの毒だ。
この二十年間、ずっと研究してきた集大成だ。
彼は縦横無尽に伸びた髪を払い、私に首を差し出した。
ふっ、今日は注射ではない。
最近注射ばっかりだったけど、特別なものだから特別な器にしないと。
「今日は特別な贈り物だよ」
私はそう言い、黒バラの模様が描かれたティーカップを差し出した。中には紅茶と、特別な毒が入っている。
彼はカップを暫く見つめ、どういうこと?と聞くように私を見上げた。
「お飲み」
私がそういうと、お人形のような彼はカップに口をつけ、中身を飲んだ。
「゛うおっ…゛え…」
苦しいだろう。痛いだろう。辛いだろう。
息子が感じた苦しみを味わうが良い。
戦争を起こした貴族の御曹司め。
この世にあるすべての毒の効果をブレンドした。
すべての効果が引き立つように。
倒れ込んで痙攣する彼は笑っていた。
そんな彼を私は睨み続けた。
私はサイエンティストではない。
精神科医でもない。
技術者でもない。
私は、私は『1人の母親だ』
彼が息子の元へ旅立ったのを確認すると、私は母屋の裏に回った。
そこには家族の形をしたロボットと家族の墓があった。
「私もそこへ行くね」
私は舌を噛み切った。
もしも生まれ変われるならば、戦争がない世界がいい。
遠のいていく意識の中、かつての家族が微笑んでいるように見えた。
…BUD END