彼女は聖女ではなく○○だった。
「婚約破棄だ」
学園の卒業式の後に行われる祝賀パーティーでそれは起こった。
国の有数の帰属が集まる王立学園は、例年以上に人が集まっていた。
今年度の卒業生に、王族の一人がいたからだ。
王位継承権第一位の皇子フリードリヒ。彼こそが先ほどの婚約破棄発言をしたその人だった。
そしてフリードリヒに相対するのは、美しいプラチナブロンドを持つ少女。
名はジャンヌという。彼女もまた国の中では重要人物だった。
皇子の婚約者であり、『聖女』と言われる存在。
この国には聖女がかならず一人存在していた。
『聖女をないがしろにしてはならない。さもないとかならずこの国に災厄が降りかかる』
それがこの国の古くからの言い伝えだ。
聖女は、代々ジャンヌの生家であるラピーズ家に生まれてくる。
一人が寿命を全うすると、すぐに次の子が生まれてきた。
聖女かどうかは一目でわかる。月の光のようなプラチナブロンドを持ち、海の水面のように美しい青い目を持って生まれてくるからだ。
そして聖女はかならず王族と結婚をする。
女性がもっとも尊ばれる地位といえば皇后だ。
最も尊ぶべき相手を、相応しい地位に据える。
それは1000年前から決められているらしい。
歴代の聖女は全て皇后になっていた。
そのため、ラピーズ家はこの国の陰の支配者と言われていた。
そしてジャンヌも例外なく、生まれたときからフリードリヒの婚約者となり今まで皇妃、そして後の皇后になるべく教育を受けてきた。
だが、今は婚約破棄を突きつけられる事態になっている。
婚約破棄を言い渡されたジャンヌはフリードリヒに静かに問う。
「それは正式な手続きを経ての宣言でしょうか」
それにフリードリヒはあきれた顔で答えた。
「もうすぐいらっしゃる国王にはすぐに進言する。だが、その前におまえの数々の悪事を皆に知ってもらわなければならなかったからな」
そう言って、二人を囲む人だかりの一方向に手を差し出した。
それに答えるように、一人の女が進み出た。
彼女の名前はサラ。二人と同じ王立学園に通う者だ。サラはフリードリヒの手をとって、彼の体に身を寄せる。
まるで彼女こそがフリードリヒの婚約者のようだった。
婚約者でもない女性が王族にそのように触れることは不敬にあたるが、誰もそのようなことは気にしない。むしろ、二人の姿を喜ばしいこととして見ていた。
フリードリヒは言った。
「サラに対する度重なる暴言や暴力。男爵家であるサラに比べ、侯爵家であるラピーズ家の方が格上といえど、そのような蛮行は許されない。今のこの場で自分の罪を自白し、サラに謝罪をするのなら婚約破棄だけで、貴様の罪を罰することはしない」
言われた言葉が真剣にわからないようで、ジャンヌは小首を傾げる。
「罪・・・・・・と言われましても。わたくしはそこのサラ様?という方と面識はございません。ですので、暴言や暴力と言われましてもなんのことか」
「とぼけないでください!」
サラがフリードリヒの体にすがりながらも、ジャンヌをにらみながら言った。
「学園裏の湖に突き落とされたり、私の生まれの家をバカにしたり、あなたが私にしてきたことでわたしはとても傷ついています!あなたは聖女として大事に育てられすぎて、きっと人の心を無くしてしまったんです!」
言うだけ言うと、わぁっと泣きながらフリードリヒの胸に顔を埋めた。
フリードリヒはそんなサラの姿をを痛ましそうに見て、彼女の頭をなでる。それはまるで一枚の絵画のように美しい光景だった。
そして、周りを取り囲んでいた貴族たちもそれに呼応するように二人をほめたたえ、同時にジャンヌを責めた。
「聖女とは思えない行動だ」
「代々皇后を排出してきたラピーズ家の者とは思えない」
「むしろ、王族と蜜月過ぎて調子に乗ったのではないか?」
多くの人から投げかけられる言葉から、ジャンヌはこれが国内の主要貴族がラピーズ家に権力が集中していることを妬んで、あの二人の猿芝居に荷担したのだろうと気がついた。
ジャンヌは二人をそっと見る。
今の状況に酔っているのか、互いを労るように抱きしめながらも時々ジャンヌのことをさげすむように、勝ち誇った顔をしていた。
もう・・・・・・全てがばかばかしいわね。
喧噪の中でジャンヌはため息を吐く。
その姿が反省の色がないと見なされたのか、フリードリヒが近寄ってきて、ジャンヌを突き飛ばした。
「その態度で、おまえの考えていることはよくわかった!この女を牢獄に連れて行け!」
パーティー会場にいる皇子の専属騎士たちに命じる。
だが、彼らが動き出すより前に、会場のドアが大きく開け放たれた。
そこには、国王とラピーズ家の当主であるジャンヌの父が立っていた。
二人の登場に、人々が道をあける。
国王は足早に三人の元へやってきた。
婚約破棄の話を進めようと思ったのか、フリードリヒは国王の元へ近づいていった。
「父上!いいところにいらっしゃいました。ここにいる悪女が・・・・・・」
「黙れ!!!!!」
国王の大声はパーティー会場に響きわたった。
皇子にするものとは思えない恫喝に、参加者全員が口を閉じて中央で起きていることを見守っている。
フリードリヒもそのような父の姿を見たのははじめてだったのだろう。現実逃避のように惚けていた。
国王はそんな息子を意に返さず、ジャンヌの元へ駆け寄った。
「我が愚息が申し訳ない!」
そう言って頭を下げた。
それは驚くべき光景であったため、人々が息をのむ声が響く。
王族は何者にも頭を下げない存在だ。その上、現国王がそれをしている。それはこの国の誰も見たことがない光景だった。
あっけに取られる中、フリードリヒが我に返る。
「父上!そのような女になぜ頭を下げるのです!その女は同級であるサラを不当な扱いをした最低の人間ですよ!?」
フリードリヒの言葉に応えたのは、ジャンヌの父だった。
「殿下、それは全てそのサラという者の虚言でございます」
「虚言!?よくもそんなことを・・・・・・娘を守るためとはいえ、サラを再度痛めつけるか!わたしは実際に見たのだ。湖でおぼれるサラと、そこから走り去るジャンヌを!」
を!」
ジャンヌの父はため息をついた。
「それは一部を目撃しただけでしょう。・・・・・・陰の者の報告書はこうなっています。『ジャンヌが近づく前に、サラが自ら湖に落ちた。それを見たジャンヌは助けを呼びに学園の建物へと走った。その後駆けつけたフリードリヒ殿下がサラを助けたたため、もう助けは不要だろうとジャンヌはその場から姿を消した』・・・・・・これが真相です」
陰の者とは、密偵などを中心に行う者たちだ。国の有事の際に使われ、その情報は信頼性が高い。
陰の者を動かすことができるのは、王族と代々聖女であり皇后を排出するラピーズ家のみ。
国王が何も知らない様子を見ると、ラピーズ家が動かしたようだった。
それはフリードリヒにもわかっているのだろう。先ほどまでの勢いがなくなった。
当のジャンヌも、その情報で思い当たることがあったのかつぶやいた。
「あの時おぼれていたのが、サラさんだったのですね。ではわたくし、面識は合ったのですね。顔はろくに見ていませんが」
父は続ける。
「そのほか、暴言や暴行などジャンヌは行っていないことは陰の者が証言しています。そもそも二人には接点はありませんでした。・・・・・・それ以外にはおもしろい報告があります。婚約者がいる身でありながら、そのサラという女生徒と恥もなく睦みあう殿下の姿などね」
それに王は顔を真っ青にし、またジャンヌに頭を下げた。
「すまなかった!我が愚息が申し訳ない!こちらの落ち度として、ラピーズ家からの婚約破棄とし、さらにフリードリヒを王位継承権から外す!それで許してもらえないだろうか!」
王の突然の発言に、フリードリヒがわめく。
「父上!ど、どういうことです!?なぜわたしの継承権が・・・・・・」
「黙れ!!それでも足りないのなら、そのサラという娘に相応の罰を加えよう!生涯牢に入れる!」
「な、なぜそんなことを!?わたしはそこまでの罪も犯していません!」
ぎゃあぎゃあと三人がわめき、周りの貴族たちはその狂乱に混乱する。
その中で、ラピーズ家の者だけが静かだった。
ジャンヌはそれを見つめ、父は娘を労るようにそばに立つ。
騒ぎが最高潮に達したとき、ジャンヌが口を開いた。
「もう、終わりにしましょうか」
それに国王が反応し、へたりこんだ。
フリードリヒが放心する父王に問いかける。
「いったい何なのです!?あの女は聖女と言われているがなんの力もないでしょう!目の前にいる傷ついた小鳥一匹助けられなかったんです!」
フリードリヒは二人が子供の頃のことを言った。
王城の庭園を二人で散歩していたときだった。はじめて顔を合わせて、互いをよく知る機会となれば、と国王に促されて美しい庭園を歩いた。
フリードリヒは淡々としたジャンヌに困惑していた。皇子としていつも人々に敬われていた彼は、自分に対して敬いどころか関心すら寄せないジャンヌとどう距離をとっていいのかわからなかった。
父王から『聖女を大切に扱うように』と再三言われていたが、自分に対する態度でその言葉を頭の片隅に追いやってしまった。
二人が歩く道の途中に、怪我をした小鳥が落ちていた。
まだ息がある小鳥を不憫に思ったフリードリヒは、ジャンヌに言った。
「そなたは聖女であろう?あの鳥を治せぬか?」
彼の言葉にジャンヌは首を傾げた。
「わたくしに鳥を治す能力はありません」
フリードリヒはジャンヌをしげしげと見ながら言った。
「小鳥一匹治す能力もないのか?聖女といえば癒しの力を持つのだろう?」
「そのような能力はありません。そんな夢物語が書かれた本を読まれているのですか?」
その言葉にバカにされたと思ったフリードリヒは怒ってその場を離れてしまった。
ジャンヌの生家であるラピーズ家の当主からは「教育が行き届かず」と謝罪の言葉をもらったが、当のジャンヌは何が悪いのかとわかっていないようだった。
そこからフリードリヒはジャンヌを嫌うようになった。
それ以降のジャンヌはどんどんと『普通の』人のようになり、ぎこちないながらもフリードリヒに笑顔をみせるようになったものの、まだどこか人間離れした空気は抜けず。
そんな中、フリードリヒに声をかけてきたのはサラだ。
皇子として望まない相手との婚約に辟易していた彼にとって、自分をほめたたえ、癒してくれる彼女といるのは心地がよかった。
父王の教えに反しているとわかっていても、『でも気味の悪いあの女が悪いのだ』と責任転嫁をして危ない恋いを楽しんでいた。
そんなフリードリヒにとって、なんの力もないジャンヌの事は無価値な存在だった。
「聖女はただ国の安寧の象徴くらいの役割のはず!」
騒ぐフリードリヒに、国王は淡々と説明を始めた。
「聖女の言い伝えは知っているか」
「『聖女をないがしろにしてはならない。さもないとかならずこの国に災厄が降りかかる』でしたよね」
「おかしいとは思わないか。普通、聖なるものの伝承であれば、世の中によいことをもたらす存在として伝えられるはず。だが、この国の聖女の伝承はまるで脅すような言い回しだ」
「・・・・・・つまりどういうことです?」
「おまえがこの学園を卒業した時、つまり今日、本当の事を教えるはずだった。王族とラピーズ家にのみ伝わる言い伝えの裏側の話を」
1000年前、ラピーズ家に一人の少女が生まれた。
月の光のように美しいプラチナブロンドに、青い海のように澄んだ瞳。だが、それはラピーズの家からは生まれることのない特徴だった。
ラピーズの家は赤毛で、緑目の家系だ。生んだ母は浮気などしていないと訴え続けたけれど誰もそれを信じず、その子は不義の子としてさげすまれた。
家の離れに親子で押しやられ、静かに暮らすよう命令された。
その少女が物心つく頃、離れに食事を運んでいた使用人が死んだ。その死に様は病気でも、人に殺されたものとも違う、とても恐ろしい物だった。
後からわかったが、その使用人は離れの親子をいじめていたのだという。
腐った物や、二人には量が足りないものを毎日差し出していたのだという。
それから、死は続いた。一人目とグルになって親子をいじめていた使用人。二人の状況を見て見ぬ振りをしていた執事長。被害者が10人を超えた頃、少女の髪色が変化していることにラピーズ家の当主が気がついた。
プラチナブロンドの半分が黒髪に、そして青い目の片方が黒目になっていた。
死とともに少女が黒く染まっていく。
ラピーズ家の者たちがおそれ、今更親子に優しくしようとしたがもう遅かった。
ある日、母親が死んだ。その母も、自分をこのような境遇にした少女を恨み虐待をしていた。そしてだんだん姿が変わっていく少女をおそれて、化け物呼ばわりしだし発狂して刺し殺そうとしたらしい。
幾分かほかの死に方より穏やかな物だったことから、今までの死が少女の力のものだと確信がもたれるようになった。
そのころには、もうラピーズ家には幾人も残っていなかったし、それは国中に知れ渡っていた。
ラピーズ家当主、つまり少女の父親はようやく我が子の前に姿を表して命乞いをした。
なんでも願いを叶えるという男に少女は言った。
「では、わたくしをこの国で一等大切な存在にしてください」
つまりそれは、王族に連ならせろということだった。
当時のラピーズ家は男爵位で王族に謁見する事はたやすいことではなかった。
だが、少女の力はそれを上回った。
その次の日のうちに、王族の婚約者や配偶者たちが全員死んだのだ。
その死に方は噂のラピーズの家の者と同じだったことから、すぐに王城から兵が差し向けられた。
だが、その兵たちがラピーズ家にたどり着くことはなかった。一人、また一人と死んでいき、王城からラピーズ家までの道は死体で埋め尽くされた。
少女は自分から動いた。死体の上を遊ぶように歩き、王城に一人でたどり着いた。
そして王に言ったのだ。
「わたくしを大切にしないと、もっと多くの人が死ぬことになりますよ」
新月の夜のような黒髪と、深海のように底のない黒目の少女がそこにいた。
いったいその少女が何者なのかはわからない。
たしかにラピーズ家の者で、少女の母親が悪魔と取引をしたのかとささやかれたが、生前の持ち物や行動からはそのような痕跡はでてこなかった。
だが、彼女の力は疑いようのないものだった。
結局王は少女の願いを飲むしかなく、唯一婚約者が決まっていなかった第三皇子と婚約をして、後に皇后となった。
人々は恐れながら敬うしかなかった。彼女は願うだけで人を殺せるのだから。
その力は後に他国からの侵略にも使われた。敵軍が領土に入る前に流行病に係り全滅したと言われているが、その国の者たちは皇后の力によるものだとわかっていた。
領土近くに倒れていた敵兵士の死に様が、ラピーズ家の者と同じだったから。
だから、恐れながら崇拝もした。
やがて彼女は『聖女』として語られることになる。
それ以外の思いを全て飲み込んで、彼女の国を守る力にだけ見ることにしたのだ。
だが、彼女は短命だった。力を使ったせいか、元々病弱だったせいか。
国王は安堵したが、それは長く続かなかった。
ラピーズ家に、少女と同じ特徴を持った子が生まれたのだ。
彼女もまた、思うだけで命を奪うことができる子だった。誤って落ちた湖で、そこに生きる魚が全て死滅した。
落ちた恐怖が伝播して力が出たのだろう。
そうして彼女もまた、王族に召し上げられることになった。この国でもっとも大切にされなければならないからだ。
やがてそれは慣習となり、伝統となった。
ラピーズ家を断絶させてはと訴える者もいたが、それを彼女は許さなかった。
声をあげたものを殺し、ラピーズ家の当主に微笑んでいったのだ。
「これからもわたくしを支えてくださいね?次のわたくしも、その次のわたくしも」
はじめの少女の話は言い伝えとして人々に語られたが、血なまぐさいことはあえて語られなかったし、語ることができなかったためいつしか本当のおそろしさは忘れられてしまった。
今では、ラピーズ家と王族の王位継承権を持つ者たちだけが知る真実だ。
「そんな・・・・・・いや、父上、そんな力があの女一人にある訳が」
フリードリヒがつぶやいた時、人だかりから悲鳴が上がった。
皆の目線が男に向けられる。中心の男は顔を押さえてうずくまっていた。断末魔のような大声をあげると、体中から赤い槍が突き出てきた。
体中が串刺しになった後、ばたりと地面に倒れる。すると槍の形が溶けて血として流れていく。
男が血の海に沈む中、人々は一言も発することができなかったが、思いだしたように叫び、ジャンヌと男の死体から距離を取るように走り出した。
「あの人、先ほどわたくしのことを気味が悪い女と言っていたんです。無実の女性をさげすむなんて、生きる価値がないでしょう?」
そう言って、ジャンヌはうっそりと笑った。
フリードリヒは尻餅をつきながらも、ジャンヌの髪の毛先が黒くなっていることに気がついた。
そして、それだけではもちろん終わらなかった。
会場からどんどんと悲鳴があがっていく。女も男も関係なしに、体内から槍が生えるように体中を突き刺され、やがて血の中に沈む。
刺され、叫び、刺され、叫び。
血が広がって、それに滑って転ぶ人。逃げようとして人を押し退ける人。発狂して泣き叫ぶ人。この世の地獄が広がっていた。
やがて静かになり、この場で生きているのは5人だけになった。
中央で変わらずに凛とたち続けるジャンヌの髪は漆黒になり、片目が黒くなってしまっていた。
次は誰だ?
ブルブルとふるえるフリードリヒとサラ。全てあきらめたようにうつむく国王。
ジャンヌに父が話しかける。
「終わった後はどうしたい?」
ジャンヌは笑って言った。
「わたくしを大切にしてほしい。この国で一等」
「わかった。・・・・・・国王様。第二皇子様をジャンヌの婚約者とし、王位継承権を彼に移していただいてよろしいですかな?」
国王はわずかに自分を取り戻したのか、小さくうなずくだけだった。
ジャンヌはにこりと笑う。
「では、『正式』に王位継承権を移した方がよさそうですね」
そういって、フリードリヒに向き合う。視線が向けられた彼も、ジャンヌが言ったことを理解した。
自分を殺して、『正式に』弟に継承権を移すということだろう。
「やめてくれ、頼む。許してくれジャンヌ」
フリードリヒは顔面をぐちゃぐちゃにしながら懇願した。
もう皇子としての威厳など何もない。だが、その願いは聞き入れられない。
「フリードリヒ様、サラ様、最後にお聞かせいただいても?」
ジャンヌは呆然自失になった二人に尋ねる。
「なぜ、わたくしを貶めていいと思ったのでしょう?」
二人は尋ねられた理由がわからず、何も答えられない。ジャンヌはかまわず続けた。
「あなたたちは自分達が添い遂げるのが目的だったのですよね?であれば、父親の国王陛下にまずは進言して、正規の手続きを踏めば良かったのでは?でっち上げの罪でわたくしを衆人の中で断罪しようとしたのはなぜなのでしょう?婚約破棄を正当な理由にしたかったから?自分たちの恋愛を崇高なものにしたかったから?それとも・・・・・・わたくしを貶めていい存在だと思ったから?」
二人は何も答えられない。ジャンヌはそれを見て、目を細めた。
その瞬間、二人の手のひらに槍が突き刺さった。
悲惨な叫び声が静かになった会場に響く。
「なんだ、声は出せるのですね。・・・・・・わたくしは本当に不思議だったのです。その人がどんな『力』を持っているかわからないのに、なぜそんな無謀な真似ができるのか。王族より下は全て自分より弱い存在なのだと思ったのでしょうか。そんな訳はないでしょう。国を王一人で動かすことなどできないのに。それに・・・・・」
ジャンヌは笑って言った。
「か弱く見えても、意外な『力』持ちだったりするかもしれませんのに」
その後の二人は言葉にできない苦痛を味わった。長く、まるで人の愚かな部分を全て償わせる断罪のようだった。
ようやく二人の命が尽きて静かになった時、ジャンヌの父が声を出す。
「国王陛下はどうする?」
その問いかけに、当の国王はびくりと肩を揺らす。
ジャンヌは答えた。
「先ほどの約束を行使していたいただかなければなりませんから、手はだしませんわ」
ジャンヌの言葉に、国王は静かにうなだれる。自分の息子の亡骸を一瞥して、会場から出て行った。
残ったのはジャンヌと父のみ。
父が問いかける。
「よかったのか?国王も亡き者にして、お前が国の頂点になることもできたのに」
それにジャンヌは小さく笑う。
「それをするほど、まだ人に絶望してはいませんわ。・・・・・・お父様をはじめとした、ラピーズ家の者達がいますしね」
彼女のような存在が生まれてからは、ラピーズ家は彼女達のための存在となっていた。
彼女達を慈しみ、嫌われて命を奪われることも省みず、彼女達を『人間の』貴族の令嬢として育て上げた。
ラピーズ家の者は生まれたときから覚悟を強いられるのだ。自分たちが『彼女』を少しでも真っ当に育てなければ、世界が滅んでしまうことを知っているから。
ジャンヌは父の手をとり、外へと歩き出す。
「この人数は1000年前よりは少ないですよね?」
「だが、初代の次には多いだろう」
「わたくし思ったのです。きっと、『その時』だったのですよ。人々が思いやりを忘れ、自分勝手にならないよう楔をうつ。それがわたくしたちの使命なんじゃないでしょうか」
「・・・・・・それにしては自分本位だろう。お前達がどんな存在なのかは私たち人間にはわからないさ」
「ふふ。お父様の物怖じしないところ好きです。お父様に愛想を尽かされたら、わたくしはただの害悪となり果てたという指標にしましょう。それまでは、人々の行いをじっと見つめていますわ」
そう、彼女は聖女ではなく災厄だった。